転生シンドローム

葉原あきよ

転生シンドローム

 朝食を食べながら、異世界TVを付ける。お気に入りの異世界をチェックしたあと、食パンを片手にザッピングすると新しいチャンネルを見付けた。建物の感じからすると中華風だ。時差があるようで真っ暗だった。人は全く通らない。

「中華風かぁ。官吏を目指すヒロインとかだったらいいけど、後宮モノだったらスルーかなぁ」

 新しい異世界と繋がりができると、こうやって定点カメラからの映像と音声が届くようになる。それから、その世界の実在の人物をモデルにした異世界省公式のオンラインゲームが配信される。よほど特殊な世界でなければ、恋愛シミュレーションゲームになることが多かった。異世界の文化を楽しく学ぶため、だそうだ。一方的に視聴するだけで交流なんてできないのにおかしな話だと、先日まで私も思っていた。

「また朝から異世界なんか見て! さっさと食べないと遅刻するわよ」

 母からのお小言に唸り声のような返事を返し、チャンネルを変える。去年新しく繋がった中世西洋風の異世界だった。異世界省の情報によると、定点カメラが写すのはとある国のお城の広間だそうだ。こちらの午後が向こうの夜で、タイミングが合うと舞踏会が見れる。私はわりと気に入っている異世界だった。公式のゲームは、下働きとしてお城に勤めている没落貴族の令嬢がヒロインだった。

「もう、いい加減にしなさい!」

 キッチンから出てきた母が、私の手からリモコンを取り上げる。

「あなたのクラスの子、転生シンドロームで引っ越したんでしょう?」

 異世界に暮らしていた前世の記憶を思い出したと言って、前世でこの世界を視聴していたとか、ゲームや小説で見た登場人物に転生しているとか言い出す症状が、転生シンドロームだった。思春期特有のもので成長したら自然に治まるけれど、あまりにひどい場合、環境を変えることもあった。異世界TVで視聴できるのは世界のごく一部だから、前世で見たことがない(と彼らが主張する)場所に引っ越せばいいのだ。

「お願い。録画予約するだけだから」

 私が懇願すると、母はため息を吐きながらリモコンを返してくれた。

「何かイベントでもあるの?」

「うん」

 転生シンドロームで引っ越した友だちが教えてくれたのだ。前世でこの中世西洋風異世界のヒロインだった彼女は、王太子に見初められて、今日の舞踏会で華々しく登場する。その後ろで悔しがるヒロインの邪魔をしていた公爵令嬢が私だと。

 そして、彼女が前世で読んでいた異世界小説によると、この世界のヒロインが私で、友だちのふりして陰で邪魔するのが彼女だと。

 全然ピンとこないのだ。ヒロインと言われても、何をしているわけでもない。普通の女子中学生だ。好きな人も特にいない。

 舞踏会の様子を見たら私も前世を思い出すだろうか。

 それに、引っ越ししてしまったのに彼女はどうやって私の邪魔をするんだろう。

 録画予約をセットして、朝食に専念する。ふと、食パンを咥えたまま走って登校してみたくなり、私は軽く首を振った。


終わり

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