茜に揺れる_番外

一匹羊。

京都珍道中_上

「というわけで2017年8月の京都に時間遡行してもらうぜ」

「どういうわけなの」

「時間トホウ?」

「かき氷はありますか」

切羽詰まった突っ込みと全く理解できていない聞き返しとずれた質問を同時に受け、茜はぐらりとかしいだ。この意味不明の注文に一番頭をひねっているのは自分である、もっとフラットに受け止めて頂きたい。雪白のレベルにまで順応されるとちょっとおかしいが。

「この前の集落調査で、時間遡行機……タイムマシーンだな、それが大量に見つかったんだよ。うちの時代から色んな時代に繋がってたんだが、その中で一番俺らが行っても問題なさそうなのがその時代らしい。

俺たちの任務はそっちにいって3日間自由に過ごし、設定通りに帰ってくることだ」

「要するに人身御供なんだね、また……」

瞬時に状況を把握した樒がげんなりとした顔になる。

「これがうまく行ったら資材の調達に他の時代を使うらしい」

「うまく行かなかったら?」

「……次元の隙間に落っこちて延々と同じ瞬間を繰り返すことになるか……不可算の領域に身体を挟んで破裂するか……」

「つまり死ぬんすね」

「単に死ぬより辛いぜ」

「辛いんすかあ」

「畜生無痛覚め……ボク怖いよ、茜くん」

どさくさに紛れて茜に抱きついた樒を見る茜の目は、「おっ、意外と大丈夫そうだな」と言っていた。慈悲はない。

そんなわけで転送装置である。ちょっとしたカプセルホテルのような構造のそれに横たわり、時代と座標を固定したらスイッチ1つで遡行完了。家庭用のお手軽タイプらしい。これが企業用になるともう少し細かい設定を手動でしなければならないところだった。大戦以前の金持ちの旅行といえば専ら時間遡行だったらしい。歴史の無事が危ぶまれるが、歴史が変わるような決定的なことをしてしまうと、元の歴史から分岐した世界に入るため、元の時代には帰ってこれなくなる。これは機械の仕組みではない。歴史の修正力が自然とそうするとのことだ。

