第17話:聖女様のところは遠い

 先に挨拶を済ましていたので、街に着くのと同時に馬車から飛び降りる。


「じゃあ、また会おうッス!」

「かあ」

「おー、元気でな。 しばらくはここら辺の宿屋にいるから、訪ねてくれてもいいからな!」


 緑色くんと縞々ちゃんに手を振る。 おっさんはこちらに顔を向けもしない。 慣れているのかと思ったが、どうやら表情を隠しているだけらしい。


「おっさんも、また頼むッスよ。 街を移動するときは同じ組合の馬車に乗るッスから!」

「……ああ、また」


 早速聖女様を助けに行くことにして前を向く。

 夕も暮れはじめていて、聖女様ももう寝ているかもしれないが、それでも下見ぐらいにはなるだろう。


 俺の暮らしていた田舎町に比べて、夕暮れ時なのに故郷の昼間よりも人が多いぐらいだ。 規模も大きく、普通に人を探そうとしたら時間がかかりそうだ。


 だが、割と有名な人間ではあるのだし、アオイから場所を聞けば一発だろう。 つまり、水の神殿を見つけたらいいわけだ。


  適当なところで跳んで、看板を足場にもう一度跳ねて屋根の上に登る。 水かどうかは分からないが神殿っぽい建物を見つけたので屋根伝いに走る。 この辺り、ヤケに人が多いが、祭りか何かがあるのだろうか。


 屋根から飛び降りて、大きめの建物の中に入る。 どうやら闇の神殿のようらしく、クラヤに聞けばいいかと中に入る。 人がいないことに首を傾げながら進み、祈りを捧げている黒髪の少女がいることに気がつく。 傍らには武装ではあるが、あまり実践に向いたものではなく、礼装に近い格好をした女性が立っており、他には誰もいない。


「……曲者か?」


 変なところに紛れ込んだかと思ったら、祈っていた少女が立ち上がって俺を見る。

 黒髪、黒眼、白い肌。


「……ティル……ヴィング=アークナインテイル」


 声が漏れ出る。 騎士らしい女性の手が剣の柄に伸びて、俺を見ながら眉を顰める。

 一歩後ろに下がり、頭の上のリロを手の上に乗せてから、鞄の中に避難させる。


『レイヴ、どうかしたか?』


 答えられる空気でもなく、数歩下がりながら出方を疑う。 急いで離れると刺激すると思い、ゆっくりと口を開いた。


「……中の人に道を聞こうかと思って、入ったんスけど、まずかったッス?」

「道は封鎖させていたはずだが」

「屋根伝いに走ってたんス。 余所者で、道が分からなかったッスから……」

「見つからないような速さで? 世迷いごとをほざくな」


 女性は少女を背にしながら剣を引き抜く。


「なんでこんなことに……」

『何が起こっている?』

「なんかよく分からないけど、襲われてるッスね」


 女性は剣を振り上げながらこちらに駆ける。


「襲いにきたのは、そちらだろう!」

「勘違いッスよ!」


 歩幅が小さく、足音がない。 息の音が聞こえず胸や腹が動くこともない独特の呼吸法。 加えて、どこを見ているのかも分からない視線。

 限りなく「隙」を隠した、剣こそ振っていないが、見紛うはずのない剣技。


 この国で最も扱われている歩法、一太刀流剣術:撃矢ノ型。

 重心すらも悟らせないようにしているそれは、若い女性としてはあり得ないほどの練度を誇っており、剣を振るうまでもなく実力を示していた。


 リロに気がつかれないように、息を飲む。

 瞬間、爆ぜるような音と共に目の前に現れた女性の剣の柄を受け止めながら手首を捻り、重心を立て直そうとした瞬間に押しながら脚をかけようとし、引っ掛けようとした脚を跳んで避けられたところで、掴んでいた柄を身体ごと地面に叩きつけようとするが柔らかい身体の動きで受け身を取られる。


 女性の片手が剣から離れて、腰にある短剣に伸びたところで離して後ろに下がる。


「奇妙な技を……!」

「一太刀流ッスね」


 歩走法などの足技を中心とした撃矢ノ型の練度は高いが、斬技である瞬閃ノ型はあまり得意でないのか剣がなくとも凌ぐことは出来そうだ。

 一太刀流には五つの型があり、一つは歩走法の撃矢ノ型。 次に剣を振り相手を斬る瞬閃ノ型。 他には護りの型と、変則の型と、読みの型がある。


 俺の不得意としている撃矢ノ型が得意らしく、動いたところで捉えられそうにない。 おそらく、先の女性離れした筋力や、鎧のまま動き続けられる体力はヒトタチの加護だろう。


