第14話:カラスとお買い物

 目が覚めて感じたことは、滅茶苦茶気持ち良いということだ。 軽やかな羽毛が俺を包んでおり、胸の中で横になっている少女と同じ匂いだけが感じられる。

 腕の上に少女が乗っているけれど重いや辛いといった感覚からは程遠く、柔らかく心地良い。


 何より手で触れている、柔らかくすべすべとしている物が気持ち良い。 少し押してみたら程よい弾力が手に返ってくる。 撫でてみればその物の形の良さやきめ細やかな肌が分かる。


 寝惚けた頭で、一つの結論が出る。 リロ、服を作れるようになったと言っていたが、下着はまだ無理らしい。


「……やぁ」

「ありがとうございましたッス……。 ぐへへ、すまないッス、寝惚けてた。 ぐへへ」

「ぜったい、わざと」


 リロは俺の顔をパンと叩いて、腕の中からいなくなる。


「……おはよう」

「おはようッス。 ケミルも」

『……リロイアは、寝るんだな』

「……? ねるよ?」

「まぁ、神って普通寝ないッスよね。 リロは……まぁ生物だから寝るんスかね?」

「ヒトタチさんは?」

「人を元にというか、正確には死体。元にッスし。 樹の神のロム爺も一応枯れ木からッスよ。 聞こえることもあって、結構色々見てきたッスけど、生きてる途中で神になってるやつは初めてッスね」

「へー、すごいね」

『貴様の話だろうに、他人事のような言い方をして』


 身体を起こし、体調を確かめながら立ち上がる。 不意に起こった目眩、壁に手をついて倒れるのを阻止しながら、軽く腕を回す。


『平気か?』

「貧血ッスねー。 若干手足にも痺れがあるし、今日は魔物狩りは休みッス。 飯食ってから、もう一眠りして、服買う感じッスかね。 穴空いたッスし、あと、リロの服もいるッス」

「私、作れるよ?」

「あんな簡素なのじゃなくて、可愛くて上品なのを買うッス。 金ならある!」


 どんな服が似合うかを妄想しようとリロの姿を思い出すと、背中に羽が生えていることに気がつく。 あれ、でもバスローブは普通に着れてたよな?

 破ってはなかったはずだし。 どうなっている。


「リロ、ちょっと人の姿になってもらえないッス?」

「んぅ……レイヴくんが変なことする、や」

「しないッスよ! ちょっとだけしか!」

『するのか』

「かあ、それなら……」

『ちょっとならいいのか』


 リロが美少女の姿に変身し、恥ずかしそうにこちらを向く。 白い頬を染めて、もじもじと身を捩る。

 リロのその姿も非常に愛らしく小一時間程度は観察していたいのだが、今はそんなに時間に余裕があるわけでもないので、頬を突くだけで諦め、服が透けていないかを観察し、透けていないことを残念に思いながら、膝丈のスカートを少し捲ろうとしてリロに抑えられる。


