第16話:聖女様のピンチ


『聞こえますか、数多八百万の神の声を聞くもの……レイヴよ』

『聞こえますか、聖人レイヴァテイン=アーク……」


 寝ていたはずなのに、声が聞こえる。 落ち着いた女性の声で、聞き覚えがある。


「……このロリコンっぽさ……闇の神クラヤ……ッスか?」

『そうです、聖人レイヴァテインよ。 私はロリコンではありません。 ただ子供が好きなだけなのです、聖人よ』

「ロリコンはだいたいそういうんスよ」

『少なくとも、あんな可愛い女の子を連れ回している貴方には言われたくないです、聖人よ。むしろ貴方がロリコンです、聖人よ』

「いや、俺は年下好きなだけッスし、年上の聖女様も大好きだからロリコンじゃないッス。 アオイなんて見た目だけ子供のババアにはぁはぁしてるクラヤの方がロリコンですよ、神よ」

『いや、あれは精神も幼女ですよ、聖人よ』

「それを言うならだいたいの神なんてワガママ放題の幼女ッスよ、神よ」

『確かに多くの神は自分本位……精神的幼女であると言えますね、聖人よ』


 いや、自分で言っておいてアレだがワガママだから幼女というのはおかしいか。

 ワガママでない幼女もいるし、ワガママなおっさんもいる。


「それで、何か御用ッス?」

『アオイが「お姉ちゃんレイヴに伝えて」と頼んできたので、連絡をしに』


 七柱の中で最も力の弱いアオイは自身の力が及ばせる範囲が狭い。 力の宿っていない水からでは干渉することが出来ないのだ。

 まぁ、クラヤも睡眠中に話しかけることは出来るが……太陽が真上にあるときの昼寝に限るのでそこまで話しかけられるわけでもないが。


『『事態が急変した。 聖女を殺そうとしている輩がいる。 急いでくれ。』ということらしいです。 レイヴは王都に向かうのですか?』

「……聖女様を……殺そうと……」


 急激に頭の中が冷めていくのを感じる。 俺がふざけていたり、勝手なこだわりで引き伸ばしている間に……恩人・・が危険な目に遭っている。

 思考は冷めて、喉奥から灼けつくような息が吐き出された。


『落ち着きなさい。 レイヴァテイン。

貴方に過失はないでしょう。 それは貴方の悪癖ですよ』

「……あの人は、いい人だ」

『そうなのですか』

「何故それを殺されようとしている」

『それが人なのではないでしょうか』

「落ち着けるはずが、ない」

『そんなことはありませんよ。 貴方は知性に優れた、非常に理性的な人格ですから』

「なんで、神達おまえらはそんな……」


 人の心が無いことばかり言うのか。

 答えはとっくに知っていて、それを思いに任せて言おうとした自分に驚く。 リロイアとケミルが神としては特別な性質を持っているだけだ。

 それを彼女に求めるのは、ならないことだろう。


「ごめんッス。 ……伝えてくれて、ありがとう」

『いいのですよ。 ああ、王都に向かうのであれば、ある人に伝言を頼みたいのですが』

「伝言ッスか?」

『はい。 レイノーラという方に『うんこ』と伝えていただきたく』

「レイノーラ……」


 商人のおっちゃんのライバルかつ最愛の人の、太陽の魔術師が、確かレイノーラという名前だった気がする。

 とりあえず頷くと、意識が暗転する。 夢の世界から現実に戻る感覚だ。


「……レイヴくん? おきたの? おはよ」

「おー、リロ。 おはようッス。 ケミルも」

「……ケミル?」

「あっ、緑……じゃなくて、おはよッスよ。 ナハリちゃんもおはよーッス。 今何時ッス?」


 ケミルのことを紹介していないのに、ケミルの名を出したせいで緑から妙な目で見られてしまった。


「もう夕方ですよ。 よく寝られていましたね」


 水色ちゃんは軽く微笑みながら俺を見る。 少し気恥ずかしい。

 聖女様のピンチを聞いたが、今から馬車を降りて走ってしまえば、結果的にそちらの方がよほど遅くなるだろう。

 急ぐのならば、このまま予定通りに過ごし、王都に着いたら直ぐに向かうのが良いだろう。


『……レイヴ。 どうかしたか?』

「……なんでもない。 いや、剣ぐらいあった方がいいかと思っただけだ」


 もし教会の者と敵対することになれば、殺傷能力に掛ける鎖や、おっちゃんが入れていくれていた便利な小さなナイフ程度では少々キツイだろう。

 人を殺したことはないが……そのための備えは必要かもしれない。


