第7話:カラスとレベルアップ

 目を開けると同時に乾きを覚える。

 軽く欠伸をしながら吐き出した息の湿っぽさに心地よさを感じる。 そのすぐあとには頭が怠いような感覚と喉の渇き。


「喉乾いたな」


 水は持ってくるべきだったか。

 反省は後に、周りを見渡すが水が飲めそうなところはない。

 まぁ、あと一日歩けばいいだけなので、体調は崩しても死にはしないだろう。

 服の内がもごもごと動き、襟元からリロが顔を出す。


「……おはよう」

「おはよーッス。 ずっと起きてたのか?」

「ん、一応」

「あー、悪いッスね。 ん、今から歩くんで寝ていていいっッスよ」


 その言葉を聞いたリロは服の中に潜り込み、声が聞こえなくなる。


「おやすみ」


 そう言うが返事はなく、もう眠っているらしい。

 話相手もなく歩き続けるのは飽き性の俺には辛いものがあるが、丸一日起きていたのだから仕方ない。 後でお礼とかしないとな。


 しばらく水を探しながら歩いていると、街道に馬車が止まっているのが見える。 寝坊したのか。

 風が頬を撫でて、鼻腔に入り込む。 血の匂いがする。


「リロ、悪いッスけどちょっと起きてて」


 鎖を引き出しながらそう告げる。

 物音こそしないが、血の匂いがするのは危険だ。 野盗か、魔物か。 珍しい場合だと何かしらの諍いがあったか。


 おそらく事は終わったあとだが、魔物の場合居座っている可能性もある。


 身長に足を進めて、馬車に近寄る。 俺の足音に反応したらしく、恰幅の良い男が馬車から出てきて俺の姿を見て肩を落とす。


「……どうしたのかな?」


 馬車の影に馬が血を流して倒れているのが見える。 一応の処置なのか包帯でぐるぐると巻かれているが、すぐに馬車を引くということは出来そうにないだろう。


「どうしたんすか?」


 リロの質問を代弁するように尋ねると、男は気だるそうに話し始める。


「魔物に馬がやられてね、立ち往生しているんだよ」

「護衛とかはいなかったんス?」

「最近は魔物が少ないと聞いていて、利益を出そうと……」


 アホか。 などと言いそうになった口を噤み、馬車の大きさを見る。 積荷はそれほど積まれているわけでもない。


「どうするつもりッス?」

「一応、もう一人いたから先に戻ってもらって、馬をもう一頭買ってきてということになっているよ。 おそらく、即日だと高く付くから二三日掛けることになるけど、まぁ仕方ないね」


 貧乏そうな商人の男の馬車に触れて、少し触る。 止まっていた馬車が前に動き、馬が驚いて身を捩った。


「俺ならこれ運べるッスよ。 馬とおっちゃんを乗せても全然問題なさそうッス」

刃の神ヒトタチの信徒かい……。 とは言っても、お金は全部相棒に渡した後で、積荷も喜びそうなものは」

「水と食料をちょっとくれたらいいッスよ。 あと、甘い物」


 少し驚いたような男の顔を他所に、リロの小さい頭を指先で撫でる。


「じゃあ、お願いするよ」

「うむ、任せとけッス」


 交渉が成立したところで、馬を持ち上げて馬車の積荷のところに入れようとするが、意外と詰まっていて隙間がない。 入れれないこともないが、万が一暴れられたら困るのはおっちゃんの方だろう。