 腹に巻いていた鎖を取り出しながら、重心を下に構えて相手の動きを待つ。


「……悪趣味な獲物だ」

「高尚な趣味に使いたかったッスけど、残念ながら色気がある状況じゃあないッスね」


 踏み込みの瞬間を見て腕を振り上げて鎖の先を動かすが、女性の身体はほとんど動いておらず、完全に振り切った隙を晒す形になる。


「一太刀剣術:撃矢ノ型【遅射】」


 力強い踏み込みに見せかけ、逆の足首で反対を蹴り勢いを殺す技。 一度目の速さに慣れた目では、その動きの遅さよりも前に反応してしまい、隙を晒してしまう。

 振り切った後の体勢に飛び込んでくるのを見ながら、振り上げた勢いを止めることなく動かし、勢いのままバク転をする。


 空中で回転をしている中、振られている途中の剣を脚で挟み、それを起点に無理矢理腹筋で身体を起こし、女性の頭に両手を付けて跳び箱の要領で跳ね飛び、飛び越える。


「っと、死ぬかと思ったッス」

「ッッッ! 貴様!」


 振り向きざまに振られた剣を下がりながら鎖で受け止め、首を横に振る。


「……お姫さんは狙わないんで、安心していいッスよ」

「……私を倒してから、か。 敵ながら天晴れな士道だ」

「いや、何もしないッスよ?」


 というか、よく考えたら逃げ道とは反対方向に来てしまった。 同じような手で躱すのはもう無理だろうし、異能ありの練度の高い武人を相手に、地力だけで挑むのは厳しいか。

 説得をしようと思うが、思い込みが強そうであるし、俺自身の胡散臭さも凄まじいものであることも否定しきれない。


 剣と素手。 間合いは俺の方が狭く、腕の振りも女性の方が速い。 速度と間合いに劣っているために攻勢に出ることは難しく、鎖で受け止め、流すことにより保っているが、それもいつまで続くか。


 歩法を得意としているようだが、攻め手である瞬閃はそれほどではないらしく、護りは分からないが読みの型はほとんど扱われていない。 修めの正道を行ったような、感じである。


 対する俺は読みの波読ノ型から修める逆式によって剣術を扱っている。 搦め手や手札の数は勝るが、あくまで色物であることは否めない。


 同じ流派でも扱う技に結構な差があるが、総合すれば異能抜きでは俺の方が、異能を含めれば女性の方が強いか。 もちろん、異能を使わずにいてくれるはずもなく、戦いは不利のまま進む。


 あるいは能力ありでも無手同士ならば、負けることもないのだが。 俺が無手且つ能力のない戦闘ならば世界で最も強い、とは神に至った武人の言だ。

 尤もそのような戦闘があるはずもないのだけれど。


 ない物ねだり、馬鹿な考え。 それらを切り捨てながら息を吐く。

 目に付けるのは女性の腰に挿してある短剣。 鎖よりかは幾分かマシな武器だろう。


 脚を動かし地面をトントンと鳴らす。 警戒する女性の前で息を整え、見据える。


「疾ッ!」


 女性の剣が目の前に迫り、前に倒れ込むようにして回避しながら女性の腰に突進。 ガチャリとした金属鎧の感触に顔を顰めながら、その腰を掴んで力任せに振り回す。


「うらあ!」


 その中でも反撃してきた女性の剣を紙一重で躱し、髪の毛が数本落ちる。 地面に叩きつけながらのしかかり、短剣を奪い取って女性の首に突きつける。


 ……急に動きが悪くなった?


 何故かと思えば、女性は目を見開いて叫んだ。


「ティルヴィング様ッッ!!」


 反射、俺は跳ね飛んだと同時に振り向き、黒い影を見据え、それが手に持つ得物を手で握り込む。 鋭い痛みと共にくる全身の倦怠感。 あまりの即効性に毒物ではなく異能による呪詛の類いであると判断し、ならば発動してしまえば強く握り込んでも関係がない。 握ったダガーごと影を地面に叩きつけ、後ろに見えるもう一つの影に短剣を投げ付ける。


 荒くなる息を飲み込み、周りを見渡せば黒い服装をした覆面の男達が俺達を囲っていた。 後ろから息が漏れ出る音を聞く、姫さんだろう。 荒くも規則正しい息は先まで戦っていた女性のものだ。 姫を間に、背中合わせ。


