第111話 拾死 じゅうし

 彩矢子は、一度部屋を出た。

 振動が命取りになる音叉の組み立て、理屈は理解できても、手が動くというわけではない。

 万が一、音叉が床にでも触れれば、剥き出しのままの音叉が360°を砂に変えるだろう。

 つまり部屋ごと無に帰すことになる。

 諦めるべきなのか…一瞬そうも思ったが、YAMAが固定ワイヤーを外したということは、コレを取ってみろということだ。

 逆に言えば、コレ以外は必要ないと言われているのだ。


 YAMAは遊んでいる。

 絶対に自分が負けないルールで遊んでいる。

 だから気が変われば、今にでもゲームを放り出しかねない。

 今は、YAMAのルールに従うしかない。

 つまりは、あの音叉を取るしかないのだ。


(方法はある…それを考えろということね…どこまでもバカにして)

 音波兵器を無効化する方法。

 空気を遮断すること。

(固めてしまえばいいのよ)

 ベーキングパウダーなら腐るほどある。

 問題は…固まった後、どうやって組み立てるか。

 溶解液なんて存在しないのだ。

 下手に力技で剥がそうとすれば音叉を破損させてしまうかもしれない。

 音叉の先端はコンマ9桁まで誤差が無い、まさに奇跡の遺物なのだ。


 彩矢子が考えた方法は、ベーキングパウダーはゲル状だ。

 このゲル状を維持させているのは波。

 常にゆっくりと動いているから固形化しない。

 この状態を維持しつつ、ゲルの中で組み立てを行うこと。

 音叉を最小限に振動させゲル状を維持させる。

 先端に触れずに慎重に手さぐりで組み立てを行うのだ。

 そのための水槽を探している。


「まるで福笑いだわ…しかも完璧に揃えなければ腕が無くなる」


 音叉の先端に触れれば、あっという間に指は粉砕され、肘から先は数秒で消えて無くなる。


 彩矢子は濃いオレンジのゲルを見つめて溜息を吐いた。

「どうして透明度を維持しなかったのかしら…迷惑だわ…」


 倉庫に戻って、水槽のゲルに音叉を沈める。

 パーツを沈めて、大きく深呼吸する。

(さて…いくわよ)

 音叉を慎重にゲルに沈め、自身の腕をゲルに浸す。

 そして静かに音叉の先端を人差し指で弾いた。

 ゲルがブルンと揺れ、水のように抵抗が少なくなる。

 もう一度、大きく深呼吸する。

「まずはひとつめ…」

 手さぐりの遺物の組み立てが始まる。

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