惑逝探偵「ダ・ジャレー」

やましん(テンパー)

第1話  「復讐は、のんびりと」

 その依頼人が、三階の事務所にやってきたのは、ハリケーンの大嵐の中で、もう二人とも、さっさと消えようとしていた矢先のことだった。

「まったく、寝られないんですよ、先生。」

 もう、70歳は越しているであろう、小太りの老紳士であった。

 杖をつき、多少ふらふらしながら、部屋に入ってきたのだった。

「どうなさったのですか?」

 窓の外で、何かが飛んでゆく。

 なんだか、人間のような気もした。

「殺人事件なのです!」

「え?それは大変だ!」

 相棒のノットソンが下を向いたまま、ブスっと言った。

 彼はもう、体半分、部屋から消えかけていたが、そのままの姿勢で聞いていたのだ。

 話がつまらなかったら、すぐに出て行ける態勢なのである。

「しかも、連続殺人なのです。」

「ほう、どうぞ続けてください。」

 ダ・ジャレーは、彼が考え込む時の、得意のポーズに入った。

 周囲から見ると、まるで死んでいるようにしか見えないのだが、実は大概はちゃんと聞いているのである。

「じつは、私はかつて、ある大企業の社員で支店長にまで上りました。」

「支店長までしか行けなかったのですな。」

「ああ、・・・ええまあ、そうとも言えますが。当時、上は詰まっておりましてね。しかし、下の部下の中には非常にまあ、なんとうか、問題のある社員もおりまして。まあ、「うつ」とか「なまけもの」とか、そういうものですな。」

「なるほど、どうぞ先を。」

「会社としては、一定期間療養したら、元のように働いてもらわないと、元が取れません。むしろ、休んだ分も稼いでもらわないと。」

「ふんふん。」

「しかし、なかなか、本人は以前の様には働こうとしないのです。なんだかんだと言って、休憩を取るし・・・」

「それは、無断で?」

「いえ、有給でですが。」

「そりゃあ、りっぱでしょう?本人の権利でもある。」

「まあ、ここだけの話ですが、権利だけを行使しようとかいう輩は、周囲の人間には迷惑なだけですし。なにせ、みな休日返上してでも、働いていたのですから。」

「なるほど。一理ありですな。」

「はい。しかし、休み癖と言うか、こちらから見れば、はっきりわかる。なので、少し厳しい言葉もかけたわけです。まあ、当時は私は課長で、支店長とかではなかったが。」

「なるほど、で、どのようなことを言ったのですかな?」

「まあ、『給料だけもらって済むと思うな』、とか、『仕事場に来るだけで、りっぱなんて思うな』とか『ここは仕事をする場所なんだから、体調悪いんだったら、良くなるまでは来るな』とか。きわめて当然の事です。本人のことを思って言ったのです。」

「そのかたは、若い方でしたか?」

「いえ、年上の引退間近の先輩でしたが。」

「全然仕事をしなかった?」

「まあ、職場復帰後、ぼつぼつはしていたことは事実で、少しづつ頑張ろうと努力していた雰囲気はありましたが、その程度では、周囲の人が納得しないのと、支店長がかなり厳しく言っていたこともありましてね。」

「厳しくなったと。」

「そうですなあ。まあ、彼は、元上司ですし、昔のように元気になってほしかったのですが、でも、結局その人は、辞職しました。その後、姿を見たことはありません。しかし、それから二十年もたった今の時期になり、異変が起こったのです。」