燃料は太陽電池で賄えるらしいので、心配がいらない。家庭用でも設定はいじりたくない為、すでに設定済みの機械に入ることになる。

「そんじゃ、俺から行くかね」

廃墟の集落。龍巳と政府連名ギルドの数人に見守られつつ手を挙げたのは茜である。瞬時に抱きついたのは樒と不夜だ。

「お師さま行かないでくださいいいい」

「なんでいつも君からなの待ってねえ待ってええええ」

ぎゅうう、と抱きしめられ参った顔になる茜。龍巳に助けを求めるが、黙ってかむりを振られた。

「じゃあ俺から行きまーす。ここ寝ればいいんだよな、うっわぷよぷよしてる」

躊躇せず乗り込んだのはノ風である。

「おいノ風、危険だぞ」

「切り込み隊長は俺っしょー、それに、俺ならちょっとやそっとぼろぼろになっても直るし」

「お前……」

茜はノ風の肩をがしりと掴んだ。

「それならいいがな、落ちた場所から動くなよ。絶対に動くなよ」

「えっあっはい、ウゴキマセン」

壊れた人形のようにかくかくと頷くノ風である。そのままカプセルに入って扉を閉じた。

龍巳が操作盤の前でがたがた震えている。

「あああ……大丈夫かなノ風……僕のこのボタンのせいで死んでしまったら……僕……僕はっ……共に首を切って……っ」

「誰がやっても同じだよ」

ポンとスイッチを押す樒である。ドライ。装置はしばらくの間がたがたと駆動していたが、やがて沈黙した。カプセルが観音開きに開いて、そこにノ風はいなかった。

「ミステリー……!?」

「いや正常な反応。もう龍さん下がってろ、次は俺だ」

「やだよ! 茜くんのいない世界で例え数分でも生きていなくちゃいけないなんて……! 次はボク!」

「班長の後に置いて行かれるのは不安でなりません。次は私が逝きます」

「あんたらノ風を殺すんじゃない!」


二進も三進も行かなくなったのでノ風を強制帰還させた。

装置は再びゴンゴンと駆動し、開いた扉の中にはきちんと五体満足のノ風が収まっていた。

「ちゃんと動かなかったのに誰も来ないから、退屈で死ぬかと思ったすよ」

「おおー!」

「生きていましたか」

「死んだとも出なかったからそうだろうとは思ってたけどな」

熱烈な歓迎にしかしノ風は不機嫌だ。

「なー死ななかったんだから早く行こうぜ、なんかすごかったんだよ」

ノ風が外界に興味を持つのは珍しい。昨日のうちに「時間旅行における班長との30のお約束」は暗記させたが、不安なところ。

「次の遡行はノ風を待たせない。一番俺! 二番雪白! 三番ノ風! 殿に樒だ!」



「「あっっっっっつ」」

冴え渡る碧空。立ち昇る熱気。どこまでも続くコンクリートジャングル。

京都駅であった。

因みに本日の気温は34度。ここに来る前の気温は10度である。殺しに来ていた。

「これは始めに服と飲み物を買った方がいいな……」

因みに今回の遠征において、政府からは骨董品……2017年当時使われていた諭吉30枚が支給されている。普段よりよほど金持ちのはずだが、この世界では男4人の一泊二日(服飾代込み)には足りないレベルというから恐れ入る。

全員冬服で来てしまった今(一応中に夏服を着込んでいたためアウターを脱いだ)、高スピードで貴重な水分が体から排出されている。とりあえず店に行くことだと揃って踵を返した。

さて、話は前日夜に遡る。

「これは重要なことなんだけどな、2000年代の夏にはこの時代考えられない病が流行っているらしい」

「向こうでこっちじゃ治せない病気にかかったら大変だからね、しっかり対処しなくちゃ!」

茜と龍巳が揃って真面目な顔で本を捧げもつ。そこには『熱中症対策!』と大書されていた。

「ねっちゅうしょう、ですか」

「おっ、流石漢字が読めるな雪白。そう、年間約50000人が罹り、抗体を持てることもないその病気は最悪——死に至る」

「死に!!」

ここにツッコミはいない。

「あんたも多分死ぬぞ、ノ風」

「戦い以外で死にたくないっす……」

ノ風がぶるぶる震えながら話を聞く体制に入ったのに頷き、茜はその悪魔のような病について話し始めた——。

そして京都に戻る。

「ねっちゅーしょーには罹りたくねーからなー!」

大声を出すノ風。それを諌める気も起きないくらいに、気温は高く、そして人が多く、世界は色に満ちていた。

真っ青な空を振り放見て茜は笑う。

「いやー雪白、夢叶っちまったな……」

「この世界観は特別番外編でお送りしますので、記憶は残りません。そうしてください。余りに私が報われない」

「お約束だがね、誰と話してるんだ」

「独り言です」

「そうか……飲み屋に急ごう」

そう言ってうろうろとあらぬ方向(デパ地下方面)へ歩き出した茜の腕を、雪白ががっちりと掴んだ。茜が不思議に思いながら振り返ると、雪白の真剣な顔。

「飲み屋に行かずともここでは水が買えます。130円で」

「130円で」

「自販機」

「スーパーとかドラッグストアに行けば100円未満だよ茜くん……」

「スーパーとかドラッグストア」

この時、茜は思い出した……雪白と樒は2000年代初頭文献の申し子であることを……昨晩は樒が京都での修学旅行をテーマにしたライトノベルを、雪白は京都のるるぶをしっかり構えていたことを……。

「あんたらに任せるから連れてってくれ」

班長が責任を放棄した瞬間だった。

「オーケー茜くん! まずはコンビニだよ!」

さてコンビニである。

「うっわ水安っ」

「これで水不足だそうですよ」

「買い占めて帰りたいぜ……」

「その台詞帰りまでに何度出ますかね」

わちゃわちゃやりながらペットボトルを4本買ったのは良いものの、瓶に栓抜きで開ける世界観の本しか読んでいなかった茜が、ペットボトルを開けるため顔を真っ赤にしていたことは、彼の沽券のため黒百合隊内のみに留めておくとしよう。(樒がさっくり開けた。ノ風はいろはすのボトルを破裂させた)

「茜くん、この本が必要だと思うんだよねボク的に!」

「ん、なんだそれ、ろろぶ?」

「惜しい! 惜しいよ茜くん、でもあってたきがするから今日からこの本ろろぶね」

「実際るるぶの由来ってなんでしょうね」

「見る食べる遊ぶの略だよ雪白」

「そんなととモノみたいな」

そんな会話がありつつも2017年版京都のるるぶをお買い上げしたのだった。

因みに今回の時間遡行は京都に降りた時点で半分成功だ。残り1日半過ごして無事帰れたら任務完了なので、1日半は自由行動なのだが帰れない可能性もある。その場合、所持金30万で2017年の中で一生を過ごす羽目になる、シビアな遠征なのだった。

