第109話 ティアドロップ
「ということがあったそうですよ相良さん」
「へぇ~泣いてたね~」
どうにも桜井敦のイメージと合わない交番勤務の巡査の話。
花田は嬉しそうだ。
「だから、感情の死んだ少年なんかじゃないんですよ敦くんは」
また『くん』を付けて呼び出した花田。
(どうにもイメージじゃないんだよな~)
「お父さんを、どうこうしようなんて気は無かったんですよ」
「はいはい」
交番で警らに行った巡査の代わりに留守番がてらお茶を飲んでる相良と花田。
壁に掛けられた小さな長方形の鏡に目をやる相良。
(反射ねぇ~)
タバコを咥えて立ち上がり、無精ひげの生えたアゴを鏡の前で擦ってみる。
「鏡ってのはさ、左右反対に写るだろ」
「そうですね」
「本来さ、こう鏡って見ながら作業するには向かないと思うんだ」
「あ~眉整えたりし難い時はありますね、こう指の動きがね」
相良の脇に立って鏡を覗く花田。
「つまりさ、自分の顔を左右逆に見ているわけだろ」
「はっ?」
「こうしてさ」
机の書類で顔の半分を隠して鏡を見る相良。
「で、反対にしてみると…なんだか別人に見えないか?」
「はい?」
「つまりさ、俺達の知っている自分の顔ってさ…左右逆の顔なわけ」
「あーそうなりますね、写真でも」
「うん、だからさ、自分の顔なんて知らないのさホントはね、自分の顔が一番見えないものなのかもね」
「なんの話です?」
「鏡の話さ…桜井敦の話」
「はぁ」
「そして何より不可解なのは…」
ぶら下がった鏡をクルッと裏返して花田に鏡の裏側を向ける相良。
「鏡の裏側の話…だよ」
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