第40話■最後の日記⑤~涙の理由~


○年○月○日

今年は経営難からか会社全体での新年会がなかったから代わりに仲良いメンバーでカラオケに行った。

久し振りだし、ドラマやアニメの歌で盛り上がって楽しかった。

割り勘の金額が思ってた金額と違って計算に戸惑っていたら、結局私の分はおごってもらってしまった。

もしかして明日誕生日だからプレゼント代わりだったのかな?

恥ずかしかったけど、初めて『手紙』のエンディング曲の『BIRTHDAY』を歌った。


終了時間が迫る頃……悠希くんが私が好きな『雨音~あまおと~』を入れたから一緒に歌った。

ワンフレーズずつ交代で歌うのは楽しくて、久し振りで嬉しいはずなのに……

歌っている途中不思議な感覚がして、いつの間にかハモりを歌いながら泣いていた。

必死にこらえながら歌って誰にもばれなかったけど……

これが最後のカラオケになるってなんで思ったんだろ……


(あの時の歌声が今でも浮かんでくるよ……二人で歌ったやつも下手くそだったけど、息とハモりはぴったりだったよな)



○月○日

今日は雪が降ってたから、訪問に行く途中に自転車で滑って転んだ。

雪の上だったから怪我はなかったけど……

最近本当に寒い。

事務所の暖房もあんまり効いてない気がするし。

残業もしなきゃでつらいけど、悠希くんが一緒に残ってる日って不思議とあまり寒くない気がする。

暖房温度同じだし、気のせいだと思うけど……なんだろう……なんか幸せ。


(なんか……嬉しい)



○月○日

今日はバレンタインデー。

旦那には手作りチョコ……悠希くんには前にあげたのと同じ、クマのミニ紙袋シリーズのチョコをあげた。

直接渡すのが何となく気まずくて、訪問でいない間に机に置いてきちゃった。

喜んでない顔見るの嫌だったし……

彼女いるからコンビニで買える定番の義理チョコの方がよかったかな。

なんで同じシリーズのあげちゃったんだろう……昔と全然違うのに……


(貰って喜ばないわけないだろう……素直に言えないけど)



○月○日

今日はホワイトデー。

お返しは期待してなかった。

絶対くれないと分かっていたから。

だって今日は悠希くんの彼女の誕生日だから。

大切な日に彼女以外の……しかも私になんてくれるはずがない。

分かってたけど心が痛い……

帰ろうと事務所を出る時、いつもより時間をかけて靴を履いている自分がいた。

前に玄関先で「ラーメン本当に行かないのか?」としばらく立ち止まっていた彼の気持ちが少し分かった気がした……

でもこれで何か吹っ切れた。

明日からも仕事頑張るぞ!


(あの帰り際、そんな風に思っていてくれてたなんて……やっぱりあの時…………)



○月○日

今日は会社の合同お花見会だった。

今年の桜は特に綺麗……

風に舞う花びらのピンクと空の青さは、表現しきれない程美しくて景色だけで泣けてきた。

思わず隣にいる悠希くんに「また一緒に見よう」って叶うことない約束をしてしまった。

叶わないって思ったのは一瞬変な夢を見たから……

これが最後のお花見になるっていう変な夢……

悠希くんに飲み物を頼みそびれたのに、私がジンジャーエール好きだったことを覚えててくれて嬉しかった。


(叶わないって知っていた?……なんで?)



○月○日

今日休憩中に所長が、悠希くんが小学生だった頃の写真を見せてくれた。

あんまりかわいくて、これがどうしてこんなに生意気になるのかと見比べてしまった。

迷子になった話や名前の由来とか色々聞いて面白かった。

やっぱり希望って漢字は意味も響きも素敵だな……

未来がある気がする。

私も希望が入ってる方の名前がよかったかな……

悠希くんと話していたらアダ名が同じだったことが発覚して、所長に「結婚したら一文字違いの夫婦漫才」とからかわれて焦った。

それと悠希くんが高校生だった時、私が大学の頃によく行っていたファミレスでバイトしてたって聞いて本当にびっくりした。

しかも同じ頃に……

もしもあの時…………


(あの時なんだ?……何なんだ?…………)



○月○日

今日糖尿病の利用者さんのデイに持って行く用の食前薬と食後薬の袋の中身が丸ごと入れ替わる事件が起きた。

赤ペンで目印をつけておいたから間違って飲むことがなくて本当によかった。

けど目に焼きついた光景から私の入れ間違いでないことは断言できる。

所長に謝らないなら辞めろって言われたけど絶対に嫌だ。

明美ちゃんもヘルパーの逆恨みだって気付いたみたい……

思い出したくなかったのに、前の職場のことを思い出した。


恋愛がらみの逆恨みで、どんどん怖くなっていった先輩のこと。

理不尽な残業を強いられ、休憩もなしでロッカー室で倒れたこと。

一緒に残業してくれたり、電話で何度も励ましてくれたアイツのこと。

弟みたいに思ってたのに……突然の言動にどうしていいか分からず逃げてしまったこと。

先輩が運転する送迎車の添乗中、単独事故で左腕を怪我して上がらなくなったこと。

右腕で仕事をしていたけれど、嘘の報告書のせいで大げさに痛がってると笑われたこと。

先輩のトドメの一言で心も壊れ、会社にも居づらくなり結局退職するはめになったこと。

そして…………

あんな終わり方は嫌だ。

また同じことを繰り返すのは嫌だ。

反対のこと……しなくっちゃ……


(あの時に聞いた話は、この一部だったんだな……笑顔でする話じゃないだろ……)