この時点で未だ骨董品な夏服(汗でびしょ濡れ)に身を包んだままの一行は服屋に向かった。

「GUが安いと思うよ茜くん。後はユニクロかな? ボクはどこでもいいけど」

こうなったら樒の独壇場だ。全員彼のコーディネートに仕立て上げられた。

茜は白の丸襟Tシャツに青のストライプカーデ。紺のスキニーは足首で折り返し、アクセントの黄色を入れるコーディネート。

雪白「絶対流行りを取り入れるという強い意志を感じた。暑そう」

茜「何気に低身長コーデになっているのが涙を誘う。気遣いありがとうな」

雪白は白のロングTにジーンズはダメージとステッチ入りで遊びが入る。

ノ風「多分だけどな、内緒にしてほしーんだけどな、店員……このジーンズ穴空いてるぜ」

樒「何着ても似合うのがムカつくから手を抜いたけどそれでも足が長いのが誇張されていい感じになるの最高にムカつく」

樒はフレアスリーブで関節を隠し、ハイウエストで今らしさを取り入れた。ワイドパンツが涼しげ。

茜「こっちでも女装なんだな。愛らしさが強調されていい。遊び心もあるなと感心しきり」

ノ風「あのな、これも内緒にして欲しいんだけどな……あのズボンサイズ合ってねーと思うんだよ」

ノ風は説明不要。数字Tにカーゴパンツでやんちゃに決めろ。

雪白「絶対に時間をかけないという強い意志を感じた」

樒「ポイントはスニーカーがマジックテープ止めな所だよ」

全員が全員上から下まで2017年スタイルになったところで時刻は12時。百均の腕時計を付けた茜が昼にするか、と言った。

「食べ歩きで良いならボクは清水坂に行きたいかな!」

生き生きとそう言った樒に、茜はきよみずざか? と返す。

「色んなお店があって楽しいんだよ〜。一番上に行くと清水寺があって、そこが色んなことわざだとか昔話のタネになってるんだ」

すると茜は首をひねり、すぐに頷いた。

「なんだか知らんが、あんたが勧めるなら確かなところだろう。そこにしようか」

幽かな微笑みを雅な風がさらった。そして樒は人混みが物凄く物凄いことになっているので、この気温だと熱気が物凄かろうということを伝え忘れた。


「班長俺分かった。これが混んでるってことだな」

「あーうん、これじゃ肩摩轂撃だ。惜しかったなノ風」

ぼんやりと返すその目に既に光がない。自分が犬ならば舌も出せたろうに、残念ながら人としての尊厳らしきものを失わぬため素知らぬ顔で汗を拭うしかないのだ。つまりはプライドの戦い。かくも熾烈な戦いがあったかと茜は汗を流した。彼はもっと熾烈な戦争、もっと言えば夏と冬開催される祭典や毎朝戦士の渋滞(通勤ラッシュ)が存在することを知らない。

彼らは清水坂にいた。当然のように混雑していたそこは、温感の無いノ風でさえぐったりさせる。生き生きしているのは樒くらいだ。

「あっ、扇子がいっぱい売ってる、こっちには新撰組の関連グッズもあるよ茜くん!」

「新撰組……京都……ああ、所縁の地か。確かあの人ら田舎出身じゃなかったか? というか、好きなのかよ、樒」

すると、樒は流石詳しいね、と肩を竦めて笑った。

「出身地よりも活動場所が重要視されるんじゃない? なーんかさ、ボクらみたいで親近感湧くんだよね、彼ら」

「お国のために敵を秘密裏に葬り去る……か。まあ似てることもないかもなぁ」

その彼らの最期については茜は言わないことにした。野暮というものだ。樒もそれに気付いたようで、さ、ソフトクリーム食べようと茜の袖口を引っ張った。

「雪白、かき氷じゃないけどいいよね?」

そう聞いた樒に雪白は、甘味であればと端的に答える。事実この男、甘ければ良いのだ。

「じゃあボクとシェアしよ? ボクはバニラでー、お前は抹茶ね! ちょっと味見させてくれればいいから!」

「変わり種を押し付けてきますね。いいでしょう」

「おっ、分かってて尚挑むとは武士の鑑」

そもそも雪白は武士ではない。呆れながらも茜はノ風を振り返る。

「ノ風、あんたは何がいい」

「何が……」

アイス、アイスと呟きながらノ風は店頭の見本を睨みつける。色とりどりのそれらは、工場でも、その外でも、ついぞ見たことのない色で。青やらピンクやらおよそ人の食べ物とは思えない。自分より簡単に、本当に簡単に死んでしまう癖して、どうして茜達は簡単にそれに飛び込んでいけるのだろう、と考えた。

