第13話:カラスと怒り

 この街の地理に詳しくなった頃。

 連日の疲れから街での捜索を早めに切り上げて、宿のベッドに倒れこんだ。


『頼み込んでいる我が言うのもおかしいが、無理のしすぎだ。 毎日夜中まで探し続け』

「無理じゃないッスよ。 夜に出ないと、夜に活動するような人だったら分からないじゃないッスか」


 二週間ほど探し回り、成果はない。

 もう街の人から聞ける「青黒い髪の女性」はおらず、見つけるどころかドン詰まりだった。

 意図せずに吐き出された俺の溜息はヤケに暗く、続けられたケミルの声は俺の声よりかは幾分か明るく感じる。 まだケミルは諦めていないのであれば、俺が諦めるわけにもいかない。


「ん、休んだらまた出るッスよ。 大丈夫ッス」

『……いや、見つからない』

「えっ」


 リロの高い声が静かな部屋に響いた。


『この街にはいないのだろう。 ならば、仕方のないことだ』

「仕方ないって、会いたいんじゃないッスか」

『会いたいさ。 けれど、見つからぬのならば徒労でしかない。

何より、我のために動いている者に、友愛を抱いているのも事実』


 ケミルの低い声がゆっくりと響く。


『……諦めよう。 今は、レイヴ、リロイアと旅に出るのも悪くないと思っている』


 以前俺が誘ったのに、それを受け入れられると苛立ちを感じるのは、ただの俺のワガママだ。

 リロは俺の意思に従うためかこっちを見ていて、ケミルは半ば諦めたようなことばかりを言う。


「……それでいいのか?」

『ああ。 所詮人間だ。 いなくなるし、死にもする』

「俺も人間ッスよ」

『分かっているさ。 だが、お前は死にそうにない』

「死ぬよ。 死にそうにない人間も、呆気なく死ぬ。

人間はそんなに強くないッスよ。 化物みたいな人間であっても、人間ならぽっくりと」

「……レイヴくん……?」


 パンパン、と頬を叩いて目を覚ます。


「んじゃ、行くッスか」

「……今、夜だよ?」

「人を待たせてるッスからね。 急ぐに越したことはないッス。 二人は鞄の中で寝てたらいいッスから」


 新しく買った鞄を開けて、ケミルの頭が出るように入れて、リロにも入って貰う。 保存食は持ってないので、宿の人が起きてたら分けて貰おう。


 部屋から出て、宿の人も寝ているようなので外に出ようと手を掛ける。


『待て、嫌な気配がする。 戻れ』

「嫌な気配……?」


 ケミルが「ああ」と言い、続ける。


『近くに強い魔の気配だ』


 床を蹴り飛ばすように足を動かして外に出る。 闇に慣れていない目ではロクに周りも見えず、片目だけ閉じながら音に集中する。


「ケミル。 場所が分かるッスか?」

『……戻れと言ったはずだが』

「俺、前も言ったッスけど、認められてないだけで結構偉いッスからね!」

「認められてなかったら、偉くないよ?」

「精神的には貴族階級ッスよ! 人を守る義務がある!」


 適当なことをほざいてから、腹に巻いている鎖を抜いて構えながら、耳を頼りに探す。 足音……人の物だし焦っている様子もない。

 音の立ちにくい種類なのか、あるいは……風を切り、空気を掻き混ぜる音が聞こえる。


「鳥系ッスか。 まぁ、門とかは無視出来るッスよね」


 ギョロリとした赤く大きな双眼がこちらを見る。 閉じていた目を開ければ、暗闇に慣れていた少しだけ見やすい。


「大きい……」

「大きさの割に羽音が小さいッスね。 つか、他のところに行っても対処しにくいんで、誘き寄せるッスよ」


 衛兵が応援に来てくれるまで持たせたらいいだけだ。 元々、魔物や荒くれの対処で常駐している奴もいるはずなので直ぐにくるだろう。


「こっちッスよ!! 鳥!!」

『……レイヴ、あれは……速いぞ」


 案外ずんぐりとした身体。 鳥の魔物は飛ぶために体重を軽くしているものが多いはずだが、俺よりも大きく、尚且つ体格もいい。

 風を切る音、その一瞬あとに、目の前に迫る鳥を見た。


 嘴に噛ませるように鎖を盾にして、そのまま身体を持っていかれそうになったので、しゃがみ込んでなんとか躱す。


 軽くではあるが突進を受けた煽りで身体が後ろに転がり、直ぐに立ち上がる。


「俺よりも重くて、速くて、力もあるッスね」

「逃げよう」

「いや、持たせるぐらいなら余裕ッスよ」


 右手に鎖を巻きつかせながら、左手を地に付ける。


「リロ、噛まないように」

「かあ」


 地に付けた三つの肢により跳ねて動き、低姿勢で動くことで捉え難くする。