「ほう、どのような?」

「その当時、彼に関わっていた上司たちが、次々と、謎の死を遂げていったのです。」

「ほう?何人?」

「当時の支店長、副支店長、営業部長、三人です。」

「なるほど、しかし、それは、ここではなくて、警察でしょうなあ。」

「行きました、もちろん。」

「はあ、で、何と?」

「怪しい点はない、みな年を取って亡くなったり、自動車事故だったり、病気だったりだから、どうしようもないと。」

「ふうん。それだけ?」

「そうです。」

「死因におかしいところはないと?」

「はい。警察はそう言います。」

「でも、あなたはそうは思わない?」

「そうなのです。」

 男は、ソファーから乗り出した。

「じつは、20年前に書かれた、あるネット小説があるのです。もう埋もれてしまって、閲覧件数も20件ゆかなかった駄作です。しかし、その小説には、まさに我々と思われる登場人物が、次々に不可思議な方法で殺害されるというストーリーが展開されておりました。妖怪が生気を吸い取って老衰に見せかけて殺し、次に、ある自家用車が、ブレーキが突然利かなくなる事故を起こして、そのまきぞいで相手を殺し、三人めは、宇宙魔女が作ったという不思議な薬で、まったく痕跡もなく、自然に病気にさせて殺害するのです。そうして、なんと、実際、そこに書かれたとおりに、みな亡くなったのです。でも誰も不思議とは思わないのです。ぼく以外は。そうして、次に殺されるのが、ぼくなんですよ。それも、あさってです。『宇宙人』に殺されます。階段から落ちる事故に見せかけて。作者はペン・ネームとは言え、あの男に違いありません。逆恨みによる、理不尽な行為です。」

「ふうん。で、ぼくにどうしろと?ぼくは喧嘩が弱く、徹夜も苦手です。幽霊も宇宙人も対応したことないし、ボディーガードは管轄外です。」

「またまた先生。私も調べました。あなたはいつもそう言うが、しかし実際はそうではない。あらゆる資料がそのように言っております。あなたは、例えば『ななんと、100人死んだ!』事件では、ニュータウンの飲み屋街でとぐろを巻いていた、恐ろしい巨大アナコンダを格闘の上、イーストキャピタル湾に投げ込み、『地上の』多くの人命を救った。また、『ベートーヴェンは二度死んだ』事件では、常任指揮者を殺害した、正体不明の犯人が、証拠はないが、実は、その『大銀河サンセット・エバー・ネバー・ニュー・オールド交響楽団』の、コンサートマスターであると見抜き、想定される限り、絶対超えられないはずの、あの『オオネ・クラ・スカイタワー』刑務所の高さ三百メートルの壁を越えて、その中にその犯人を放り込んでしまった。こうしたことからも、ぼくを守ることができる人は、あなた以外に適任者はいないと、判断しました。 」

「そんなことが、あったかな?」

 ドアは開けたままで、なんとか体全部が部屋側に入ってきていたノットソンは答えた。

「あったな。」

「そうか・・・。」

「つい先日も、飛んできたミサイルを、バットで撃ち返し、相手の国まで戻してしまったという、多くの目撃証言が、我が家の『新聞』に出ておりました。全国紙の大新聞ですぞ。フェイクではあり得ないのです。」

「そうだったか?」

「そうだな・・・」

 また、ノットソンが言った。

「ふむ。まあいいでしょう。しかし、今日はこの嵐です。動くのは、明日からということで、よろしいかな?」

「ええ、けっこうです。よかった!」

「ああ、では、ここに、その小説の名前と、載ってたサイト名を書いてください。いまでもあるのですかな?」

「ええ、昨晩見たら、ちゃんとありました。」

「まあ、今夜見ておきましょう。それから、ここにお名前とご住所、電話番号と。お勤めだった会社名と住所。相手の名前。これは契約書ですので、よく読んで、サインを。ああ、これが基本料金表です。あと実費。いいですか? ええと、それから、お支払方法は?」

「クレジットで、しかし、いやあ、基本料金は安いですなあ。」

「まあ、依頼数が多いので、経済学の原則によって、安くなるのです。我が国は、アジアのとある同盟国と違って、実に合理的ですからな。」

「おお、素晴らしい。」

「じゃあ、お帰りはアチラのドアからどうぞ、大雨で、すべるので、転ばないでくださいね、階段は左側ですよ。ああ、『あさって』は、階段に近寄らないように。念のためです。」

 男は、部屋から出て行った。

 

「君は、医師として、どう思うかね? あれ?」

 階段を、何かが、はでに転がり落ちる音を聞きながら、ダ・ジャレーはボタンを押すのをやめて、ノットソンに尋ねた。

「そりゃあもう、警察が言う様に、老化と病気、事故なんかで死んだに、間違いなしだね。今の人は、老人性の被害妄想と思われる。足も、もうかなり弱っていたしなあ。」

「ふんふん。その通りだけどね。まあ、でも調査はもうとっくに終わったし。」

「あれ、明日からじゃなかったのかい?」

 やがて、通りに『ぴーぷー』という、大きな音がした。

 どうやら、大嵐の中、救急車が真下にやってきたようだ。

「いや、偶然終わったのさ。しかし、場所が良かったから、ひょっとしたら、助かるかもしれないな。いずれにしても、すくなくとも、小説の状況とは大違いになってきたから、予言は絶対に的中しない。宇宙人も、もう現れない。お望み通りだよね。」