「先に見える正体があやふやでも、新しさを模索し続けたその先に垣間見える何かがあるからさ。この場合はみんな食ってるから大丈夫って保険があるけどな。食おうかノ風、案外革新的かもしれないぜ?」

こんなの元の世界じゃ到底お目にかかれないと軽く笑った茜は、俺はラムネでと軽やかに告げた。

「味覚のない俺に革新なんて……。じゃあ俺は茶色いのでお願いします」

チョコレートな、と言い注文に行く。この時代では、値段の交渉や商人との騙し合いを一々せずともいいのがありがたい。バニラ1つ、抹茶1つ、ラムネ1つ、チョコレート1つ、と茜は注文した。手際の異常にいい中年女性が、くるくるとコーンを動かしてソフトクリームを作っていく様はまるで魔法だ。

さて実食である。

「これボクのねー! んー、甘くて冷たーい。いい香りする! さすがは定番。雪白、ボクのぶんあーん」

「滑らかですね。はいどうぞ」

「こっちも独特な香りだね。まあ抹茶ソフトならもっと美味しいところあるんだけど」

「何故ここで買わせた……」

「並ぶのだるいし。茜くんのは?」

仲睦まじい2人を温い目で眺めていた茜は、ラムネ味を一口食べ、爽やかな感じだなと呟いた。前食べた草と似た味だとも。一体何を食べたんだ。ノ風は豪快に頭からコーン近くまでかぶりつき……悶絶した。

「何だこれ……頭がなんか……こう……こう……攻撃されてる? やっぱ危険だよこれ」

「ああ、その痛みは感じるのか。それは急に強すぎる冷感を脳に送ると脳の信号が乱れて、冷たさと痛みを勘違いする現象だ、実際にゃどこも傷付いてない……というか、あんたは傷付いても治るだろ」

「不思議アタックってことっすね」

「そういうことだ」

神妙な顔で頷いた茜は自分のぶんのソフトクリームを頬張る。向こうの時代はいつでも真冬な上牛乳が存在しないので、このスイーツはここだけの嗜好品だ。もっとも不本意に凍った食材は存在するが、舌に走る冷気が今は心地いい。因果なものである。

「樒! 小物を買っても向こうにゃ持ち帰れねえぞ」

「はーい」

肩を竦めた樒は小物屋から離れてさくさくとコーンを食べ終わると、じゃあてきっと清水寺行っちゃおうか! と柏手を打った。

猛暑の中歩くのは不慣れだが、そこは軍隊所属、我慢強さなら群を抜いている。人並外れた体力もあり、さくさくと頂上まで登り切った。なっ……と傾いだのはノ風である。

「なんだあの生き物は……!」

「お約束ですね」

「仁王像だよ、襲わないでよね」

「ノ風、あいつらは動かねえぞ」

仁王門を見上げるノ風の目は茶化せないほどに爛々と見開かれていた。そんなに気になるのならと一行は仁王門に近付くことにする。おぅおぅおぅおお…! と呻くノ風を道行く人がちらりちらりと横見していった。でけぇ——、と口から溢れるは感嘆符。ノ風の二倍はある背丈の巨人が迫力あるポーズで名のごとく仁王立ちしている。