「かあ。 ……うん。 それのほうが、レイヴくんが……安全なら……」


 少しだけ不満そうに聞こえた。


◇◆◇◆◇◆◇


「はい、俺の勝ちーッス」

「ぐぬぬ」


 そう唸るおっさんの前にカードを置いて、纏める。 人の表情を読むことは得意なので、ある程度駆け引きの要素が入ってくれば五分以上には行える自身があった。

 それは大人の男相手でも通用するらしく、四人でやっているカードで、半分は俺が一番である。


 とりあえず神経を張り詰めさせてもリロに心配させるだけなので、いつも通りにすることにした。


「レイヴくん、すごい」

「レイヴさんすごいですねー」

「えへへ、そんなこと……あるッスかね?」


 リロと水色の二人に褒められて頰を掻いていたら、緑色が集中しすぎて酔ったらしくぐったりとしている。


「あー、一旦中断するッスか。 あ、確かおっちゃんが酔い止めになる飴を入れてくれてたんで。 っと、あったッス」

「飴……私も、よった」


 緑色に飴を渡して舐めさせる。 飴と聞いてリロが反応を示すがスルーしておく。


「どうっすか?」

「不味い」


 まぁ一応は薬なんでそんなものなのだろう。 水色ちゃんが緑色に膝を貸していて、非常に羨ましい。


「膝枕……俺も、酔ったッス」

「……」


 場所の中の全員から冷たい目で見られる。 ちょっと期待しただけではないか。


「ああ、ありがとうな」

「気にするなッスよ。 置いてても嵩張るッスし」

「そういえば、レイヴさんの『アーテル』って家名、珍しいですねー。 外国の出ですか?」

「……いや、この国ッスよ? まぁ珍しいだけッスよ」

「そうかなー。聞いたことないし、祖先が異国の人なのかもって、思ったのです」

「確かにアーテルって聞かない名前だな」

「俺の産まれたところだったらそこら中アーテルッスよ。 地域差ッス」

「そーかな? そう言えば、契約している神は誰なんですか?」


 水色ちゃんの質問にリロの方を見る。


「かあ。 言ってもいいよ?」


 リロがそういうならいいか。 リロを手で寄せて手の上に乗せる。


「かあ」


 俺の行動と、カラスの姿のままドヤ顔をしているリロが不思議なのか、水色ちゃんは首を傾げる。


「この子が俺の女神様のリロイア=レーヴェンであるぞ。 控えおろー」

「ひかえおろー」


 リロがバサバサしながら続けるが、他の人から見たら白いカラスがかあかあ鳴きながらバサバサしてるだけだろう。

 水色ちゃんが不思議そうに首を傾げる。


「この子が神なんスよ。 若い神ッスけど」

「かあ」

「ええ。 ……本当ですか?」

「ほんとほんと、俺が嘘ついたことってあるッスか?」

「いや、知りませんけど……」

『レイヴはいろいろと胡散臭いな』


 実際信じてもらう必要もないので、適当に笑ってからカードを片付ける。

 おっさんは負けっぱなしで少し不満そうだ。


「……まぁ、こういう細かいカードみてえなのは、馬鹿な俺には向いてねえか」

「そっすね、負けっぱなしでしたっすね」

「一回勝ったわ。 というか、途中からお前、俺を集中して狙い過ぎだろ」

「まぁ、おっさんは早めに潰さないと勝てないッスし……」

「一応、これでも樹の神ロムの信徒なんだけどなぁ。 頭良くねえんだよな」


 おっさんはボリボリと頰を掻きながら呟く。

 自信を喪失させてしまったか、俺が強すぎたあまりに、そう思っていると、おっさんが顔を顰める。


「揺れたな」

「揺れましたか? 私は感じられなかったですけど……」

「お前らはここに待機しておけ」


 おっさんが馬車から飛び降り、俺はそれに続く。


「ちょっ、レイヴくん!?」

「あ、ナハリちゃんはリロが出ないように持っててッス」

「かあ! 危ないから! ひとりでいかないで!」


 リロの言葉に後ろ髪を引かれながら草原の草の上に着地する。


「何ついて来てんだよ」

「腕に覚えはあるッスよ」

「俺は護衛で、お前は護衛される立場だろうが……。 いるな。 デカイ。 樹の叡智ロムルネット


 おっさんが使った能力は俺の使えるカラステータスと同系統の能力だ。

 効果は似ているが、規模が違う。 何千といる樹の信徒と何万年と知識を蓄えた樹の神の知っていることを引き出す能力。 対象物を視認し、その視覚情報を元に解析を行い、開催した情報を返す。

