神なるもの

王都

 静まり返った世界に、ザクザクザクと馬があぜ道を歩く音が染み入るように消えていく。

 周囲に人工の光はなかったが、まだ遠くにあるだろう朝の気配に空が僅かに白み始めていて、空気は柔らかい微光に包まれていた。手綱を持つ私の前で、抱えられるようにした夜々が耳を動かしては辺りの様子を探っているけれど、そんなことをせずともこの世界は安穏に包まれていることが保証されているように思えた。

 ロエルの言う通り、マチェドの町の兵士たちは教会ではなく王女へと味方をしてくれた。何があったかまでは聞かなかったが、政変の際も相当ないざこざがあったようだ。

 とにかく、そんなマチェドの町の兵の詰め所で夜を明かしたは良いが、王女は気持ちが昂っていたようで深くは眠れなかった様子だった。結局、朝日が昇るよりかなり早くに、こうして私と彼女は馬二頭を借りてマチェドを発ったというわけである。


「姫さま、次の町で少し休憩を取られたらいかがですか?」


 私の隣に並ぶ馬上の彼女にそう聞くが、ふるふると首を振った。


「そう案じてくれなくても良い。レイラが思っているほど私だって柔ではない。それとも、貴女かヤヤが疲れているのか?」

「そんなことはありませんが……昨日もほとんど眠っておられないではないですか」

「だから、そう案ずるな。それどころか、久しぶりなんだ、これほどまでに気持ちの良い朝は。パロシナに連れて行かれてからというもの、自分の情けの無さに忸怩たる思いでいたからな」

「なら良いのですが……」


 災厄を払う聖者。

 手を貸して欲しいと言った後、王女はロエルこそがその聖者だと断言した。

 まぁ、今までただ襲われるだけで、打ち勝つなんてもっての外、ひたすら息を殺して隠れおおせた人間ですらほとんどいない異形の災厄を打ち破ったのである。王女がロエルのことをそう考えるのは自然なことだと言えたかもしれない。


『もし私の力となってくれるなら、王都を訪ねて欲しい。私は少しの間、リザスの屋敷に身を置かせてもらうつもりだ。いくら王都を教会が抑えているとは言っても、リザスは政財界を問わず多くの友人がいる。流石の教会も簡単には手を出せないだろう』


 私としては、あそこで王女は彼に対してそれなりの説得を始めるものだとばかり思っていた。しかし意外なことに、彼女は最低限の聖者についての情報を知らせ、再度簡単な言葉で協力を願うと、早々に彼にパロシナに戻るように言った。

 例え、本当にロエル自身がさほど教会に思い入れがなかったとしよう。しかし、それであってもいざ組織を裏切るというのはなかなか出来るものじゃない。たった数言の言葉で――いくらそれが王女のものだったとしても、彼は力を貸したりするだろうか? 少なくとも王女の側につくということは今まで彼が築いてきたものを捨て去ることと同じである。幸い、彼の家族はすでに教会の庇護を離れているため、そういったしがらみはないようだが、だからといって彼が王女に付くメリットはほとんどないように思えた。


「………………」


 しかし、それでも王女はロエルが来ると信じているように見えた。何かの確証がある……とは考えにくい。今まで王女として振る舞い、周囲がある程度言うことを聞いてきたから、自分の提案に従わない人間がいるという感覚が薄いのだろうか? ……いや、彼女を見る限り、そこまで能天気で目出度い性格をしているようには思えない。

 そんなことを考えていた矢先、王女が私の方を向いて言った。


「ロエルは来てくれると思うか?」


 正にそのことを考えていたから少しばかり驚いた。夜々が周囲への警戒を解かないまま私をちらりと一瞥する。まぁ、ここで下手に言葉をこねくりまわしても意味がないだろう。


「正直な所、五分かそれ以下だと思います。彼がどれほど教会に忠誠心を抱いているかはわかりませんが、それでも彼はツェミダー神教の主教という立場です。私は、せっかく聖者と思しき人を見つけたのですから、もっと積極的に誘われるのかとばかり思ってました」