○月○日

今日は朝から雨。

カッパ着て自転車に乗ってたら、急に懐かしくなって『雨音』を口ずさんだ。

雨だったから誰も聞いてないし見てなくてよかった。

残業中、悠希くんに………………


……やっぱり書けないや。


(あの日の日記…………あのことは書いてない……)



○月○日

あれから悠希くんと気まずいというか、なんか無視されている気がする。

前みたいに普通に話したり、普通に仕事がしたいのにな……

苦しくなって悠希くんのことを明美ちゃんに相談した。

もちろん直接的な表現はしなかったけど……

なんだか明美ちゃんとも気まずくなっちゃった……中途半端に言わなきゃよかったな……


(明美に言ったのか……あいつおしゃべりだから……)



○月○日

最近特に所長が私に対して冷たく意地悪になってきた。

何かミスをしてというなら分かるが、悠希くんがいる時は特に理不尽に怒られる。

もしかして明美ちゃん……

所長にあのこと言っちゃったのかな……

私に早く出ていけってことなのかな……


(あの時はごめんな……庇ってやれなくて)



○月○日

子供ができて辞めることになってから更に話すことのなかった悠希くんが、今日は珍しく話しかけてきてびっくりした。

「どうせ戻ってくるんだろう?」って……

嫌われ者の私は絶対戻れないんだってば……

休憩中に悠希くんの携帯を偶然見ちゃって本当にびっくりした。

昔ふざけて撮った私の寝顔写真……

なんでとってあるの?

ずっと前にいらないから消したって言ってたのに……


(アレを見られてたのか…………めちゃくちゃ恥ずかしい……)



○月○日

今日は職場最後の日。

朝から所長に嫌味を言われてたら、悠希くんが庇ってくれてびっくりしたのと嬉しいので泣いちゃった。

休憩中に「ありがとう」と言いたかったのに……

言葉にしたら涙が止まらなくなって彼の胸に飛び込んでしまいそうで言えなかった。

あの写真のことも結局聞けなかった。


出産祝いや手紙をくれたヘルパーさん達や事務所のみんなにはお礼を言えたけど……

悠希くんにだけ花束や今までのお礼を言えなかった。

唯一できたのは私のせいで彼が嫌われ者にならないように、机の上のクマを回収することだけ……

「誰かに何か聞かれたら今度こそ捨てたって言うんだよ」だなんて……

なんでそんなこと言っちゃったんだろう……

自分でもよく分からない。

ただクマを握り締めた時、悠希くんの悲しそうな顔が見えた。

彼女の瑠美ちゃんから「職場の人とおそろいの物をなんでずっと持っているの? 外して捨ててよ!」と言われ、仕方なく職場に置くことにした彼の姿が見えた気がした。


(…………なんで知ってるんだ?)



○月○日

もう辞めたんだし今週から仕事に行かなくていいのに……

自然といつもの時間に目覚めてしまった。

最後の帰り際の「バイバイ」って悠希くんの声がずっと耳に残っている。

どうして私は結局伝えたいこと、一番伝えたい人には伝えられないんだろう……

やっぱり「ありがとう」って言いたかったな……

もっといっぱい話したかった……

もっとそばにいたかった……

7月の手帳を見たら、最後のお給料日は偶然七夕だった。

会えるかな?

誕生日プレゼント渡しながら、今度はちゃんと「ありがとう」を言えるといいな……


(誕生日に来てくれるつもりだったのか……無理だから手紙を書いたって用があったからだと思ってた……)



○月○日

所長から電話があって、お給料を受け取りに行く日が七夕前日の勤務終了後になった。

机に置いておく悠希くんへの最後のプレゼントは、ケアマネの問題集にした。

けど、それだけだと訳が分からないから代わりに手紙を書いた。

本当は直接「ありがとう」って伝えたいのに……

もし誰かに回し読みされたらどうしようとか色々考えて、

何度も手紙を書き直してしまった。

結局誰かに読まれたとしても彼が困らない文章を書くのに半日かかった。

最後に「忘れないでね」……なんて、書いたら重荷になるだけだから消しゴムで消した。

こんな時にまで素直になれないなんて……

手紙を書いている途中に不思議な夢を見た。

そして気が付いたら『50年後の七夕……あの公園で逢いましょう。』と書いていた。

50年も先の約束なんて冗談、なんで書いてしまったんだろう……

もしかして子供が生まれてから見せに行くことになったりとかで、また会えるかもしれないのに……

バカだよな~と消そうと思ったけど、なぜだか消せなかった。


(あの手紙は何度も書き直して書いたものだったのか……50年後の約束なんて、最初は冗談だと思った……けどそれだけが僕の希望だったんだ)



○月○日

今日は悠希くんの誕生日。

あの手紙読んでくれたかな?

