第12話 月の神殿
ディクサスが着いたとき、兵達が神殿の周りを忙しく動き回っていた。舗装を外れた土にはその足跡が多く残っている。
王の周りに控えた護衛の松明(たいまつ)が闇を照らしだす。その後には弓矢隊が控えていた。
「王、こんな物が」
神官の一人がツボを差し出した。ツボからはまだ黒い煙が吹き上がっている。
ディクサスは仮面越しに神官をにらみつけた。
「これを仕掛けた者は」
「ま、まだ捕まっておりません」
不意に遠くで悲鳴が上がった。悲鳴は一度では止まず、それどころか他にうめき声が、雄叫(おたけ)びが、怒号が、まるで戦が起こったように夜空に沸き上がる。
「ディサクス王! 奴隷が反乱を起こしました!」
反乱軍にやられたのだろう、髪を振り乱し、はだけた胸に青紫色の痣をつけた兵が王に駆け寄る。
「かまわん。この神殿におびき寄せろ」
「え?」
一瞬兵は不思議そうな顔をした。わざわざ自分を追い詰めるような命令が、信じられないのだろう。だが、わざわざ自分考えを説明してやる義理はない。
「あ……はい」
間をあけても王の命令が変わらないのを知り、兵は現場にそれを伝えるために走っていった。
神殿は前後二つの棟が並んでいる。前は誰でも見られる太陽の棟。後ろは王とその護衛しか入ることしかできない月の棟。月の棟に入るには、まず太陽の棟に入らなければならない。
鍵を開けた所でディサクスは動きを止めた。そして、ゆっくりと腕を上げ、木の上を指差す。
「射て」
空を斬る音がして、銀光が闇を横切った。
「おっと!」
枝から飛び降りたのはアレヴェルだった。ひざまずくような格好で着地する。その衝撃で、腰に括り付けられたビンが小さく鳴った。
着地の姿勢から、アレヴェルはナイフを抜きながら立ち上がる。王に向かって走った。
王とアレヴェルの間に、護衛の一人が割り込んだ。振り下ろされたアレヴェルのナイフを半月刀が弾き飛ばす。勢いでアレヴェルはわずかに仰け反る。そのすきに間合いをつめられた。短剣は届かず、半月刀が届く距離に。
その間に、ディサクスが神殿の中へ入って行くのが見えた。
「くっ!」
喉を狙った突きを身を屈めることで避ける。その格好のまま、左右のポケットから薄い小瓶を二つ取り出した。
「これが最後の一セットだ!」
アレヴェルは地面に落ちている大きな石目掛け、二つの瓶を投げ付けた。片方からは石が、片方から液体が飛び出して、爆発的に黒い煙が吹き上がった。
「うわ、なんだ!」
煙の中で、兵たちの咳が響く。
「ほら、煙を吸うなよ! 毒だからな! あんまり吸うと死んじまうぞ!」
もっとパニックを起こそうと、アレヴェルは真っ赤な嘘をついた。
効果は覿面(てきめん)だった。悲鳴を上げて、兵の何人かは逃げ出したようだ。その流れに巻き込まれそうになって、アレヴェルは神殿の壁にへばりついた。煙を吸ったせいで、石膏を舐めたような味がした。
パニックの間を縫って、アレヴェルはディサクスを追って神殿の中へ入っていった。
神殿の外、風で煙はむら雲のようにちぎれ、薄れて行く。咳き込んでいた兵達は、煙の切れ間に大勢の人影を見た。頬に刺青のある男達が二ダースほど立っている。皆、手に石や割れた瓶など、思い思いの武器を持って。
兵達がどよめいた。奴隷の殺気をまとった視線から話し合いの余地が無いのは明らかで、兵達は誰に指示されることもなく槍を構えた。
神殿の中は、煙から逃げ込んできた者達の姿がちらほら見えた。
床にはオレンジ色と黄色のタイルで太陽のマークが描かれている。イスも何もなく、奥に白い祭壇がぽつんと置かれている。その前に、ひざまずいて祈るための敷物がある。
駆け込んできたイルラナの姿を見付け、アレヴェルは笑った。
「アレヴェル!」
イルラナが走り寄ってきた。
「すげえな、イルラナ! どうやって反乱を起こした? ちょっと大きな音を立てて、神殿の兵達をおびき寄せるだけじゃなかったのか?」
「そうなんだけどね。私もなんでこんなことになったのか、知らないの。あの王様、そうとう嫌われていたみたいね」
こうしている間にも、外の戦いから避難してきた兵やそれを追ってきた奴隷達で中はだんだんと混乱が大きくなってきている。
「ディサクスは?」
辺りで飛び交う悲鳴と怒号で、大きな声を出さないと近くにいるアレヴェルにも聞こえない。
聞きながら、神殿の中を見回す。辺りはカオスになっていた。頭を石で殴られ、倒れ込む兵。奪われた自分の槍で体を貫かれる兵。血と、汗と、吐しゃ物の臭い。
「あそこ!」
イルラナは、祭壇の方を指差した。
真っ白く塗られ、聖地な花や流れる水が彫り込まれている祭壇の横に、王の姿。
「待て!」
アレヴェルは叫んで走りだした。イルラナも後を追う。
人波がジャマになりイルラナには見えないが、ディサクスは壁際で手を動かす。何か仕掛けがあったのだろう、タイル張りの壁が横にスライドし、祭壇の後へ隠された。薄暗い通路が現われた。
「あれが月の棟への入り口……」
呟くアレヴェルの声を耳にして、イルラナは何とも言えない不気味さを感じていた。
何だか、おびき寄せられているような気がする。そもそも、こうやって王を追い詰められるなんて、うまく行きすぎじゃないか?
素早く後を追おうとしても、辺りは戦場状態だ。倒れてくる人を避け、倒れた者をまたぎ、たまに切り掛かられそうになって、ようやく祭壇にたどりついたとき、そこにディサクス王の姿はなかった。
祭壇の横の通路は、まだ隠されていなかった。
「むこう側から鍵でもかけたかと思ったのに」
「『ついてこい』ってことだろ。俺達をおびき寄せて何とかするつもりさ」
アレヴェルは振り返って、軽く首をかしげた。
「お前も行くかい?」
「当然でしょ」
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