「そうだろうな。そうすべきだった、と今になって思っていてもおかしくはない」

「なら、どうしてですか?」

「それが、私にもさっぱりなんだ」


 実にあっけらかんと王女は言った。何がおかしいか、くすくすと笑う。ひとしきり笑ってから呼吸を整え小さく息を吐くと、僅かに白く濁った。


「……今まで血眼と言って良いほどに探してきた聖者のはずなのに、いざ彼を前にしたら、それまであったはずの熱意は不思議と湧き上がってこなかった」

「それは、心内では彼は聖者でないと思っている、ということでしょうか?」


 問うた言葉に彼女はゆっくりとかぶりを振った。


「そんなことはない。彼が聖者である可能性は十二分にあると思う。実際、彼は私たちの目の前で異形の災厄を退けた。それがどれだけ難しいことなのか、私はよく知っているつもりだ」

「しかし、熱心に説得をしようという気にはならなかった」

「有体に言えばな。ある意味、する必要がないと思ったのかもしれない。こう見えても父上からは、私は人を見る目があるとよく褒められるのだ。もっとも、それを真に受けているわけでもないが」


 冗談交じりにそんなことを言って彼女が私を見やる。僅かに微笑んでいるようにも見える表情は、何を考えているのかはわからない。

 再び馬の足音だけが周囲に響き始める。薄ぼんやりと空が白み始め、朝を告げる鳥たちの声が聞こえてきた。冬の大気の中に春の匂いが微かに感じられる。

 春の目覚めと夜明けの瞬間はどこか似ているのかもしれない。もうすぐこの星は何度目かの長い冬の時代を迎えるだろうが、今はまだ春の息吹を全身で感じようとする生き物たちの気配がある。


「なぁ、レイラよ」


 そんな気配を内包しているかのような、柔らかい口調だった。


「どうして貴女は私に力を貸してくれようとするのだ?」

「と、言うと?」

「貴女にとって、私が王女であることなどなんの意味もないのだろう? そんな世俗的なものに囚われるような者でないことくらいは私でもわかる」

「……前に申し上げた通りです。貴女さまは、私の姉に似ているのです」


 答えたが、答えになっていないことは私が一番よくわかっていた。今までやってきたことは、単に『肉親に似ている』という言葉では片づけられないくらいのものになっている。

 気がつけば、彼女だけでなく、腕の中の夜々も興味深そうに私を見やっていた。


「姉上とは、仲が良かったのだろうな」

「はい……私にとって唯一無二の姉でした。気高く誇り高い……それでいて、私には優しい、頼れる姉でした」


 そして、そんな姉を私は愛していたのです。

 姉としてではなく、一人の人間として。

 そう答えたらどうなるだろう? それを告白することは、私が彼女を欲していると告白することと何も変わらなかっただろう。

 貴女さまを私のモノにしたいのです。

 手を貸す振りをして、本当は貴女さまそのものを手に入れようとしているのです。

 そう言ったところで、彼女は信じるだろうか?

 あまりにも馬鹿らしいそんな自問に思わず笑いがこぼれてしまいそうになる。考えを振り払ってから言葉を紡ぐ。


「前に、姫さまは私といるとひどく懐かしい思いがする、というようなおっしゃってくださいましたよね」

「ああ。あの時は、我ながらひどく恥ずかしいことを臆面もなく言ったものだ」


 照れたように彼女が笑う。


「実を言うと、私も同じなのです。もちろん、私の姉に似ているということもありますし、王女殿下を相手にこんなことを言うのはひどく失礼なことだとはわかっています。けれど、どういうわけか懐古の念を抱かずにはおられないんです。まるで、本物の姉と一緒にいるような、そんな気がするんです。そう気づいた時から、私は姫さまのためにあろうと思ったんです」


 半分は真実で、半分は虚偽だった。懐古の念を抱いているのは確かだが、私は彼女のためにあろうとは考えていない。私は私だけのために行動しているに過ぎない……とても身勝手な存在だ。