「君は、小説の内容を知っていたの?」

「そりゃあそうだよ、二十年前に、もうとっくに亡くなった、ぼくの依頼人が書いたんだもの。絶望の中で仕事辞めて、生きる気力がなくなって、あの小説だけ書いて、有名な『タイヘン・バッハ』の崖から飛び降りて自殺した。だから、彼は絶対に犯人じゃない。ただし、ぼくは、彼が、アリアガラに所有する二軒の家屋敷と貯金全部いただくことで、小説の内容を実現してやると、そそのかして、約束したんだ。ただし、二十年後にね。と言うのも、『プロキシマケンタウリb』の秘密組織支部に連絡するのに4.5年、向こうが『宇宙魔女』、まあ人間のエネルギーを吸い取ったり、不思議な秘薬を駆使したりするんだけど、その予約を取って、地球にやって来るのに15年くらいは、かかるからなんだけどね。しかも、今、宇宙では彼女は引く手あまたでね、結構お高いんだ。まあ、おまけに、ぼくは、組織の落ちこぼれで、地球なんぞに派遣されているのでね、実はちょっと自信がなかったんだ。でもまあ、今回はね、割と上手く行っていたんだ。最初の一人は、宇宙魔女が、死のキスをしようとそいつの家に忍び込んだけど、その直前に、本当に老衰で亡くなっていた。二人目は宇宙魔女が自動車の前に、相手を後ろから突き飛ばそうとして、逆に自分が水たまりで滑ってひっくり返った時に、その相手が彼女を助けようとして駆け寄ったんで、偶然に、あの事故に遭ってしまった。三人目は、秘薬を飲まそうと、喫茶店で彼女は、そっとコップに薬を入れたんだが、先に心筋梗塞を起こされて、飲まずじまいのまま、薬は自動分解した。最後の一人については、時間切れだとか言って、高額の延長料金請求されてね、それじゃあ僕の稼ぎがなくなるから、仕方ないから偽の情報を作ったり、新聞を作ったりして、本人に、ここまで出向いてもらったんだ。でも、実際のところは、ちょっとだけ細工して、空間を印象操作してねじ曲げようと思ってたんだけど、やる前に、先に本人が足を滑らせてしまったらしくてね、結局は、なにも出来ることが無かったんだ。」

「はあ・・・、じゃあ、まあ解決だね。ぼくはもう、帰るね。」

「どうも、お疲れ様。」

 ノットソンは、帽子を被って事務室から出て行ったが、そこで消えてしまった。 彼は自立型のホログラムなのである。


「まあ、人生なんて、与えられた自分の境遇や役柄を、そこから引きずり降ろされまいとして、あるいは会社や自分の言い分や地位を必死に守ろうとしたり、まじめに役割を果たそうとしたりして、頑張っているだけだからな。誰にも、そう大した罪の意識は無いんだ。一方で、「うつ」などで苦しんでる人が、ようやく回復しかけて、以前好きだった趣味なんかにも再挑戦しようとすると、「そんなことできるんだったら、まず仕事しろ」、なんて叩かれてしまって、結局また再発させてしまう。これなんかは、無理解や、自己保全や、仕事の忙しさが引き起こす罪だ。でも、結局のところ、多くは、立場の弱い人の体や心を、小さな行動や言葉が、いつもひどく傷つけてしまっているんだ。このおろかな人間同士の、恨みは深い。そこが、ぼくらのねらい目さ。喧嘩は嫌いだ、と言いながら喧嘩をしている人と喧嘩をしているんだから、地球人はありがたい。どんどん無慈悲になって、寛容さは事務的になる。お互いの恨みはどんどん溜まる一方なのさ。ぼくの仕事は永遠に無くならないわけだ。逆に、あまり利口になってもらったら困るんだ。」

 ダ・ジャレーは、ひとりつぶやいた。

 しかし、彼の瞳は、とても悲しそうだった。

 救急車の赤い回転ランプが、夕闇に濡れたシュガー通りを照らしている。

 

 ずっと前から空き家のままのこの部屋には、すでに誰もいなかったし、何の痕跡もなかった。

 ダ・ジャレーは、落ちこぼれの『宇宙幽霊探偵』、すなわち『惑逝探偵』なのだから。 

 

 

 

 





























































 








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

  惑逝探偵「ダ・ジャレー」 やましん(テンパー) @yamashin-2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る