紅蓮の艦隊 -the Great Battleship of Scarlet Fleet- (改稿版)

王叡知舞奈須

プロローグ:懐かしい日々の記憶


二〇三三年 三月

 茨城県 某市


 並木の桜が咲き始めていた河川敷。

 嫌だ嫌だ、と駄々を捏ねる少女と、それを宥める少年の姿があった。

「しょうがないよ……君のお父さんも仕事なんだし」

「わかってるよ! だけど……!!」

 堪えているつもりなのだろう、しかし彼女の目から思いっきり涙が溢れていた。

「それに、横須賀もいいところだよ、きっと。……まぁ、ここからだとすぐ会いには行けないけどね……」

 彼女の涙を拭ってやりながら、そう言って宥めた。

 彼もまた泣きたいのを必死に堪えていた。

 それだけ、彼にとって彼女は、彼女にとっての彼は、掛け替えのない存在になっていたのだ。



 その後は、他愛もない話をし合っていた。

 寂しさを互いに拭い合う様に。


 だが、終わりの時は訪れてしまう。



 その別れ際のことだ。

「また、いつか会おう」

「───!」

 少年が言ったその言葉に、少女は満面の笑みを浮かべ、

「……うん!

……絶対だからね! 約束だよ!」

 窓から顔を出してそう叫んだ。

「うん! 約束するよ───」

 そう言って少年は、笑顔で彼女を見送った。彼女の名を呼びながら───




「……ぅ、ぃ……────ん……?」

 自らが言いかけた寝言で、少年は目を覚ました。

 それなりに整ってはいるが、まだ幼さが残るせいか少女に見間違われることもある中性的な顔立ち。

「……あれ……?」

 夢か、と気付いた時には、彼の眼差しは僅かに憂いを帯びた様に影が落ちた。


 電車の中。窓から外を見ると、乗っていた電車が市街地を走っているのが分かる。

 それと見ていた夢の余韻に浸りながら、少年は少し重めの溜め息を吐いた。

 夢の中の光景は、彼がまだ九歳だった頃の記憶だ。

 何故今さら───?

 彼がそう思ったその時、車内でアナウンスが響く。

『まもなく、横須賀、横須賀。

御出口は───』

 あぁ、そうか。



 二〇四一年 四月六日


 一九四一年に天皇制による最後の政策として施行され、成立した新国家〈大日本共和国連邦〉。

 建国間際にソビエトの宣戦布告により〈極東亜細亜戦争〉が開戦する波瀾に襲われるも、それに勝利して以来、この国は約百年もの間、曲がりなりにも平和が保たれていた。

 その制定から百周年を迎える年、それを記念としてとある艦艇の見学会が執り行われることになっていたその日。


 駅のホームに着いた電車から降り、愁いを胸に仕舞ったその少年───有本僚ありもとりょうは、澄み切っていた蒼穹そらを仰いだ。

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