 おっさんは遠くに見える三メートルほどはありそうな緑色の太ったデカブツを相手にそれを行う。


「あれは……《鬼喰いのドゥール=ドゥ=ドゥラル》。 称号付きだな」

「称号付き?」

「魔物を解析したときに常識外れの個体だったらそれに合わせた称号が付けられるんだよ。 同時に名前も付くけどその理由は知らん」

「知らんッスか。 てか、常識外れってどういうことッス?」

「あれはゴブリンだ」

「ゴブリン」


 頷いてから知っているゴブリンのことを思い出す。 子供ぐらいの背丈、やせ細った緑色の体にボロ切れを巻いていたりして、時々人の武器を持ってるような魔物だ。


「……ゴブリン? オーガとか、トロールとかじゃなくってッスか?」

「ゴブリン。 あるんだよ。 こういうことが。 じゃなきゃ護衛で儲からねえだろ」

「そりゃそッスけど」

「名前から推測するに、偶々強い個体なのか、上位の鬼系統を食って魔の力を溜め込んで強くなったとかじゃねえかな」


 そんなことがあるのか。 知らなかった。 まぁ、俺は所詮街中の道場剣術が得意だっただけの存在だからこんなものか。


「まぁ、雑魚とは違う魔物だから、俺たちに任せて下がっとけ」


 おっさんはそう言いながら剣を引き抜く。


「まぁ、見学したいってなら見ていてもいいがよ」


 他の馬車から降りてきた護衛達と共にゴブリン(巨)の元に走って行く。

 大丈夫なのだろうか? 失礼かもしれないが、あれはすごく強い魔物のように見える。


 一応角を立てないように後ろから様子を見る。 矢がゴブリンに当たるが、あまり効いているようには見えず、怒ったゴブリンがそのまま突っ込んできて、護衛の男が大盾で受け止めようとして、そのまま吹っ飛ばされる。


「ダメっぽいッスね」


 勝てないことはなさそうだが、普通に怪我をしそうで危なっかしい。

 走って駆け寄り、ゴブリンがおっさんに向かって腕を振るうところに割り込む。


「お前ーー!」

「一太刀流剣術:波読ノ型【過振】」


 ゴブリンの腕を受け流しつつ力を加えて体制を崩させる。 俺は本来剣を持ちながら使うはずの技を素手で行ったせいで腕が痺れていて追撃出来ないが、護衛達が攻撃してくれている。


 ゴブリンが立ち上がろうとしたので、鎖を脚に巻きつけて、鎖を先程吹き飛ばされていた男に渡す。

 一緒に鎖を引き、ゴブリンの巨体を倒させる。そこに再び攻撃が殺到しゴブリンが沈んだ。


 完全勝利である。


「何やってんだよ馬鹿が!」


 勝利の余韻に浸っていたら突然後頭部に衝撃が走り、あまりの痛さに地面に転がり悶絶する。


「うぐぁ……めっちゃ痛い……」

「突然割入ったら危ねえだろ!」

「いや、だってあんなの喰らったら吹っ飛ぶッスよ?」

「吹っ飛んでも問題ねえよ。 ……ったく、クソガキが出しゃばりやがって」


 おっさんは俺に向かって手を伸ばす。 渋々それに捕まって、立ち上がらせてもらう。


「……」

「睨むなよ。 クソガキ。 護衛されてるんだから、困らせるな」


 殴られた後頭部が、嫌に痛い。


「……悪かった……ッス」

「分かりゃいいんだよ。 ばーか」


 ……まぁ、俺が悪いことは確かだ。 ただ、下手に手こずられてグダグダと遅れてしまうのはどうしても避けたい。 聖女様のピンチなのだから。


「でも、また俺は出るッスよ」

「だから怪我でもされたら……」

「しないッスよ。 あの程度の手合いなら、百体でもいなければ」

「……まぁ、自信があるのはいいことだ。 だが、早死にするぞ」

「長生き出来る性分でもないッス」


 許可を得たわけではないが、似たようなものだろう。

 遊んだりしたけれど、やはりあまり気分は優れない。 早く街に着け。

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