 ヨクが俺との試合で使っていた、一太刀流の技。


「一太刀流剣術:牙炎ノ型【片獣脚】」


 こちらに迫ってくる魔物を背にして、超低姿勢のまま後ろの脚二つで逃げるように駆ける。


 後ろに風の音を聞いた瞬間、空いた左手で地面を横に叩いて無理矢理真横に曲がり、脚で壁に着地、そのまま蹴って魔物から離れる。


 これを繰り返していれば衛兵が来るまで逃げることは可能だろうと目星を立てていたが、二度目の方向転換で、魔物が追い付く。


『レイヴ!』

「問題ないッス!」


 俺を突こうとした嘴を掴んで、身体を引き上げる。 そのまま何もないところを突っついている魔物の背中に着地して、適当に羽毛を毟りながら飛び降りる。


『無茶苦茶な動きだな』


 ケミルの低い声を背に、月明かりを頼りに手に握られた羽を見る。 焦げ茶色の闇に溶け込みやすいものだ。

 どこかの奴が逃げてきて街まで連れてきた昼行性の魔物だったらまだ楽なのだが、どう見ても夜行性だ。


 魔物害など珍しい話でもないし、抑えるのが難しければ逃げることも悪ではない。

 悪ではないが、背にする気はなかった。 見逃せば衛兵が来るまでに人が傷つく可能性も高い。

 逃げるという選択肢は消し、剣もなければ能力もない現状で仕留める方法を考えるが、そんなに都合のいいものはあるはずもなく、防戦一方のまま耐え続ける。


 悲鳴やらが聞こえ、俺にだけ向かっていた鳥が別の場所を向く。


「……ッ! お前の相手は、俺ッスよ!」


 鎖を投げ付け、力任せに振るって鳥の魔物へとぶつける。 威力には乏しく、マトモな攻撃とは言い難いが、異常に好戦的な魔物の気を引くことは出来る。

 再びこっちを向いた鳥を背にして走り、悲鳴の方向とは反対に向かう。


「グァァァァグァァァグズグ!!」


 奇怪な鳴き声に、鞄の中のリロがたじろぐ。

 嘴により啄もうとしてきた鳥の頭を横からの掌底でずらすことで回避し、脚を振り上げて翼を蹴り上げて空中での

体勢を崩す。

 着地を余儀なくされた魔物に鎖を巻き付け翼を広げにくいようにする。


 構わずこちらに顔を向けた瞬間、俺はしゃがみ込み嘴を回避、低い体勢のまま脚を蹴り脚を折ろうとしたが、案外硬く、反対に俺の脚が折れそうなまでに痛む。


「レイヴくん! 後ろ!!」

「なんスか……ってエエエエっ!?」


 月明かりを反射した幾多もの鉄の矢が闇へ線を引くように飛来し、右腕と左脚に突き刺さる。


『ッ!』


 崩れ落ちた体勢のまま鳥の魔物を間に挟むように転がって動き、矢が当たらないようにする。


「撃てっ! 早く仕留めろ!」


 鳥の魔物が声の方向に行こうとし、俺は鎖を掴んでそれを阻止する。


「行かせねぇッスよ?」

「レイヴくん、怪我、してるのに……」

「問題ねえッス。 鳥らしく軽いんで、片腕片脚でも……。 それに、あっちやったらヤバそうッスから」


 パッと見だが、弱そうだ。 あのような奴のところに行かせるわけにはいかない。 下手したら死人が出る。


『火炎の能力だ! 離れろレイヴ!』

「りょーかいッス」


 片脚で後ろに飛び鳥から離れる。 その数瞬後には鳥から美味しそうな匂いが発生した。

 刺さった矢を抜こうかと思ったが、下手に抜けば失血死するだろうとそのまま放置し、衛兵らしき影の方に脚を引き摺りながら歩く。


「だいじょうぶ……じゃない、よ……。 ひどい……」

「大丈夫ッスよ。 っと、人を話をするんで、話しかけられても返事出来ないッスよ?」

「……かあ」


 リロが不服そうな様子で鳴き声を出す。

 まだ燃えている鳥のおかげで衛兵たちの顔が見えやすい。 一度立ち止まり、軽く手を挙げて敵意がないことを示してから、ゆっくりと歩く。


「お疲れ様ッス」

「え、あ……ああ、言っておくが、我々だけで充分に対処出来た。 謝礼は出せんぞ」

「治療費と穴の開いた服代は?」

「ふんっ、やはり金目当てのタカリか」


 分かりやすく舌打ちをした衛兵の男は後ろを見て顎を動かす。

 何の指示をしているのか分からずに待っていると、衛兵は大声で怒鳴る。


「ルーク!! 何をやっている!! 早くこの乞食を治して追い返せ!!」

「は、はいぃっ」


 ルークと呼ばれた青年はバタバタと動いて俺の前に来て、手を矢に翳す。


「あ、待って待って、治すんスか? なら、抜いてからじゃないとくっつくんで……」


 戦いの興奮で痛み始める前に治療出来るのはありがたい、腕に刺さった矢を引き抜き、ルークの方に向ける。