「どうしたものか……」

「レイヴくん、御者台は?」

「えっ、馬を御者台に乗せて、俺が馬車を引くんスか。 いや、確かにそれが一番のような……」


 それは人間としてどうなのだろうか。 とは言えそれ以外に方法はないので、馬をそこに乗せて落ちないように鎖で縛り付ける。


「じゃあ行くッスよー?」

「ああ……でもこれはなんというか……」


 おっちゃん、言うな。 言わないでくれ。

 おっちゃんから受け取った水を口に含みながら、片手で馬車を持って引く。

 リロもより安定する馬の上に移動してもらって、おっちゃんからもらった菓子を渡しておいた。


「ありがと」

「気にしなくていいッスよ」


 水のついでだ。 そういう言葉を言おうとしたが、言われたらあまり気分も良くないだろう。 自分の手柄のように振る舞うのも格好悪いので、片手で頭を掻きながら話す。


「あとでおっちゃんに礼を言えばいいッスよ」

「んぅ、 そうなの?」

「そりゃ、くれたのはおっちゃんッスからね」


 とは言ってもリロのカラス形態の声は届かないだろうが。 その時は代わりに礼を言えばいい。


 馬の上で寝始めたリロを他所に軽く空を見上げたりしながら片手でパンを齧る。

 暇だ。 おっちゃんも中に入らずに隣で話相手になってくれたらいいのに。


 お金こそないが、一日分の食料と水とリロ用の甘い物が確保出来たのは運がいい。

 次の町から王都に向かうのもこうやって馬の代わりにとかしたら楽に行けるだろうか? いや、普通は馬の方が安上がりか。

 護衛も兼用したらと考えるが、武器もまともに持ってないような若者がどれだけ相手にしてもらえるのだろう。 鎖が武器と言っても信じてもらえないだろうし。


「本当に大した力だ。 どんな誓いを立てたのか、聞いてもいいかい?」

「んー」


 顔を出したおっちゃんが俺に尋ねたので、少しだけ考える。 そういえば、リロとは正規の方法で契約していないので誓いを立ててはいない。

 誓いを立てようが、立てまいが、信徒は俺一人だけなのでリロの異能力は独り占めだが。 尤も、独り占めしても0は0なのだけれど。


「まあ、保留ってことで」


 リロに向けてそう言う。 おっちゃんは不思議そうに俺を見る。


「ああ、甘い菓子、ありがとうッス」

「ん? ああ、気に入ってくれたかい。 あれは割と有名な店の商品で、知り合いに渡そうかと思っていたんだ。

美味しかったのかい?」


 食べてないので知らない。 リロの方を見るとリロは頷いた。


「お礼、代わりにお願い。 美味しかったよって」


 おっちゃんの方に向き直って言う。


「美味しかったよ。 ありがとうッスよ」

「お礼は必要ないよ。 交換だしね」


 リロが俺の名前を呼んだが、無視をする。 気恥ずかしくて見れたものではない。

 馬車を引いていると、遠くに街が見えた。 もうすぐ着きそうだ。


「あっ、何かオススメの働き口とかないッスか? 短い期間で、出来たら馬車馬は抜きで」

「はは、助かるよ。

働き口と言われてもね、私もこんな小さい行商をしてるようなもので……。 腕に自信があるなら、魔物の素材を売るのがいいと思うよ」


 やはりそんなものかと頷く。

 異能力もなしに魔物を倒すのは骨だが、一番無難だろうか。

 信徒が魔物を倒せば、その功徳は神の力の元となる。 どれほどの魔物を倒せば力が入るのかは分からないが、魔物を倒していけば異能力が手に入るかもしれない。

 つまり、俺が魔物を倒す、リロが強くなる、俺に還元ということだ。 一人しかいない分、リロの力の配分が増えるので、異能力も手に入れられないこともない気がする。


「リロー、一応契約してから二体の魔物倒したッスけど。 異能力とか手に入らないッスか?」

「ん……ほんの少し、力があるような? でも、使い方分からない」

「あっ、そこからッスか」


 他の神に異能力の手に入れ方を聞く必要があるか。 出来たら身体能力の強化のような単純に強くなるのが望ましいが、刃の神とは喧嘩中である。


「まぁ、それも街に入ってから考えようッス」


 人が馬を乗せて引いているからか、門番に怪訝な顔で見られる。

 ある程度の実力者であるとすれば、異能力ではなく素の力で馬車を引いていることが分かるのも、理由の一つかもしれない。


 門をくぐれば、匂いが変わる。 草原の匂いから人々の生活臭に移り変わり、心臓が急かすように鳴った。


「雑多な感じが、風情あるッスね」

「んぅ、変な感じ?」


 故郷の街よりも発展しているように見えるが、何処と無く小汚い。 遠くに見えるが時計塔こそ美しく立派だが、そこらにゴミが散らかっているのが見える。


「まぁ、ささっとおっちゃんを届けるッスよ」


 馬車に声を掛けて、おっちゃんに道案内を頼む。 大通りを進み、人の好奇の目に晒されながら一つの宿の前に着いた。

 おっちゃんが宿の中に入っていき、少しの間、待たされる。


「これから、どうするの?」

「まず宿代ッスよねー、リロはどれぐらいの部屋がいいッス?」


 リロは小さな声で言う。


「すいーとるーむ?」


 無茶振りではなかろうか。 おそらく良く分からず言っているのだろうけれど。


「すいーとるーむッスね。 おっけー、任せてッスよ」


 女の子のわがままを受け入れるというのも、男の甲斐性というものである。 モテるためにはという理由もあるが、昨日夜の見張りで無理させたことの詫びとして、一つ頑張ってみるものいいだろう。


