第2話:カラスと一緒に空の旅

 カラスを頭の上に乗せているからか、少し奇異の目で見られるがあと何日いるかも分からない街での視線になど気にしていられない。

 以前から時々話相手になっていた神様の元に歩いた。 人が少なく、だだっ広いだけのそこは開放感のある場所で、お気に入りでる。


 周りに木々や家もない、広場のようになっている空間。 その中心にある馬鹿みたいにデカい樹の元にまで歩き、カラスを落とさないように気をつけながら跪く。


「お久しぶりッス。 今日は契約をしてもらいたくて」

『おお、レイ坊か……んー、無理じゃなぁ』


 仲のいい、爺さんのようにも思っていた樹の神にまで契約してもらえないのか。

 悪い夢でも見ているのではないかと思いながら、フラフラと歩いて次の場所に向かう。


『レイ坊、複数の神と契約するのはあまり褒められたことじゃないぞ』

「そりゃそうッスよ」


 この爺さんは何を普通なことを言っているのか。 複数契約はマナー違反であることぐらい、そこらの子供だって知っていることだ。

 最悪、契約できなくとも問題はない。

 武に掛けては、ある程度は腕に覚えがある。 異能力がなくともそこいらの魔物に遅れを取るということはないだろう。


 爺さんに別れを告げて、次の場所に向かう。 ここから近いのは川の神だろうか。



 水流が唸りを上げて、土を飲み込み地面を抉り取るように俺の足元を崩しながら迫った。

 質量と勢い、正しく圧倒的な暴力。 俺はそれを避けるために腹に巻いていた鎖を投擲し、近くの木に巻きつけてそれによじ登ることで回避する。


『舐めてんのかワレェ!? ぶっ殺してやらぁ!!』

「なんで!? なんでキレてるんスか!」


 神の力は強大だ。 特に流動と重さの神でもある川の神の力は単純な破壊力に関して言えば非常に強い。 信徒が少なく、力をあまり分け与えていないのも強さの一因だろうが。

 捕まっていた木ごと飲み込むような水流。 話し合いは不可能と判断して、木の上で飛び跳ねて土手にまで跳ねてその勢いのままに転がる。


 轟音、破砕音。 爆発を思わせる音を背にして、冷や汗が流れる。 こんなに嫌われること、したっけ?

 少なくとも覚えはなかった。 言い訳をしようとした口は息を吸うことに従事している上に、激昂している川の神が聞く耳を持ってくれるようにも見えない。

 本気で走って逃げる。


『コラァ!? 待てやテメェ!!」

「待つ訳ないッス、ないッスよ!」


 頭の上のカラスを抑えて落ちないようにしてから、辺りを見渡して逃げられる場所を探す。 このままだと市街地に突っ込むことになる。 最悪の場合でもそこに逃げ込む訳にはいかない。