 黒く変色している左手は痺れと痛みがあるが、それは普通に怪我の範疇で、動かすことも出来ていて何の呪いかが分からない。


 数も数であり、姫さんから片方でも離れれば影達に殺されてしまうだろう。

 相手もそれを分かっているのか、挑発するように薄らと笑い声をあげて攻撃を誘う。


 姫さんが動くことも出来れば動きながら守り、外に出て助けを求めることも可能だろうが、腰が抜けているのか一人では立てそうにない。


「……なぁ」

「なんだ」

「俺が一瞬で三人潰せば、一人でも守れるか?」

「無理だな」


 護りの型はそれほどでもないらしい。

 手からは血が流れ出ていて、このまま見つめ合っていれば、様子のおかしさに外が気づくより前に、俺の失血による不調で戦況が崩れそうだ。


 仕方ないか、鞄をトントンと指先で突き、閉じていた鞄をゆっくりと開けて、鞄に手を入れることもなく手を元の位置に戻す。

 何をしているのか、刺客達は身動ぎするが意図が分からないのか攻めてくる様子もない。


「リロ。 出てきて、女の子に肩を貸してあげてくれ」


 資格に伝わらないように声をかけると、鞄がもぞもぞと動き軽い着地音と共に若干鞄が軽くなる。


「……白い、カラス?」


 お姫様の気の抜けた言葉。 返ってくるのは同じく気の抜けた返事。


「かあ。 ……がんばる」


 白い羽根が舞う。背中に一人分の気配が増えて、白い翼が横目に見える。


 瞬間、刺客が動く。 飛び掛かってきた刺客の剣に短剣をぶつけて弾き、それと同時に後ろからも金属音が響く。

 姫さんの怯える声を背に、幾多も振るわれる凶刃を逸らし、リロが立ち上がらせるまでの時間を稼ぐ。


 ゆっくりとながら移動を始めたリロとお姫様を守るように移動を始め、少しずつだが出口に近寄る。


 一層甲高い金属音、背後で女性が相手の剣を弾き飛ばしたのだと信じ、振り向かずに短剣と鎖で攻撃を捌く。 一人が放った斬撃を無理矢理に弾き、続けざまにきた槍を掴み、人ごと上に持ち上げて、そのまま薙ぎ払う。


 流石にそれでは倒すことも出来ていないが手元に槍が残る。

 左手にそれを短く持ち、怪我をしている右手には短剣を握る。 武器を失った男の太腿を槍で突くと突いた場所が黒く染まっている。 本当に何の呪いだろうか。


 女性も仕留めたのか少し数も減ったが、後ろにいる女性の息が酷く荒い。 俺と戦ったのちに、こんな状態なので仕方もないことだろう。


「大丈夫か?」

「……脚をやられた。 私が殿しんがりを務める」


 頷く代わりに小声で三、二、と数え、思い切り槍を薙ぎ払い、そのまま槍と短剣を刺客に放る。


「一ッ!!」


 白い羽根が舞い、真っ白な少女が消失する。 代わりに姫さんの手に白いカラスが収まっていて、俺は姫さんの細い腰に手を当てながら足払いをして身体を浮かせたところで腰と脚の二つで受け止め、いわゆるお姫様抱っこの状態で駆け出す。


「ティル。 リロをしっかり持ってるッスよ」

「ーーシャルが、危ない!」


 動こうとする彼女を力尽くで押さえ込み、神殿の外に出ると異変に気が付いたらしい騎士が来ていて、槍を俺に向ける。


「ティルヴィング様を離せ!!」


 ちょうどいいところにいた。 彼女を離して地面に置く。 抜けた腰で神殿に戻ろうとしている彼女の頭を触り、俺に目が向いたところで微笑む。


「俺に、任せるッス」


 返事は待たず、鎖を手に握りながら神殿の中に戻る。

 トドメを刺されかけている女性を見て、庇うよつにそこに飛び込む。案の定剣が左肩に刺さり、女性、シャルがそれを分かっていたかのようにタイミングを合わせて反撃し、刺客の一人を倒す。


 二人して血まみれ、血を混ぜ込むように背中合わせになりながら、フラつく身体を共に支え合う。


「……あと五人」

「……外の騎士が助けに来たりは?」

「くることにはくるだろうが、それまで待ってくれるか」


 当たり前である。

 息継ぎの瞬間を狙ってきた二人の刺客のうち片方の剣を側面から鎖で触れ、それに別の力を加えることで体勢を崩させる。そうしているうちに俺に迫るもう一つの剣はシャルによって弾かれる。

 シャルの腕を掴み、力任せに動かすことでシャルに迫っていた剣を回避させ、その間にも彼女の剣が俺が崩した敵の腹に突き刺さった。


 瞬時に引こうとした男に追い縋りながら、刺客の腹に突き刺さっている剣を引き抜き、振るって斬り裂く。 斬り終えたと同時に俺の手から剣が抜かれ、シャルがその剣で背後にいた男の腕を引き裂いた。


 残りは前後の二人のみ、シャルが俺の方にいる刺客に剣を投げ付け、俺はシャル側の男の剣を鎖で受け止める。 鎖を剣に巻き付けたところで離脱し、剣を投げられた男が弾いた剣を中空で受け止め、シャルが抑えている男に向かって投げる。 男に刺さった剣をシャルが男を引き裂きながら抜き去って、俺の背後に迫る男を斬り裂く。


 残心の数秒の後、再びシャルと背中合わせに体重を掛け合い、二人とも互いを支える力がなく膝から崩れ落ちる。


「……全く、なんなんスか。 これ」


 入り口から多くの足音が聞こえてきた中、愚痴を吐き出した。 返り血、流血、背中にいるシャルの血液、身体にへばりついて、まるで風呂にでも入っているかのように暖かい。


 道を尋ねようとしただけで、これである。 王都って怖い。

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