純情トライアル
蒼井さよ
第1話 夢みる乙女
「ああ、やっぱり素敵過ぎです!神谷君っ!」
まるで神にでも祈るように自分の両手を握り締め、窓越しから見える麗しの君に向けて感嘆の声を漏らす私。
「……また始まったよ、紫織の神谷教が。あんたも相変わらず一途な奴ね」
その隣では、そんな私を静ちゃんは呆れた目で眺めながら皮肉を吐く。
「静ちゃん。これは運命かな?今日で神谷君を見掛けたの三回目だよ」
渋い顔を向けてくる親友には目もくれず、私はひたすら笑顔の神谷君を拝めている。
「三回見ただけで運命って……あんたの運命はどんだけ軽いのよ」
その台詞にはもう飽き飽きしたと言わんばかりに、静ちゃんは特大の溜息をついた。
暫く眺めていると、次第に小さな点となって私の視界から神谷君は消えていく。それを名残惜しく感じながら、私は小さく肩を落とした。
「……っていうか、どうせ次の講義は神谷と一緒なんでしょ。運命だなんだバカげたこと言ってないで、早く行きなさいよ。遅刻するわよ」
感傷に浸っている私の頭を軽く叩いた静ちゃんは、至極まともなことを言って私を現実世界に引き戻した。
こうして私が向こうの世界へ旅立とうとすると、すかさずそれを阻止する静ちゃん。
「もう、静ちゃんったら容赦ないんだから。少しは私の乙女心も分かって欲し……」
「アホらしいっ!いいから、さっさと行くっ!」
そんな静ちゃんに反論すると、最後まで聞かれずに一喝された。
私は勢いに圧され、大人しく引き下がると、渋々と言われるがままに講義室へと向かう。
……全く。
静ちゃんったら全然分かってないんだから。
好きな人を一目見れたことが、どれだけ嬉しいかなんて。
そう心の中で愚痴をこぼすも、気持ちは既に次の講義で再び神谷君を見れる喜びに切り替わっていて、私は浮かれた面持ちで渡り廊下を渡ったのだった。
……そう。
私は只今絶賛片想い中なのだ。
そのお相手は、学校一のイケメン王子と謳われている、同じ経済学部の神谷凌君。しかも、首席で合格するという秀才っぷりで、入学式の挨拶をしていた時、私は見事に一目惚れをしてしまった。
それから、何とか勇気を振り絞って話しかけようとするも、女子から絶大な支持を誇っているため、周囲のガードは固い。加えて、あれだけモテるのに何故か未だ彼女を作ろうとしないらしく、告白をしてもさらりと交わされる超難攻不落という事態に、女子達の熱は更に燃え上がる。
故に、奥手な私は虫けらの如く神谷ファンに呆気なく潰されてしまい、全然近付くことが出来ないのだ。
私はそんな自分に苛立ちを抱えながら、神谷君をただ遠くから拝めていることだけが日課となってしまっている。
出来ることなら、もっと関わりを持ちたい。
そもそも、神谷君とはまだ一回もまともに会話したことがない。だから、きっと向こうは私のことを知らない。
この恋が、ただ見ているだけの恋で終わるなんて絶対に嫌なのに。
それでも、私はなかなか踏み出せない。
それもこれも全部、六年間女子校育ちで来てしまった私の生い立ちが悪いのだ……。
彼氏いない歴=年齢。
中高一貫の女子校で育った私は、男というものを知らない。せいぜい私の記憶は、バカみたいに男子が騒いでいた小学校時代の頃で止まっていて、そこからは華の女子校で青春を謳歌していた。
友達は、合コンやら部活の合同練習やらで次々と彼氏が出来ていたのに、万年文化部の私はそんな機会なんて全く触れることなく、気付けば周りからは世間知らずのお嬢様扱い。
私だって、恋をしたいし彼氏も欲しい。
そう強く思い始めたのが大学受験を迎える頃。
だから、この女子校生活から脱却する為に、敢えて付属の大学を蹴って、一般受験に死ぬ気で挑んだのだ。
そして、その努力が見事実を結び、ここへ進学する事が出来て出会ったのが
長くて自慢のストレートな黒髪を染める勇気はなかったので、毛先だけ少し緩めにパーマをかけてみたり、メイクを頑張ってみたりと。
だけど、いくら自分磨きをしていても、神谷君と話す機会がなければ何の意味もないのに……。
私は小さく溜息を吐いて肩を落としていると、講義が始まる予鈴が鳴り響き、慌てて駆け出す。
静ちゃんが言っていた通り、危うく遅刻しかけた私は、開始時間間際になって何とか空いている席に着くことが出来た。
……神谷君どこだろう。
一息ついたところで、私は辺りを見渡しながらお目当の人物を探していると、前の方に一際輝く存在が視界に映った。
そして、私はその人物に再び心を奪われていく。
シャーペンを手に持ちながら、頬杖をついて真剣な表情で講義を聞いている神谷君。そのくっきりとした二重に、切れ長の透き通った瞳。綺麗な形をした眉は少し釣り上がっていて、凛々しい印象を与える。
睫毛はお人形さんのように長く、整った高めの鼻立ちに細いラインの顎。肌も驚く程ツヤツヤで、流れるようなサラサラの黒髪。
身長も180弱くらいとそれなりにあって、足も長い。そして、知的な印象を与えるフレームが細いシルバーの眼鏡。
やはり何度見ても、美しく洗練された容姿に惚れ惚れしてしまう。
こんなの只のミーハな人達と何も変わらないのは重々承知の上だけど、今まで女子校生活を迎えていた私にとって神谷君はあまりにも衝撃的だった。
それに、普段は物腰が柔らかくて、いつもニコニコしているのに、何処か人とは違うオーラを纏っているような気がする。
それが何なのかよく分からないけど、それも含めて神谷君は私にとっては魅力の塊だ。
……ああ、だから、もっとお近付きになりたい。
そう強く願いを込めながら、私はこっそり神谷君に視線を送っていたのだった。
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