【君の声編】漫画シナリオ版〜再会〜

 仕事を辞めた次の月、春香はお給料の受け取りのために勤務終了後の事務所に呼ばれたが……後日、お給料が間違って多く入っている事に気付き、所長に返したいものがあると電話したが、もう来るなと言われる。


 どうしても返したかった春香は、事務所が休みの日に直接ポストに入れることにした。

 悠希のクマのぬいぐるみも入れようとしたが、なぜか涙が出て入れられなかった春香は、クマを洗濯しお守りにすることにした。


 その後、無事に子供を出産して忙しい毎日に追われていたが、色々な偶然が重なり急に引っ越しをすることになる。

 慌てて準備していたからか……大事にしていた日記帳と悠希のクマは荷物のどこかにまぎれてしまった。


 子供が生まれて外出できるようになった頃の7月7日。

 子供と二人で七夕祭りに来ていた春香は、ふとしたきっかけで今日が悠希の誕生日だという事に気付き会いたくなる。


 電車とバスに乗りデイサービスに向かった春香だったが、既にカーテンが閉まっていて帰りの送迎に出た後だった。

 春香は昔みんなで一緒に桜を見た公園のベンチに座って、一人空を見上げる。

 黄昏に向かう夏空は、今にも泣き出しそうな色をしていた。


 忙しい毎日に追われていた秋のある日……春香の携帯がワンコールだけ鳴って切れた。

 着信履歴にあったのは思いもしない悠希の名前だった。


 驚いた春香は洗い物をしていた水たまりの中に携帯を落としてしまい、修理に向かったが直ることはなく……そのまま機種変更をすることになった。


 数少ない悠希との思い出の写真やメールも無くなってしまった春香は、着信履歴も見間違い……気のせいだと思うことにした。


 それから何日か経ったある日……秋祭りの花火大会の記事を見つけた春香は、謎の着信があった日は花火大会の日で、いつかの約束を守ろうとしてくれたのだと気付く。


 そんな自分の不甲斐なさに落ち込む春香に思わぬ依頼が来る。

 以前作った曲を投稿したサイトから、新しいゲームに既存の曲ともう一つ新しい曲を使用したいとのメール……


 頑張ろうと思っていた矢先、偶然ケアマネ事務所で顔見知りだったヘルパーに会い、悠希が結婚する事を知る。


 春香は、意を決して『君の声』という曲を作り、想いを終わらせようとするのだった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 目を覚まし、現実に戻った春香は今までの回想の中で、なぜかこれが最後になると分かるデジャヴの真実と不思議な声の正体に気付く。


 実は、不思議な声は悠希のクマの声で、不思議なデジャヴは悠希のクマが近くにある時にだけ起きていた。


「過去の記憶は未来にいき……今の記憶は過去の自分に流れ込む……」


 そのことに気付いた瞬間、未来の記憶が流れ込んでくる。

 会えない未来を知った春香が日記を破り捨てようとしたその時……


『まだ間に合う……』という悠希のクマの声がして、思い出の中で見つけた悠希に会える最後の方法に気付く。

 そして、もう一度だけタイムリープしで奇跡のような約束をする。


 それは、いつか一緒に見た映画の題名と同じ『手紙』という方法……


 実は、最後のお給料を受け取りに行った日は悠希の誕生日前日だったので、代わりに渡してもらうプレゼントに入れるための手紙を過去に書いていた。


 これから起こることと未来が見えた春香は、手紙の最後に一言だけ書き加えた。


『50年後の七夕……あの公園で逢いましょう。』


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 もう一度目を覚ました春香は、日記とお揃いのクマをお菓子の缶の中に入れ、ある場所に埋めた。

 ある時まで開けることがないよう、自分だけが分かる暗号で書いたメモをある場所に入れて……〈最後の日記編で明かされる〉


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 手紙を書いた日から50年後の7月7日……

 約束の日を迎えたものの時間を決めていなかったので、昼過ぎから約束の公園で待つことにした春香は、いつか座ったのと同じベンチで懐かしい日記を読みながら、今までの人生のことを静かに思い出す。


 あっという間に時間が過ぎていき、黄昏に向かう夏空は残酷で、暗さが増す度に「諦めろ」と言われている気がした。


 夕暮れの光が消えていく……


(やっぱり会えないか……)

 ある物と日記をカバンにしまい、思い出を握り締めながら、諦めて家族の元に帰ろうと立ち上がった瞬間……


 春香は名前を呼ばれた。


 振り返ると、公園のベンチから見える横断歩道の向こうに、懐かしい笑顔の悠希が立っていた……


 悠希は春香の名前を叫び駆け寄ろうとしたが、信号が変わり大型車が通り過ぎる。

 ……と、さっきいたはずの場所になぜか見当たらない……

 信号が変わり駆け寄ってみると、春香はベンチの前に倒れていた。


 急いで抱き起こして名前を呼ぶと……

 力なく目を開け微笑みながら春香は言った。


「あの時は……ありがとう…………やっと……言えた……」


 なんとも言えない気持ちになり、思わずギュッと抱き締める悠希。

 春香はゆっくりと右手を伸ばし、悠希はその手をとった。


「……ありがとう……それと……」

「誕生日…………

おめでとう……………………………………」


 そう言って春香は目を閉じた。

 握り締めていた手は温かかった。

 握り直した瞬間、手の中から何か落ちた。


 それは昔、春香から貰い、回収されてしまった悠希のクマのぬいぐるみだった。


 悠希の誕生日は春香の命日になった。


 後日、救急搬送をした縁で招かれた葬儀が終わった後……

 孫だという高校生位の女の子から「お世話になったお礼です」と紙袋を渡される悠希。


 話の流れから名前を尋ねると……

 春香の孫も漢字まで同じ「はる」という名前だった。


 家に帰り、貰った紙袋に入っていた音楽データの曲をかけながら春香の日記を読む悠希。

 驚きと幸せと何かの感情が込み上がり、涙で文字が見えなかった。


 胸ポケットの中から最期に貰った誕生日プレゼントのクマを取りだし、そっと握り締めて今までの事や春香が最後に何かを伝えようとしていた事を思い出す……


 声になっていなくて分からなかったが、クマをもう一度握り締めた瞬間……


 春香の声が聞こえた気がした。


「誕生日おめでとう」の後の言葉が……


「…………僕もだ……」と涙を流す悠希。

 

 二人は一度もお互いに「好き」という言葉を言わなかった。

 だけどそれ以上の何かで通じ合っていた。


『君の声』という曲を聞いて何度も思い出した。


 名前を呼ばれて振り向いた時の、泣きながらだったけれど、今までで一番の春香の笑顔を……


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