春の雪

春の雪

駅前の犬

毎朝同じ時間に無理やり目を覚まし、同じ時間に家を出て、大概同じ時間に信号待ちをする。はいこのタイミングで、青。もう間隔さえわかる。

反対側で信号を待つ人々も同じタイミングで歩き出し、風を連れてすれ違って行く。

そうして辿り着く最寄駅への入り口のそばには、いつも散歩中のあの犬がいる。

地下へ急ぐ人間たちを横目に、手足を伸ばし両耳をも地面に投げ出しながらじっと寝そべる、あのハッシュパピーが。

私はいつもあの犬のようになりたかった。

あの犬はまるで、同じ世界に存在する生命ではなかった。あの犬と私たちの間には何次元もの壁があり、それらが凝縮されて透明になっているだけのように見えた。

あの犬のいる場所へ、私はいつまでも行けなかった。


勤めていた会社を辞め、毎朝同じ時間に起きる事も同じタイミングで信号を渡る事もなくなった今でも私はふとあの犬を思い出す。

じっとこちらを見ていた、あの黒い目を。

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春の雪 春の雪 @___haru_17___

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