手紙には書けなかったけど「ありがとう」の他にも浮かんだ言葉がいっぱいあった。


悠希くんと一緒にいるだけで、なぜか嬉しかった。

何も喋らなくても……寒い事務所でも……

一緒に残っていてくれてるだけで幸せだった。

大げさかもしれないけど、彼の「大丈夫だ」という一言が私を救ってくれた。

過去の全てを受け入れ、未来を信じさせてくれた。

だから前の職場の事故で怪我をしてよかった。

転職して悠希くんに会えたから……

寝られない程の痛みで助けてって泣いてた日々にも意味があったんだ。

私はそんな風に思える相手に出会えて幸せだ。

もしかしたら私はずっと……

悠希くんのことが好きだったのかもしれない。

今さらそんなことに気付いても遅いけど……


(なんだよそれ……怪我してよかったってバカだろ……ずっと好きだったってなんだよ……)



○月○日

今日、夢に悠希くんが出てきた。

夢の中で悠希くんが泣いていた。

「どうしたの? なんで泣いてるの?」って聞いても聞こえないみたいで、

膝を抱えてずっと下を向いたまま……

悠希くんが私のことで泣くわけないけど、

ふと……名前を呼ばれた気がした。

気のせいだよね……


(夢じゃない……気のせいじゃない……呼んでたんだよ、現実で……)



○月○日

最後のお給料を確認したら、明細より少し多い金額が封筒に入っていた。

一日早くした分、所長が焦って小銭を入れ間違えたんだと思うけど……

早く返したい……

少額でも不正なお金を受け取ったら、あのヘルパーと同じになるような気がして嫌だから。

でも所長に正直に言っても「その位くれてやる」とか言われて受け取ってもらえないだろう……

だから私は、返したいものがあるって曖昧な表現で電話した。

だけど所長に「もう来るな」と言われてしまった。

だったら間違えないで欲しかったな……

こんなことになるなら悠希くんに伝えたいこと、

ちゃんと手紙に書けばよかったな……


(だから退職後、一度も職場に来なかったのか……)



○月○日

今日は事務所が休みの日。

やっぱり間違ったお給料を返したかったから、外出ついでに事務所のドアポストに入れることにした。

変なことを言って回収しちゃった悠希くんのクマも一応一緒に持って行った。

でもドアの前で封筒に入れようとした時……なぜか涙が出た。

「ダメだ……」って誰かに言われた気がして……やっぱりやめてしまった。

どうせ会えないのなら、身代わりに思い出の品だけでも持っていて欲しい……

とも思ったけど、そんなの私のわがままで今さら返したら迷惑になるもんね。

大体、彼のために回収したなんて嘘……

彼の手から捨てられることが怖かっただけだ。

悠希くんの机のクマが寂しそうに見えたのだって、彼女とのことだって全部、

私の思い込みなのに……


クマ達は洗ったらキレイになった。

私のは元通りカギにつけ、悠希くんのクマは……お守りにすることにした。


(あのクマをお守りにしてくれてたんだ……なんか嬉しいような寂しいような……)



○月○日

今日テレビで悠希くんと一緒に見た映画がやっていた。

やっぱり感動して泣いちゃった。

今なら主人公達が言った言葉の意味がよく分かる……

離れ離れになった後のセリフが、私が思っていた想いと同じだった。

まるで代わりに言ってくれてるみたい……

彼の方は同じように思ってる訳ないって分かってるけど。

悠希くんも見てるかな?

せめて一緒に見たこと、少しでも思い出してくれてたらいいな……

エンディングを聞きながら「泣いてたでしょ」って言葉を思い出して、一瞬彼と心が繋がった気がした。

もちろん気のせいだけど……


(…………めちゃくちゃ思い出してたよ……)



○月○日

今日はなんか外で音が聞こえるな~と思ったら……

住んでいるマンションから遠くの方に小さな花火が見えた。

秋に珍しいなと思って調べてみたら、時期や場所的に、前に悠希くんが話してた秋祭りの花火っぽかった。

一緒に見たかったのに遠いな~

花火が大好きで、前は遠くに上がる花火でも喜んで見ていたはずなのに……

あの花火の下に彼女と笑顔でいるんだろうなと思ったら、

たまらなくなってカーテンを閉めた。

見たかったのはこんな花火じゃなかったんだけどな……


(本当は…………本当は一度でいいから一緒に…………見たかったんだ……)

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