 大量に流れ落ちていく血に引かれながら、淡い光が漏れ出る。 血が失われていくのが止まり、失血のせいかふらつく頭を無理矢理前に向かせる。


『レイヴ……怒らないのか? 腹立たしくは、思わないのか?』

「あの、次は脚を」

「ん、ツツッ……早めに頼むッス」


 痛みが帰ってきはじめ、思わず顔を顰める。


「大丈夫ですか? その、すみません、未熟で遅く……」

「いや、ありがとッスよ。 ……すまんッス、しっかり礼をしたいんスけど、ちょっと血を流しすぎたみたいで」


 一応は治ったらしいがまだ痺れるような痛みは残る。 無理矢理立ち上がって、宿の方を向く。


「あ……まだ……」

「チッ、もう充分だろう。 ほら、さっさと消えろ」


 面倒ごともごめんなので、覚束ない脚で宿へと歩く。


『あの下郎、殺してやろうか』


 鞄の中のケミルの頭を撫でて、気を紛らわせてやる。


「最後の、教えてくれて助かったッスよ。 ありがとッス」

『……レイヴ貴様……。 いや、いい。 レイヴが許すというなら、我が苛立ちを露わにするわけにもいかんだろう』

「我慢させて悪いッスね」


 適当に笑い、血だらけのまま宿の中に入ろうとして、宿屋の主人に驚かれる。 水をもらって、店の裏で浴び、貸してもらった雑巾で拭く。


「うわっ、雑巾赤い……。 まぁ多分ボロボロだし、捨てる予定っぽいし金は取られないッスよね?」


 普通に請求された。 せこいおっさんだ。

 間違いなく元々捨てるつもりだっただろう……。 揉めるのも馬鹿らしいので、明らかに割高な金を払い、部屋に戻る。


「かあ……。 レイヴくん、だいじょうぶ?」

「うぃー、やたらフラフラするッスねー。

ケミルには悪いッスけど、捜索は明日からッス。 カラスだけに」


 鞄を開けて、リロとケミルを取り出す。 リロは翼を何度か羽ばたかせてから、トントンと跳ねて俺の近くに寄る。


「ケミルはいつもの場所でいいッスか?」

『……ああ。 ……苛立ちを感じないのか?』

「あー、絶対割高っしたよね、あの雑巾。 新品二枚は買えるッスよ……! あのおっさんめ」


 リロとケミルが無言で何の反応も返さない。 ふざけて誤魔化せる場合でもないかと、軽く頭を掻きながら口を開いた。


「……普通に横暴だと思うッスよ。 下手すりゃ死んでたッスし。

でも、あの人達も怖かったんスよ。 まともに戦ったら、結構きついレベルの魔物だったし、あの人達だけじゃあ危ない感じッス。

弱者を守るつもりであれに挑んだんスから、だから弱者を責めて怒ることはしなかっただけッスよ。 まぁ、ケミルとかも危ない目に遭ってたから怒るのは当然ッスけど」


 ベッドに倒れ込み、息を吐き出す。


「マトモに言い返しもしなかったことに、失望したッスか?」

『失望か。 ……レイヴには、しそうにないな』

「かあ。 ……かあ」


 リロが何が言いたいのか分からないけれど、とりあえず目を閉じて身体を楽な体勢にする。

 まだ眠れそうになく、ゴソゴソと動いている音を聞く。


「リロ、何してる……って」


 目を開けると、リロの赤い眼が近くにあり驚く。 それも幼い少女の顔で人化しているらしい。

 急いで目を下に向けて見ようとするが、真白い服を着ているようで、初めて見たときのような裸ではない。


「んぅ、レベルアップして、人になったときに服もつけれるように、なった……ぽい」

「そうッスか……」


 気軽に人になったらカラスになったり出来るようになったということで、色々と都合もいいけれど、少し悲しいやうな……。


「んぅ、えへ……残念?」

「何がッスか……。 べつにーッスよ」

「レイヴくんの、えっち。 ……隣で、寝ていい?」


 可愛い女の子に言われると、むしろ嬉しい気すらする。

 まだ少し朦朧としている頭を動かして返事をして、リロをベッドの中に招き入れる。

 小さく華奢だけど女の子らしい柔らかさと、いい匂いに頭をフラフラからムラムラした状態に変えられながら、リロの小さな身体を抱き締めて目を瞑る。


「あー、明日こそ、見つけるッスよー」

「おー」

『……ああ』


 そうは言うが、実際、そろそろ限度だろう。 明日無理だったら、ケミルの言う通りに、一緒に旅に出ることになる。

 まぁ、また戻ってきてもいいのだが。


 朦朧とする頭の中、リロの細く柔らかな身体を撫でくりまわしながら眠りについた。

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