「だとしたら不思議なものだな……私と貴女、二人が同じと言っても良いだろう感覚を共有しているということだろう?」

「そう言えるかもしれませんね」

「私は運命論者ではないが、それについて考えたくなってしまうようなことだ。私たちは、もしかすると人智の及ばないどこかで関わりがあったのかもしれない」

「……例えば、前世で、でしょうか?」


 悪戯に言うと、「だとしたら、それは正に運命というやつだろうな」と彼女は綺麗に笑った。




 流石に王都が近い場所ではフェリーユ王女の顔は比較的知られている。パロシナから王女が逃げたという情報も数日もすれば馬や鳩を使って主要な町には届けられていることだろう。

 加えて言うなら、人の口に戸は立てられない。それぞれの町では、教会の指示を無視して彼女に味方してくれる者も多くいたが、どこからかそういった情報がもれるのは時間の問題だろう。実際、私はそうやって王女がパロシナに軟禁されているという話を手に入れたのだ。

 結局、一週間と少しの旅路の半分ほどを私たちは野宿で過ごすことにした。

 まぁ、一般的な人間が行う野宿のように野生動物を恐れる必要がなかっただけ幾分簡単なものだったとは言えるだろう。森の中で火を焚き、夜々が周囲に野生動物を警らとして群れさせることで面倒な賊徒たちに狙われることもないから、私たちの野宿は快適とすら言えたかもしれない。

 とは言っても、流石の王女も野宿に慣れているというわけもなく、王都の城壁が遠目に見えた時には、明らかに表情に安堵の色が見えた。

 ただ、ここからまだ少しややこしいことがある。


「入口である門に兵は六人。二列で検問をしいているようです」


 道を外れ、人がいない場所で遠く目を効かせた夜々が言う。


「やはりそうか……」


 普段はそこまで厳しい検問の類はないそうだが、今は時期が時期である。ましてや王女が逃げているということもあれば当然のことであるだろう。もちろん、私たちだってそれを考慮していなかったわけではない。


「それでは、手筈通りに参りましょう」

「それは構わないが……本当に大丈夫だろうか?」

「おそらく問題はないかと。それこそ、ロエルさまのお墨つきですから」


 王女の心配はもっともだったが、こればかりは他に手立てもない。もちろん、パロシナの時同様夜陰に紛れて……ということも出来ないことはないだろうが、王女を抱えた状態であまり無茶なことをしたくはなかった。

 あらかじめ用意していた、頭頂部に二つの獣耳のような突起がある布の中に藁を詰めて王女の頭にかぶせる。そして、顔料をつかって鼻先や頬、目の周囲にちょっとした模様を描いたら、案外に人間以外の何かに思えるものだ。念のため、夜々にも同じような模様を描けば、姉妹とは言わないまでも同種族の妖怪に思えるだろう。最後に、夜々と同じ顔全体をすっぽりと覆えるフード付きの外套をかぶせれば出来あがり。


「それでは、少しの間窮屈だとは思いますが辛抱を願います」


 縄で夜々と王女を軽く拘束して、私はその縄の片端を持って馬上へ。二人は馬に引かれるような格好で歩く。

 この姿は多少なりとも目立つかとも思っていたが、王都を訪れる人間は本当に色々なようで、馬車を連れた行商人から術師のような傭兵、それから一体どれほどの距離を移動してきたのかもわからないくらいに汚れた旅人までいて、ほとんどの人は私たちに注意を向けなかった。

 検問の列に並んでもなお、私は馬から降りるような真似はしなかった。検問をしている兵士は老兵でなく年若い兵士だった。王宮の兵士なのかもしれないが、教会もしっかりと人選はしているだろうから、王宮よりも教会に忠誠を誓っている人間に違いない。だからこそ、私は少しばかり態度を高圧的にした方が理にかなっている。

