なんだこいつ
@muuko
第1話
今日は久しぶりの晴れ。
日が傾いて暑さが落ち着くと、真夏より格段に過ごしやすいこの時季。
待ちわびた晴れ間に心軽く、夏から秋への移り変わりを楽しみたい気持ちとはうらはらに、僕はイライラする気持ちを抑えられずに早歩きで並木道を歩いている。
原因は後ろ。
小走りで僕の後をついてくる真緒だ。
なんだこいつ。
なんで僕がイライラしているのか。その原因は、1時間ほど前に遡る。
「優!ゆーう!」
「なに?」
「ヒマでしょ?散歩行くよ」
今日は土曜日。僕は休みの日だからこそできることをしていた。まぁ、ひたすらだらだらしていただけだけど。
夏休みが明けてまだ2週間、僕の体ははまだあの夢のような1ヶ月間を忘れられない。
体が求めているんだ。休息を。
そんなふうにだらだらしている僕を、真緒は見逃さない。
呼び出されて、2人と1匹で散歩に出掛けた。
「近所にいい感じのカフェ見つけたんだー!テイクアウトしてどっかで飲もうよ」
俺にぷぅ太のリードを持たせ、僕の前を歩く真緒。つややかな黒髪のポニーテールが弾むように揺れる。
真緒の白いフレンチスリーブのTシャツに、デニムのショートパンツという、ちょっと肌見せしすぎじゃない?みたいな格好も、元のスタイルがいい上に髪型効果もあって、爽やかで健康的だ。
お目当のカフェに着き、嬉々として列に並ぶ姿は素直に可愛いなぁと思う。
僕はぷぅ太が他のお客さんの邪魔にならないように、お店の周りをぐるぐると歩いていた。
生まれた時から真緒とは小・中・高、ずっと一緒の腐れ縁。だから犬の散歩もよく誘われて2人で行く。
真緒は何かと僕の世話を焼く。小さい頃父親に怒られて家の外に出された時は、真緒が自分の部屋に入れて、慰めてくれた。
母親が入院した時は夜ご飯にとお弁当を作って届けてくれた。
朝は俺の部屋に起こしにくるし、学校でも隣の席だから何かと世話を焼いてくる。もう何回も聞いた、お決まりのセリフ。
「もー。優には私がいないとダメなんだから」
真緒はクラスの人気者だ。
クリッとした瞳にくるんと上を向いた長い睫毛。桜色の唇になめらかな頬。
彼女が笑うと周りに花が咲く。みんなも笑うから。彼女はいつもほわっと優しい香りがする。
そんな真緒が俺にとって、幼なじみから特別な女の子に変わっていくのはごく自然なことだった。
付き合ってんのかってクラスの男達に突っ込まれることもある。
あいつとは腐れ縁だからさ。
そう言って誤魔化している。
高校に上がってから、真緒は急に変わった。昔から可愛いんだけど。
ショートだった髪を長くして、もともと上向きだった睫毛を濃く、長くして。ファンデーションを薄く塗って。
なぁ、誰のため?
好きな奴、いるのか?
聞きたいけど聞けない。
僕の居心地のいい場所がなくなってしまう気がして。
真緒のいる、僕の大切な場所が。
(…そろそろ買い終わったろうか。もう30分くらい歩き回ったし。)
そう思い、ぷぅ太を連れて店の前に戻ることにした。
真緒はお店の店員と話し込んでいた。
何を話しているんだろう。楽しそうに笑っている。
店員は大学生だろうか。大人っぽい…
(お似合いだよな…)
僕は自分の色あせたTシャツとデニムの服装をみて、顔が熱くなった。
ふと、オトナ店員がこっちをみて真緒に何やら話しかけた。
真緒もこっちをみて、2人で何やら笑っている。
……何なんだよ。一体。
「おまたせー!」
そう言ってかけて来た真緒が手に持っているカップは一つだけ。
そしてなぜかオトナ店員も付いて来た。
「可愛い犬だねー!」
ぷぅ太を抱き上げ、撫でる姿がまた絵になるこの店員。
「人好きなんですよ。よかったねぷぅ太!」
僕はじっとぷぅ太だけをみていた。
オトナ店員にあいさつしてまた2人と1匹で歩きだした。
「川沿いに行こうよ!」
「俺の分のコーヒーないの?」
えっ?と真緒がきき返したけど、僕は無視してずんずん歩いた。ぷぅ太を連れて。
これが僕がイライラした原因。
なんだこいつなんだこいつ。
犬の散歩に付き合わされて、待たされて、僕は真緒の都合のいい使いっ走りかよ。
僕がぷぅ太の世話してる間に何で店員と仲良くなってんだよ。
買ったんなら、早く戻ってくればいいだろ?
つーかなんで「飲もうよ!」って言ってたのに僕の分買ってないんだよ。
わかってる。僕は小さい。
どんなに真緒より背が高くなっても、力が強くなっても。
真緒が僕に世話を焼くのは腐れ縁だからだけど、それだけじゃないんじゃないか?って気持ちもあった。だから余計にイライラするんだ。
真緒の存在が僕の中でどんどん大きくなっていく。
僕だけが、イライラしてる。
いつもの川沿いを進み、適当なベンチを見つけて座る。
後ろから付いてきた真緒も、そっと隣に座る。
「……ごめん」
「何で謝るの」
「怒ってんじゃん」
「怒ってない」
真緒がぐっと僕に身を寄せてきた。
大きな二つの瞳が僕を見つめている。
二の腕あたりが柔らかい。
この感触……む、胸が。
「言ってよ。ちゃんと」
「……ああいうときは、2人分のコーヒー買うでしょ、フツー」
川を眺めるふりして目線を外した。
空の端が金色から茜色に変わり始めている。
突然、僕の視界に薄茶色の液体が現れた。
「はんぶんこ!」
「したかったの!」
飲みかけのコーヒーが目の前に差し出されている。
半分こ。
はんぶんこ、だって。
なんだよ。
カップを受け取ってストローに口をつけた。冷たくて苦いけど、芳ばしい香りが口から鼻に抜けてスルスルと喉からお腹に落ちていく。
イライラも一緒に。
その様子を見て、真緒がニヤニヤしながら言った。
「もしかして嫉妬?」
僕は残りのコーヒーを全部飲んだ。
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