 横に逃げたとしても、追い詰められるだけと思われる。


「うえに」


 木々が破砕される轟音の中で、やけに澄んだ高い声が聞こえた。 カラスを落とさないように上を見上げると、遥か遠くに巨大な鳥の魔物が見える。


 いや、無理だろう。 そう思うが、生きる道はそこにしかない。 水流から逃れながら鎖を思いっきり投げて、鳥の魔物が通った時に引く。 上手く引っかかる。

 このままでは巻き込まれると思った高い声の主を探すが、見つからない。


「何処ッスか!」

『お前の目の前ジャァォァァア!!』

「お前じゃないから!」


 あ、このままだと死ぬ。 そう思ったが、声の主が見つからない。


「私はいいから」

「いいって……」


 まだ探すが、周りに人はいない。 神の類いか。

 声に従って鎖をよじ登る。

 飛行している鳥に鎖を垂らしてその鎖を登る、なんとも宙ぶらりんな状況に足が竦むのを感じる。


 だが、下から水流が追ってくるのは変わらない。 色々と破壊しながらやってくる水流は非常に恐ろしく、必死に鎖を登り続ける。

 なんとか鎖を登りきって頂上にたどり着き、横になる。


「助かった……」


 雲が近く、少し肌寒いが、下の地面は暖かく心地よい。 いや、よく考えたらーー。


「助かってないじゃん!」

「グェデェェエエ!!」

「あ、背中お借りします……」


 とりあえず鳥の魔物に謝って、ビビりながら鳥の背中に座り込む。

 やばい。 これは死ぬ。 下を見て見れば先ほどの川でさえ小さく、人も蟻と変わらない大きさだ。

 そこから地面へと飛び降りたり、鎖を下に垂らして降りていくのは自殺にしかならないことは間違いない。


「あはは、俺、空を飛んでるよ。 フライアウェー!!……ッスよ……」


 頭が馬鹿になったのか、妙な言葉を口走りながら、大きく手を広げて風を感じる。 俺は風になったのかもしれない。


「ふらいあうぇー」


 どこか楽しげな声に安心感を覚えながら、何もない空の上でも変わらずに聞こえることで、妄想説が強まった。

 すごく可愛い声をしていて、声がもう理想的すぎて妄想としか思えない。

 モテなさすぎて頭がおかしくなった説が強まりつつあるが、そんなことよりも生き残る方が重要である。


「あの、ゆっくりと下ろしてくれたりしないッスか?」

『グェデェェエエコラァン?』

「人間語でお願いするッスよ……」


 とりあえず、下ろしてくれる気はなさそうだ。 上を取った現状、幾らこの魔物が強力な存在であろうが自分の上への攻撃手段はなく、仕留めることは容易だ。


 この魔物を殺したら、一緒に落ちるけど。

 かと言って、この魔物は渡り鳥のような形状をしているので、最悪、このまま他国や他大陸に向かってもおかしくない。 いや、最悪の場合は鳥の上で餓死か。


 少なくとも、このままでいたら死ぬのは間違いなさそうだ。頭の上にいるカラスを服の内側に移動させてから、鎖を鳥の首に通し、交差させて輪を作る。


「カラス……このまま死んだら、ごめんッス……」

「かあ」


 口に鎖を咥えて、反対の端は左手で持つ。 力強く、鳥の魔物の首を締め上げる。 それにより大きく暴れられるが、右手で羽根を掴んで振り落とされないように、なんとか耐える。


