林檎の周辺:第3話 ドナルド・フェイゲン

スティーリー・ダンといえば、ウォルター・ベッカーとドナルド・フェイゲンのふたり。

最初期はほかにメンバーがいたけれど、ほぼずっとコンビで続け、超一流ミュージシャンを呼んでスタジオ録音したアルバムを出す、ワールドワイドなビッグネーム。


70年代の『Aja』はプラチナアルバム、『Gaucho 』もヒット。


80年代にドナルドさんは『The Nightfly』という1枚目のソロアルバムを出して高評価を得て、日本でも売れました。

このアルバムの曲は全部大好きです。


まずここが林檎さんと同じ。


わたしは彼女の作る曲の全てが好きで、それぞれからエネルギーをもらい、トリハダを作り、涙を流し、圧倒的な才能に尊敬の念を抱き、オンリーワンの存在感に嫉妬する。


ドナルドおじさんの3枚目のソロは2006年にリリースされた『Morph the Cat』。

この中に「The Night Belongs to Mona」という1曲があります。

わたしの「DJケンジくんのプレイリスト」にも載っています。


先週の金曜日の朝に、わたしはなぜかこの曲を思い出し、通勤中ずっとリピートしています。

1曲だけ延々と。

自分が非常にキモい。


どんな曲かというと。

メジャーコード主体でミドルテンポ、ちょっと気だるく、左右のコーラスはソフト。

ドラムはオカズが極端に少ないシンプルさで、ゆっくり静かに8ビートを刻みます。

ギターのリズムは軽妙で、ハーモニカとローズピアノが優しい。

一見とても明るい曲調。

10年前の『Kamakiriad』の1曲「Florida Room 」を思わせます。


とにかくサウンドがドナルドおじさんそのもの。

印象的な唯一無二のコード変化(おかしなコードチェンジだし、メジャーコードの中にマイナーコードが絶妙に混じる)、素晴らしすぎる管のアレンジ、口語的だけれど深い歌詞。

男としては、ちょっと甲高い声。


そう。

これも林檎さんと重なります。

最新アルバム『三毒史』のしょっぱなから素晴らしい管アレンジが聴けましたね。

林檎姉さんの曲だ! とわかる和声のつながり(*)。

深く深く染み込む詩。

ちょっとキンとした声。


「The Night Belongs to Mona」のサウンドに惹かれたわたしですが、心地よく果てしないリピートの中で、ところどころ聴き取れる言葉に、ふと意味を調べてみようとして。


意外とわからないもので。

歌詞を見つけ、謎のいい回しを調べ。


いまは本当に便利です。

文字を選択するとWebに飛べる。

検索すると、たくさん意味が載っている。

口語のいい回しも、スラングもわかる!


わたしが知ったのは、たとえば以下のもの。


bare necessities

必要最低限のもの、生活必需品


had it up to here with〜

〜にうんざり


at unholy hour

とんでもない時間に(電話してくる、とか)


funny stuff

おかしな話、冗談、バカな行動、マリファナ


turned her world around

彼女を変えた


be above it all

我関せずという態度をとる(村上春樹先生による訳)


see the writing on the wall

嫌な予感がする、不吉な前兆を感じる(王の宴の最中に空中に現れた手が壁に文字を書き、後に国は分断し王は死んでしまったという故事から)


いろいろ勉強できました。


もうひとつ知ったのは、この曲の背景に911があること。


Monaという以前は明るいsunny girlだった女の子が、「ダウンタウンの火事」で変わってしまった。1人っきりで夜に踊っているんだ。

という曲です。


そびえるふたつのタワーが跡形もなく崩れた後のマンハッタンに、ドナルド・フェイゲンはいます。


そうです。

わたしは偶然にもこの曲に慰めを求めました。

もちろん、みなさんの力作、きらめく作品たちにも力をもらっています。


「けいおん」も「らき☆すた」も観たことがないくせに、まだ立ち直れない。

弱い心には、あと何日も必要かもしれません。


林檎さんは、911後であり離婚後でもある時期に、自分自身のための応援歌「茎」を作りました。

わたしも何かを作りたいなあ。





(*)マイナーコード群の中にメジャーコードを絶妙に紛れ込ませて泣かせる。「鶏と蛇と豚」のサビ歌の管だけになるところとか、「長く短い祭」のインスト間奏のところとか

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