「なんでこいつ動かねえの?」

「敬語な。さっきも樒が言ったが、こいつは仁王像。大昔、誰かが木で作ったもんだ」

「木……って火を焚く時に使う……」

「正解。大きな木を切り出して、そいつを彫ったんだよ」

最初っからこの形だったんじゃなくて……? 呆然と呟くノ風に、ああと茜は微笑みかけた。樒が頭の後ろで手を組んで伸びをして、ふふっと笑った。

「何でも壊せるお前とどっちが凄いと思う?」

「比べるもんじゃねーだろ。何が基準だよ」

「そうかもね。でもこう思わない? 生み出すことは、凄いことだってさ!」

ほら、境内行こう。樒は茜とノ風の腕をむんずと掴んで走り出す。その瞳はきらきらと輝いていて、思わずつんのめったノ風は俯いた。なんか今日皆、難しいこという……。


4人してチケットを買い、特にハプニングなく回転ゲートをくぐったところで、黒い下駄と錫杖が茜の目に入った。くいくいと隣の雪白(ガイドブック)の袖口を引く。

「おい雪白、あの杖と履物はなんだ?」

「錫杖と下駄ですね……班長にはこちらのサイズがおすすめかと」

「飛ばすぞ? ……っと、こりゃ存外重いな」

茜にとって踏ん張るほどではないにせよ、何の覚悟もしていなければ肩が落ちる程度の重さ。そして同じ意匠で大きな物が並べられている、とくれば。

「力比べか、面白い」

「ええ。錫杖を片手で持ち上げられれば願いが叶う……という言い伝えがあるそうです。」

「へー。なー下駄は?」

「妻に縛り付けられるようになるそうですね」

「えっ」

「あんた尻に敷かれるタイプか? らしくていいな」

「あの」

触ったのなかったことにしてください、と切実にノ風は思ったという。

その後雪白とノ風の2人が楽々と錫杖を持ち上げ——雪白に至っては普段使いの風格を漂わせていた——いよいよ本堂に足を踏み入る運びとなる。

「わわ、清々しー!」

真っ先に歓声をあげたのは樒だ。スカートを靡かせて下を覗き込んでいる。肝が冷えるのでやめて頂きたい……が、樒に歩み寄った茜がしげしげと下を覗き込んで言ったのは「意外とイケるな」という一言。どこにだ。

「やー、清光の舞台から飛び降りるって言葉があるだろう? これなら半々生き延びると思ってな。下は柔らかいし」

「おや、生きたまま飛び降りるんですか」

少し後ろで涼んでいた雪白に、胡乱気な目を向ければ小首を傾げた。

「舞台の下は死体置き場だったと聞いていたので……死んだつもりで飛び降りるものかと」

「怖い妄想するんじゃない」

すると雪白は茜をちらりと見て、目を閉じた。

「案外いるのではないですか? 飛び降りるような屍は。案外近くに。見ているものがどう思うか、考えれば分かりそうなものですがね」

「雪白……………………」

蝉の喚く声を縫ってしっかりと茜にまで届いた声は、じっとりとした汗を生んだ。その汗が頬を伝い、地面に黒いシミを作ったところで茜は重い口を開く。

「何の話だ?」

とんと軽く肩に寄りかかってきた樒が、ドンマイと言うように雪白の頬を弾いた。

「本編以外でシリアス振っちゃだめだよ」

暑いと押し退けながら雪白は返す。「ノ風の目を見てその台詞、言えますか?」樒は軽やかに離れていった。「あいつは全編喜劇だからいいの」

頭上に?を浮かべていた茜は、振り返ってもう一度景色の彩に身を投じる。湯船に浸かるような顔だ。

「いい景色だな」

幸せ一色のその表情に、ついには雪白も無粋を諦めたのだった。


下山のおり、雪白の腹がきゅうと鳴った。くすくすと笑った樒の腹もくるると鳴く。ばつが悪そうに笑って樒はガイドブックを手に持った。

「さーて、お昼ご飯どうする? 洒落てるのから名物まで、予算は十分あるよ?」

「……樒。しおりのところが開いています」

「焼肉食べ放題だな」

「俺知ってるぜ! 焼肉ってのはな……肉を……焼くことだろ……!」

「そうだね焼肉だね!」ヤケクソであった。

こうしてごく普通のチェーン店で焼肉食べ放題を食べることになった。

それはもう京都駅周辺の、色気も情緒もない香ばしい煙に満ちた大衆食堂。樒はあれだけ揶揄されて赤く照れ、ながらも、意気込んでいた。たくましい。

それぞれが卓につき、汗を拭って。赤い網に氷を転がしたら注文だ。

「霜降りで」

「霜降り言いたいだけだろあんた。えー、と……(呪文か?)カルビを2皿」

「はいお客様、カルビを2皿、以上でよろしかったでしょうか?」

「えっ……じゃあこのハラミと、牛タン? とホルモンを1皿ずつ」

得体が知れないのによく注文するなあと樒は思ったし実際指摘した。なにせ彼は牛タンをうしたんと読んでいたのだ。

「いや、何か……こう圧力を感じて……感じなかったか?」

彼は人がよすぎる上聡すぎた。実際あの男性店員は(一番年下に注文させるのかよ……かわいそうに遠慮してるじゃん……)と高身長の雪白に圧力を送っていたので間違いはない。そんな調子で昼食は過ぎた。

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