 軽く身体を解して、拳を握る。


 戻ってきたおっちゃんの指示に従って馬車をまた別の場所に運ぶ。 小さな店のようなところについて、おっちゃんと一緒に積荷を降ろした。


「何から何まで悪いね」

「いや、別に気にしなくていいッスよ。 ただのカッコつけだから。

それより、魔物の素材を解体したり売ったりするところってどこにあるとか教えてほしいッスね」

「それなら、良ければ私が紹介しようかい? 小口の店だから、割安の買い取りになるかもしれないけれど」

「んじゃ、それでお願いするッスよ。 魔物仕留めたらまた来るッス」


 馬車引きも終わり、晴れて自由の身である。 少し疲れも残っているが、魔物との戦闘の準備運動には丁度いいぐらいだ。


 来た道を戻って街の外に出る。 鎖を投げて門の上に掛け、それを手繰って門の上によじ登る。


「リロー、何か魔物の姿とか見えないッスか?」

「遠くの空に、鳥」

「それはもう勘弁してほしいッスよ……と、あ、でももっと上から見たら発見も簡単ッスよね」


 まぁ、あんな曲芸じみた芸当はもう出来そうにもないが。

 魔物とは人類との敵対者であり、それゆえに人の集まるところに程、魔物がやってくるものだ。

 魔物もある程度距離を置くだろうが、この近くに寄ってきているのは間違いない。


 しばらく待っていると、遠くに魔物の姿が見える。

 狼型の魔物群れだ。 少し遠くだが、倒すのは楽な部類の魔物なのであれを相手しに行こう。

 リロを頭の上に乗せて、門から飛び降りる。 着地の勢いのまま駆けて、魔物の元に向かう。


 再びの目視とともに鎖を取り出し、投げるように振るう。 狼型の魔物、グラスヴォルはそれに気が付いたように動くが、遅い。

 五匹の内の二匹が鎖に当たり、その一匹が草原に倒れる。 転けただけだが、充分だ。

 それに向かう俺を阻むように他のグラスヴォルが前に出てくるが、この程度の相手に足止めをされるはずもない。


 飛びかかる獣を潜るように姿勢を下げて、地面を蹴る。 立ち直ったグラスヴォルに向かって足を伸ばしてその身体を蹴り飛ばす。

 だらりと垂れている鎖を引き、周りを払うように動かしながら開いた手を伸ばし、一匹の頭を掴み、蹴り飛ばした奴に向かって投げる。

 次の一匹は鎖で顎の一撃を止め、宙に浮いているところを腹から上に蹴り上げる。


「ーー弱えッスよ!」


 思い切り地面に踏み込み、拳を振るった。

 所詮は低位の魔物である。 きゃうんと、分かりやすい悲鳴をあげて、宙に舞った。

 鎖を振り回し、宙にいる魔物を捕まえ、地面に叩きつける。


「まず一匹」


 骨が折れる鈍い音が聞こえた。

 一匹が戦闘不能に陥ったとしても、グラスヴォル達の戦意が衰えることはない。 低位の魔物は総じて知能が低いものだ。


 殴り、蹴り、絞め殺す。単純な暴力で五匹の魔物の群れを仕留め終えて、息を吐き出す。


「はー、疲れたッス」

「……おつ、かれ」


 リロは相変わらず、暴力沙汰のようなものが苦手らしい。 少し震えた声で俺を労い、それだけで終わる。

 軽く身体を撫でてやってから、魔物の死体を鎖で繋ぎ、それを引いて街に戻る。


 すいーとるーむの代金ぐらいにはなるだろうか。


 帰路の途中、リロは小さな翼で俺の身体を撫でる。 どこか、身体に力が湧いてくるような感覚がした。


「レイヴくん、私、神格上昇レベルアップしたみたい」

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