 天空とも呼べるほど高くにいたが、少しずつ高度が下がっていく。

 絞めすぎて元気がなくなった頃に鎖を緩めて体力を回復させて、体力が回復して高度を上げようとした時にまた締め上げる。


 それを何度も何度も繰り返しているうちに、高度が徐々にではあるが地上が近くなる。

 だが、このままだと市街地に突っ込むことになりそうだ。


 デカイ鳥を落として街に被害を出すわけにはいかない。

 出来る限り広い場所……この家が敷き詰められてきて狭い街並みの中で、人がいない広い場所は一つしかなかった。


 空の上での恐怖と高揚で荒い息を整えながら、首に絡めていた鎖を巨大な樹へと投げ付ける。


 枝葉がその鎖を受け止めるように動き、鎖が絡み付く。


「……ッス!」


 何度も首を絞めて死にかけている鳥の魔物の上に乗っていたらいつかは落ちる。

 このままここにいれば、間違いなく鳥の魔物と共に死ぬ。

 そして目の前にあるのは、鳥と大樹の間を繋いでいる鎖。


 やるしかなかった。


「根性!」


 鳥の魔物の上から立ち上がり、ピンと張り詰めている鎖に左足を付ける。

 飛ぶ鳥と大樹の間を綱渡り。 風は強く吹いている上に、鳥は死にかけのためにブレブレで鎖は酷く揺れている。 本職の曲芸師でも脚が竦む状況だろう。


 脚は竦み、涙が出てきそうだ。 俺は何をしているんだろう。 ただ神と契約したかっただけなのに。


「がんばれ」


 何処からか聞こえる声に頷いて、鎖に二歩目を踏み込む。

 なんとなく勇気が湧いてきて、三歩四歩と脚を進めて、バランスを取るために両手を広げながら鎖の上を歩く。


 ゆっくりとだが、少しずつ歩幅を広げて行き、鎖の綱渡りの上で駆け出す。


「飛んでる、今俺飛んでるッスよ!」


 空が青く、地面は遠い。 けれど恐ろしさどころか心地よさすらある。 最高である。 風に、いや鳥になったのだ。

 ガシリガシリと鎖が軋む音も心地よく感じるのは、恐怖心が麻痺しているからだろうか。

 冷たい風が興奮に熱された頬を撫でる。 全身にやってくる浮遊感に、今まで見た中でも有数の景色。

 下にある家も木も川も全てが小さく、自分だけがこの世界に立っているかのような最高の開放感。


「ふらいあうぇー」


 バランスを取るための両手はさながら鳥のようで、風を切るように動かしていく。


「イヤッハー! 鳥だ! 俺は鳥になったんだ!」

「いやっはー」


 ああ、神との契約とか、力とかどうでも良かったんだ。 俺はこんなにも自由なのだから!

 俺という鳥は鎖の上を飛んだんだ!


 そんな楽しい飛行にも感じられる、愉快な綱渡りも終わりを告げて、大樹の元に辿り着く。


「もういっかい」

「イヤッハー!」


 可愛らしい言葉に言われて、大樹の上で反対に向いて、鳥の魔物に向かって走りーー。


『何をやってるんじゃ……』


 大樹の言葉、樹の神の言葉で我に返り、急いで戻る。 弱った魔物は徐々に高度を落とし、地面に激突して赤い血を垂れ流し始めた。


「テンションが上がって……。 っと、助かったッスよ」


 靴を脱ぎ捨ててから大樹の幹を掴み、ゆっくりと木から降りる。

 大樹の幹に寄りかかると、腰が抜け落ちるのを感じる。


「あー、怖かったッス」

「かあ」


 服の襟元から出てきたカラスの頭を撫でて、息を吐き出す。

 よく生き残った。 俺、すごい。


 あいらぶ地面。 ぐったりと身体を地面と大樹にもたれかからせて、ひたすら荒い息を吐いて吸ってと繰り返す。

 横に見えた鳥の魔物、売れば結構な値段になりそうだが、今は少し休みたい。


『何があったんじゃ?』

「鳥に、鳥になったんだ」

『そうか……』


 納得したらしい樹の神の下、少し休んでから、鳥の死体と鎖を回収する。 身体の大きさの割に軽い鳥の魔物を引きずりながら街に降りて、近所のおっさんのしている解体場に持ち込み、そのまま買い取ってもらう。


