それぞれの戦争

 大正生まれのおマサさんは数々の歴史的出来事を経験してきました。


 彼女の実家は小高い山の上にあったのですが、ある日の夜中、遠くの空が夕焼けのように真っ赤に染まっていたそうです。


「あれ、なんだろう? 綺麗だね」


 情報網のない時代ですから何が起こっているかすぐにはわかりません。そのとき呑気に見ていたものは、実は関東大震災で東京が燃える火だったそうで、あとから知って驚いたのだとか。


 そんなおマサさん、戦争ももちろん経験しています。


 杉山家の住む街は空襲で焼けることはありませんでしたから、今でも区画整理のなかった名残でくねくねと曲がった道が多いです。


 しかし、戦争中はアメリカ軍の爆撃機がしょっちゅう、この地の山に爆弾を落としていたそうです。彼らは決して街に落とすことはしませんでしたが、山には幾度となく爆音が響いたそうです。

 なぜ、山だったのでしょうか。夫いわく「東京までの燃料の節約じゃないか」ということですが、真偽のほどは定かではありません。


 さて、山に爆弾が落とされるたび、おマサさんは竹槍を天に向かって振り上げ、いきりたっていました。


「落とすならこっちに落とせ、相手してやるんに!」


 いやいや、落としたらえらいこっちゃです。竹槍ではプロペラ一枚落とせるわけがありません。


 なにぶん、おマサさんは興奮しやすい性格のため過激です。それなのに戦争が終わると、しれっとした顔で「竹槍なんかで相手になるんかアヤシイもんだとは思ってたがね」と言っていたそうです。


 夫のタイゾウさんは戦地から戻ってきたとき、靴下に子ども達へのお土産として金平糖を隠し持っていました。しかし、家まであと少しというところであまりの空腹に歩けなくなり、それを食べてしまったのです。


 無事に帰宅したものの、それを話した途端、子どもたちは大泣き。そしておマサさんに「帰ってこなきゃよかったんに!」と怒鳴られてしまいました。


 爆弾のような妻と、竹槍のような夫です。暴言は爆弾同様、傷つける相手を選ばないものだし、仕掛けたほうはドカンと爆発させて終わりですが、竹槍では敵いませんから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る