本能〜林檎へ、ないものねだり



そうじゃないんだ。


椎名林檎は終わった、などとは思っていなかったんだよ。


ただ、見てしまったんだ。


拡声器を投げ捨てるかわりに、やさしく床に置くあなたを。




カメラのレンズにぶち当ててほしかったわけじゃない。


ずっと口につけて、ガナってほしかったわけでもない。


かといって、ナース服を破いて歌わずに大股で去ってほしかったのでもない。


そうじゃないんだけれど。




なにかが違った。




あなた自身に先がけて、おれはあなたから遠ざかった。


勝訴も加爾基も聴かなかった。


あのときおれが見たかったのは、あなたの瞳。


それだけは敵意と軽蔑を放つ、黒いふたつ。


そう。ないものねだり。


必死のひとつのいのちを目の前にして、なお無理強い。




おれは、あなたのファンとはいえなかった。


あなたの音楽を聴く必要はあっても、その資格はなかった。




年月が経ち。


わたしは旅から舞いもどり。


あなたをとりまく幸運は多くの形をなしており。


変わらずひとびとに絵の具をふりかける、あなたがいる。


この身に染み込むその色が、かすかにたてる音を感じ。


いつしか自分がゆるされたことに期待している。


もとより、そこには縛るなにもなかった。


ゆるそうとしなかったのは、自ら。


この先は、どうなるだろう。


なにが見えるだろう。


この場所で。










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