 旅の資金に出来そうなぐらい大量の金を手に、聖女様の写真が載っている号外を買いに行った。



◆◆◆◆◆◆


「聖女様ああああ!! 俺の聖女様がああ!!」


 母上に向かって血の涙を見せるが、一瞬で魔物の血であることを見抜かれる。


「お母さん。 神様に加護をもらってきなさいって言ったわよね?」

「聖女様……」

「それで、なんで買い直してるの? しかも二十部も……」


 好きなのだから仕方ない。 そう母上に言えば殺されてしまう予感があったので、黙って罵倒を受け入れる。


「もう、今日は遅いから……明日はちゃんと行きなさいよ」

「はい……」


 本当はもうかなりの数をまわっているが、この目は信じていない目である。 とりあえず頷く。

 神は多いのだ。 一人ぐらい俺なんかを受け入れてくれる神もいるだろう。


 腹に隠したカラスと号外を母上に勘付かれないようにしながら自室に戻った。 あまりに眠たく、疲れていたので、ベッドに飛び込む。

 まだ水浴びもしていなければ、飯も食べていない。 けれど身体の疲れはどうしようもなく、起きようとする意思に反して目は閉じられていく。


「おつかれさま」


 遠のいていく意識の中で、幼さも感じられる、鈴を転がすような美しい声が聞こえたような気がした。 どこか安心感を覚えるその声に導かれるように、俺は眠りに就いた。



◆◆◆◆◆◆


 空腹を感じる。 喉も渇いていて、唾液を飲み込んでそれを誤魔化す。

 もう疲れも眠さもなく体調も良い。 けれど、起きたくない。 この場から離れたくない。

 ふわりと柔らかな羽毛に顔を埋めると、優しい甘い香りが鼻腔に広がって、身体の筋を弛緩させる。


 甘い匂いのはずだが何処か刺激的というか、奥底の欲望が引き出されるような。 その匂いの元を弄ると、人肌の暖かさで非常にすべすべと心地良く、柔らかくて気持ちがいい。


「ん、んぅ……だめ、だよ、こんなの」


 鈴を転がすような心地の良い女の子の声。

 こんなに気持ちがいいのに何がダメだと言うのか、抵抗とも呼べないほど弱々しく身体が押されるが、無理矢理に抱きついてーーーーって、これは何だ。


 我に返って、自身が抱きしめているものを見る。

 始めに見えたのは真っ白い綺麗な鳥の翼。 だが、普通の物に比べると遥かに大きく、俺の腕よりも長そうだ。


 そんな美しい翼は白く華奢な背中から伸びていて、翼の主は一糸も纏っていないのか、背中から脚の先までが露わになっている。

 か弱いと呼ぶにしても弱々しい細く柔らかい背中から伸びている翼は片翼しかない。 だが、そんなものよりも強く目に入り込み、俺の意識を捉えるのは形のよく小ぶりな尻だ。


 手を伸ばして軽く撫でれば、触れた部分に赤みが帯びて、羞恥のせいか裸の女の子は俺の胸に顔を押し付ける。


「やぁ……」


 弱い拒否など、誘っているのとほとんど変わりはなく少し揺らされた尻を少し押す。 抵抗を感じないほど柔らかく、俺の指の一本一本に従うように尻が窪んで指が沈み込む。 気持ち良い。


「ぁぅ……やめてよ……」


 片方だけの白い翼がバサバサと動き、俺の腕を尻から引き離す。

 羽ばたかれた翼の羽毛が鼻腔に入り、むずむずと鼻が刺激される。


「は、は……ッスン!」


 くしゃみをすると共に完全に目が覚める。


「て、え……なんで俺の部屋に人が?」


 白い少女に胸を押されて、ベッドの上から床に落ちる。

 身体を起こしてみれば、確かに白い片翼を携えた幼い少女がそこにいて、その肢体に息を荒げて喉を鳴らす。


「なんでって……。 昨日、入れてくれたから……」


 白い少女は荒くなっている息を整えて、俺を見る。

 俺の目線から逃げるように薄い胸と腰を手で隠し、小器用にベッドのシーツを捲りあげて身体を隠した。


「昨日入れたって……まさか!」


 白い少女は小さく首を縦に動かして頷いた。


「聖女様の号外!?」

「ちがう」


 違うらしい。

 ジトりとした俺を責めるような目で睨み付けて、自己主張するように、白い片翼がヒョコヒョコと動く。 羽毛が抜けたりしていて、ベッドの上が散らかっていく。

 自分を落ち着けるためのどうでもいいボケが功をそうしたのか、やけに落ち着いて事実を飲み込むことが出来た。


「昨日の、声のは君のだったんスね。 ……カラスちゃん」


 白い少女、昨日拾ったカラスが頷いて、シーツの端から肩を出して俺へと手を伸ばした。


「あらためて……。 よろしくね、レイヴくん」


 美しいと思った鈴の声は変わらず、それでも嬉しそうに白い翼が揺れた。

 小さな手を見て、その手を握りしめる。

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