「うったえる」

「ごめんなさい」


 後ろに回り、重要な翼の付け根を見るが、どうなっているのかよく分からない。 普通のワンピースのように見えるけれど、背中は開いていない、でも翼は出ている。


「どうなってるッス……」

「?」


 翼を触って動かしてみるが、やっぱり穴は開いてない。

 翼が服にくっ付いているのかと思って動かしてみるが、やはり中の身体に付いている感覚だ。

 バスローブも着れていたし、何かしら神的なパワーが働くのだろうか。 とりあえず試して見るために上着を脱いで、リロに渡す。


「ちょっと上に着てみてほしいッス」

「んぅ……レイヴくん、筋肉」

「それはいいッスから。 ……着れてるッスね」

「着れるよ、おっきいけど」

「翼、おかしくないッス?」

「?」

『?』

「あっ、もういいッス。 あと、ちょっと翼を触ったら戻ってもらってもいいッスか」


 リロは俺の言葉に少しむっとした様子を見せる。


「服あったら、でーと」

「あー、その約束は、服買ったあとで。 下着着けてないッスし、その服、透けてはないけどなんかエロいッスし。

そのあと手を繋いでデートッスね」


 カラスの姿に戻ったリロの上に被さっている服を着直す。 昨日の矢も含めた連日の戦闘のせいか血で汚れているしボロボロだ。

 俺の服も買う必要があるが……まぁそれは適当なものでいいか。


「……体調だいじょうぶ?」

「まぁ、肉喰えば大丈夫だと思うッス。 あっ、鎖回収してないッスね。 どうしよ、あれ」

『……あとで詰所に行けばいいだろう』

「あれで結構値打ち物ッスからね……。 あのおっちゃんにバレたら知らん振りされてしまいそうッス」


 まぁ、最悪ぱっと取り返したらいいだけだけど。 とりあえず考えても仕方ないので、軽く伸びをしてから外に出る。

 リロを頭の上に乗せて、ケミルを肩に乗っける。 不審者スタイルである。


 外に出ると太陽の位置が高いところにあり、もう昼に近いようだ。 ケミルとリロの心配も、長いこと寝ていたせいもあるのだろう。


 リロがいるということもあり、食事を摂れる場所は限られる。 外に出ている屋台がいいが、微妙な時間帯のために用意の途中だったり、休憩しているところが多い。


 残っているところもあるところにはあるが、まぁあまり美味そうではない。


「挨拶がてら、おっちゃんのお店に行くッスね。 あそこなら飯もあると思うッスし」

「かあ」


 慣れてきた道を歩いて、大通りから外れた店に入る。 雑多なものが置かれていて、狭い店内が余計狭くなっている。

 商品の机に鞄を置いて、椅子に座る。


「相変わらずしけた店ッスねー」


 言って見たかっただけである。 俺のように動物を連れながらだと入れる店が少ないので、俺は気に入って利用しているが、いつ来ても他の人は見ない。


「ああ、君か。 何か欲しいものがあるのかな……。 ああ、服か」

「あとご飯もちょーだいッス。 さーちゃん手作りだと嬉しいッスよ」

「サリナは出掛けているから、私の手作りか出来合いのものだね」

「おっちゃんの手作りは嫌なんで出来合いのでお願いするッス。 肉系ならなんでもいいッスよー」

「はいはい。 飲み物はいるかい」

「なんでもいいッスよ」


 ささっと食べ物を渡されたあと、おっちゃんは近くで乱雑に置かれた商品を動かしている。 服を見繕ってくれているのだろう。

 リロの分の食べ物を取り分けたあと、食べる。

 パンに挟まった肉の脂がパンに染み込み、少し濃いめの味付けも合わせて美味い。 飲み物に用意してくれていたレモン水を飲むと、肉とパンの油が口の中から流されてスッキリとした感覚で、また食べたくなる。

 さすがおっちゃん、いいセンスをしている。 前の屋台で売っているものだが。


「レイヴくん。 どんな服がいいとかあるかい?」

「明日から王都に向かうッスから、丈夫な服で。 あと、女の子から好かれてモテモテになってハーレムを作れる。 そんな服を」

「そんな服があったら百枚は着て過ごすよ」

「かあ、モテないおとこのこの発想」

「リロにモテないって言われてるッスよ、おっちゃん」

「レイヴくんも」

「俺も言われてたッス」


 おっちゃんセンスのモテモテ服を渡され、見てみる。 何処と無くおっちゃんが着ている服に似ているような気がする。


「出来合いの服って珍しいから、うちにもあんまり置いてないよ」

「オーダーメイドとか、自分家で作ったりッスもんね。 時間ないから助かるッス。 でも、なんで服なんて置いてるんスか」

「売れると思って」

「実際売れたッスけど」

「そうだね」

「この商才の塊めっ」

「ははは、それほどでも。 ズボンもいるとして、上着もいるかい?」

「お願いッスー」


 一つ食べ終わったが、まだ腹は減っている。 けれど血のないときに一気に食べたら、下手すれば倒れる原因になる。 何度かの食事に分けた方が良さそうだ。


 レモン水をリロが飲みやすいように売り物の皿に移す。 おっちゃんが嫌そうな表情をしたが、あとで硬貨ビンタしたら黙るだろう。


「レイヴくん。 王都に行くなら、用意はうちでして行くかい? 大抵のものは揃うし、その質も悪くないつもりだよ。

それに、体調が悪そうだから、あまり動きまわらない方がいい」

「案外商売上手ッスね。 あー、でも、女物の服とかが欲しいんスよ。 それと、件の青黒女のことも、出来る限り探したいッスし動き回るッス。 ……まっ、何を揃えたらいいのか分からないんで、おっちゃんにはお世話になるッスけどね!」


 おっちゃんは少し心配そうに俺を見る。 いい人だ、改めて思う。 でもやっぱり商売には向いていないと思い、ヘラヘラと笑ってしまう。


「……そうか。 じゃあ用意しておくから、また来るんだよ。 君なら重くても大丈夫だろうから、必要最低限ではなく、旅であった方が良いものを入れておくよ。 夕方にもまた来てくれ」

「色々売り付けられるッス……! じゃあ、夕方に来るんでさーちゃんの手料理も用意しといてほしいッス! 俺、女の子の手料理を食べるのが昔からの夢だったッス!」

「はいはい。 これ、服一式、料金は夕方に纏めて払ってくれたらいいから」

「オッケー。 女の子の服に全財産叩いてくるッスよ」


 笑っているおっちゃんから服を受け取る。 店の奥で着替えてもいいと言われたので、リロに隠れて着替える。

 落ち着いた色彩の服で、生地も丈夫でしっかりとしている感じだ。 飾り気はないが、収納出来そうなところが多く、強度もあることから魔物との戦闘も視野に入れた旅人の服といった感じだ。 これ、絶対高いやつだ。