 私たちの番が来て、兵士が馬にまたがった私を見やって顔をしかめる。表情に恭しさや恭順の欠片も見当たらない私への苛立ちのようなものが見えた。そして、ぶっきらぼうに


「何用だ? どこの人間だ?」と問うてくる。


 私はそんな彼に、懐から一枚の紙を取り出すと、おざなりに渡してやった。


「任を受けてきました。品は後ろの『二つ』です。必要であれば確認を」顎で夜々と王女を示す。


 兵士はひどく無礼な私の態度に顔をしかめて紙を受け取ったが、紙に目を通していくうちに見る見る表情を変え、最後まで読み終えると先ほどの表情から一転、私に小さな敬礼を送ってきた。


「お、お疲れさまです! どうぞ、お通りください」


 小さく頷いて、返却された紙を受け取ってから、二人を引いて王都の中へ。


「………………」


 ある程度の効力はあるだろうと思っていたが、まさか二人の確認すらされないとは思っていなかった。紙を一瞥して再度懐へ戻す。

 紙はロエルから渡されたもので、『品物』を王都へ運ぶ任が書かれたものだった。文章だけ見れば何の変哲もないものだが、書かれている紙はパロシナの大教会が重要な任務を与える時にのみ使う特別製だそうだ。これを持っているだけでもその人物がパロシナの大教会専属の高位の術師であるという身分証になるそうだし、今回は主教であるロエル直筆の署名まで入っている。普通の教会の司祭程度なら有無を言わさず従わせることが出来るらしく、役に立つことがあるかもしれないと彼が別れ際にくれたのだ。


「まったく……ロエルには今度会った時にもう一度礼を言っておかねばならないな」


 検問を離れ、街の中ほどに来たところで王女が気抜けしたように言った。フードの類はかぶったままだが、縄は外していた。街中で馬に乗っていても目立つので、今は夜々が引いている。


「そうですね。これほど簡単にいくとは私も想像していませんでした」


 王都は静まりかえっているような印象を受けた。道行く人がいないわけでも、店が開いていないというわけでもないが、奇妙な静寂が空気の中にふんだんに溶け込んで、大きい帳のようになって広がっているように思う。人々はどこか口数が少なく、やり取りも必要以上のこと以外は極力口にしないようにしているように見えた。これは、所々に見受けられる教会所属の兵士だけのせい……というわけでもないだろう。


「この先を行くと中央広場に出る。私が言うのもなんだが、中央広場の大噴水はちょっとした見もので、王都でも名所の一つになっているんだ」


 そんな気配を感じてか、王女が私たちだけに聞こえるようにではあるけれど、意識して明るい声で言った。


「そこから大きく三つに通りが分かれている。ここが王都となったのはほんの五十年ほど前。無理に広げていった都市ではないから、エイルクォートの中でも綺麗なまとまりをもった都市の一つと言えるだろう」

「真っ直ぐに行ったところに見える、綺麗な水色のドーム状の屋根をした宮殿が公邸ですか?」

「ああ。着工してから竣工するまで十一年。その後も十年以上改装と改築を繰り返して出来たんだ」

「道理で立派なはずです。エイルクォートの象徴、と言えるのでしょうね」

「そうなるかもしれないな。形ばかりに囚われていてもなんだが、やはりこういうものは城下の民の気持ちにも関わる。気品、なんて聞こえの良い言葉で片づけてしまうのはずるいかもしれないが、私はそういうものも必要だとは思っている」


 一理あるだろう。外見がその本質を必ずしも表すものではないと言っても、左右されずにいるというのは人間は難しいことに違いない。

 そのまま軽く周囲を見渡すが、他に目に止まるのは右手に見える特徴的な尖塔だった。パロシナのものと比べると貧層に見えるのは仕方がないが、あれが教会だろう。もっとも、今この時に彼女に確かめる必要もない。