 値段にビビっていることをリロに悟られたくないので、おっちゃんにヒソヒソ話で予算の都合とどうしてもほしい物を伝えてからリロの元に戻る。


「どうッス? 似合ってるッスか?」

『これに我とリロイアを合わせるのか……。 不審だな』

「レイヴくんの不審者は、いつものことだよ?」

『なるほど、確かに。 うん、レイヴ、いいんじゃないか?』

「泣くッスよ、俺も」

『ほら、おっちゃん殿に不審な目で見られているぞ』

「くそ、あとで絶対変なアップリケ付けてやる……! リロにはお菓子を買ってやる……!」

『女に甘すぎないか……?』


 女の子は基本かわいいから仕方ない。 ケミルは少女の人形っぽいが、声は野太いおっさんのものなので、おっさん扱いである。

 おっちゃんに手を振りながら外に出て、まずはリロの服を買いに行くことにする。


 途中で買い食いしながら行こうと思ったが、高級な店が多い場所になるほど露店のような店は少なくなり、リロを連れて入りにくい店が増える。

 あとで人型になったリロと食べに来てもいいが、それはまたここに来る機会があったらだろう。 お茶と菓子ぐらいならしても良いが、甘い物は好きじゃないんだよな。

 まぁ、お金が余りそうだったら来よう。


「かあ、高いところだよ?」

「いいんスよ。 金は天下のまわりもの……というか、根無し草だと金も嵩張るんで使うなら使っておきたいんス」

「つがいになったら家計にぎらないと……」

『番にはなれないだろ』


 女性用の服飾店が見つかったので、周りに男がいないことを見てから物陰でリロを下ろす。 人の姿になったリロと手を繋ぎ、店の中に入る。

 どうやら注文をしてから作るような店のようだが、見本はあるのでそれを買うことも無理ではないだろう。 リロは幼い姿のため余り切れる服もなさそうだが。


「すまないッス。 この子に今日中に服を贈りたいのだが、出来るだろうか。 ああ、翼があるが、能力によって普通の服でも切れるから、鳥人用の物でなくても良いッスけど。 あ、あと下着も」

「はい。 勿論ご用意させていただきます。 奥の方で寸法などを測らせていただいてもよろしいでしょうか?」


 その言葉に頷いてリロを送り出す。


「かあ……レイヴくん……」

「頑張れッスよー」

「やー、助けてー、やめてー」


 リロはそう言っているが、店員は気にした様子なくリロを連れていく。 もしかして、聞こえていないのだろうか。 人化しているとは言え、神の声なのだから当然のことか。

 そうなると、リロと手を繋いでデートしてもやっぱり変な目で見られる気がする。 年齢差的に声が聞こえても変に見られるだろうが、声がなくなると犯罪くささが5割増しだ。


 近くにあった椅子に座り、ケミルの声を聞く。


『レイヴは金銭に関する考えがあまりに緩いな』

「溜め込む場所がないッスし。 拠点とかあればあれッスけどね」

『その日暮らしも過ぎる』

「はいはい、ケミルは説教っぽいッスねー。 ケミルにもだっさいアップリケとか刺繍とか付けてやるッスよ?」

『いい』

「そう言わずに。 どんなのがいいッスか?」

『強いて言うなら……龍』

「センス悪っ。 おねーさーん、龍の刺繍とか出来るッス?」


 出来ないらしい。 残念だ。 ケミルに安心されたような息を吐かれ、足をブラブラさせながら待っていると、リロがぐったりとした様子で姿を見せた。


「んぅ、選ぶの、わからなかったから、選んでもらった」


 白を基調としていて、リロの白い髪や翼も合わさり、白い天使のように見える。

 一瞬、見惚れる。 いや、一瞬だと思っていたのは俺だけで実際にはもっと長い時間だったのか、リロが不思議そうな顔で俺を見つめていた。


「ごめん、リロがあまりにかわいかったッスから。 見惚れてたッス」

「かあ……。 ありがと……」


 リロの頭を撫でて、軽くスキンシップを図ろうとする。 店員に値段を聞き、その分だけ払ってからリロと一緒に外に出る。


「似合ってるッスよ」

「……かあ」

『やんごとなき身分の姫のようだな。 いや、それ以上か』

「あっ、それ俺も言おうとしてたッス!」

『嘘を吐け』


 適当に道行く人に青黒い髪の女性について尋ねるが、もう既知の情報ばかりで、新しいことは聞けない。

 体力のないリロが疲れてしまうので適当なところで切り上げ、昨日の鎖を取りに詰所に向かう。

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