「本当であれば、このような形ではなく、もっとしっかりとした形で貴女にこの王都を案内出来たら良かったのだがな……今は満足に全てを紹介している時間もない」


 前に彼女が直々に町を案内したいと言っていたのを思い出す。私もこのような形で王都を訪ねることになるとは思ってもいなかった。


「とりあえず、今は正確な情報が欲しい」

「アテがあるのですよね? 確か、ジャーチジェル宰相、とおっしゃいましたか」

「ああ。この情勢下だ、役職は罷免されていると考えるべきだろうし、おそらく屋敷にいるだろう」


 王女が先に立つ形で町を進む。どうやら街の西部が高級住宅地となっているらしく、歩いていくと店屋や小さな集合家屋の類は減って、大きな屋敷が目立つようになってきた。所々に立っている兵士の姿が気になるが、入り口で検問をしているおかげか、彼らはそうピリピリと緊張しているようには見えなかった。私たちもどちらかと言えば珍しい一行に見えるだろうけれど、止めて不審尋問をするほどじゃないようだ。


「そのジャーチジェル卿の屋敷に見張りがついている可能性は?」

「十分に考えられる。教会が身柄を自由に出来ないだろう人の中で、彼が一番父と近しい関係にあったからな。私ともだ。警戒されている可能性は高い」

「なら、もう一芝居打つ必要になりそうですね。その化粧が無駄にならなそうで何よりです」


 立派な屋敷の門の所には術師と思しき兵が二人、塀にもたれるようにして雑談をしていた。軟禁とまではいかないかもしれないが、出入りはそれなりにチェックされているらしい。

 私は鷹揚に彼らに近づいて声をかけた。


「お疲れさまです。今のところ、何か異常はありますか?」


 唐突に現れた私に二人がきょとんとした顔を浮かべる。互いに顔を見合わせるが、心当たりがない様子。もっとも、そんなものがないのは当たり前のことなのだけれど。


「あー……貴女たちは?」


 どのように捉えたら良いのかわからない様子で、兵士は探るような丁寧な言葉で私たちを見やった。


「連絡が来てませんか?」

「ええ、私たちのところには何も……」

「それは困りましたね、こういうところの伝達はしっかりしておくように言っておいたつもりなんですけれど……」


 例のロエルからもらった紙を取り出して彼らに渡す。


「大教会から派遣されたレイラ・エールデレヒトです。フェリーユ王女が逃げた今、接触の可能性が高いジャーチジェル卿の監視を強くするよう密旨を受けました。客人として屋敷の中で様子をうかがうように、と」


 その説明で納得がいったらしい。まぁ、紙には主教の名前まであるのだ。疑う要素はないだろう。きっちりと敬礼をする二人に私も小さく礼を返す。


「了解しました、レイラさま。どうぞ、お通りください……と、そちらのお二人は?」

「私の従者です。二人とも、フードを取りなさい」


 王女と夜々が――王女の方は緊張からか随分とぎこちなかったが――フードを取ると、「忌族だ」と兵たちに動揺が走ったのがわかった。


「忌族の従者を見るのは初めてですか?」

「は、はい……戦ったことはありますが、従者として見たことは……」

「従わせられれば便利なものですよ。まぁ、大人しくさせるにはそれなりの力が必要ですが。それと、悪いのだけれど、馬を馬房に頼めるでしょうか?」

「か、かしこまりました」


 やはり妖怪を従者にしているというのは、術師として相当なステータスのようだ。一層敬意を払った様子で兵の一人が馬を引いて屋敷の敷地の中へと入っていく。再度フードをかぶった二人を連れて屋敷の玄関口へ。

 呼び鈴を鳴らして待っていると、ドアが開いて年を召した女中が顔をのぞかせた。このところあまり良い来客がなかったらしい。顔には疲れの色が色濃く見てとれた。


「あの……どちらさまでしょうか?」


 首を傾げる女中に、私は小さく微笑んだ。


「ジャーチジェル卿にお取次願えますか? フェリーユ王女殿下をご案内させていただきました、と」


 一瞬にして女中の表情が変わる。後ろで王女が頷くと、女中は血相を変えて中へと戻っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る