第33話○約束の日


 手紙を書いた日から50年後……

 7月7日は晴れの日だった。


「行ってきますね……」


「どこ行くの?」

 娘が怪訝な表情で聞く。


「……秘密」


「1年前のこともあるし、あんまり遠出しないでよ~母さんはすぐ無理するから心配なんだから……」


「分かりましたよ。心配してくれてありがとう……私は幸せ者だわ」


「おばあちゃん出かけるの? 気を付けて行ってらっしゃ~い」


「行ってきます」

 孫の頭を撫で、私は出かけた。


「おかしいわね……行き先も言わないなんて……」


「まあまあ。今日は七夕だし、きっと彦星にでも会いに行ったんじゃない?」

 孫が冗談めかしてなだめている声が、外に出てから聞こえた。


 約束の日を迎えたものの時間を決めていなかったので、私は早めに家を出て、昼過ぎから約束の公園で会えるか分からない相手を待つことにした。


 いつか座ったのと同じベンチで懐かしい日記を読みながら、今までの人生のことを静かに思い出す。


 今日までの時間、どれだけ長い歳月が流れたことか……

 私を愛してくれた大切な人達は、私を置いて旅立ってしまった。


 もしかしたら彼もこの世にいないのでは……急に不安になってきた。


 よく考えたら手紙自体を読んでいないかもしれない……


 色々な考えが巡り、結局一番可能性が高い答えに辿り着いた。


「そもそも私のことなんか……忘れてしまっているよね……」



 何時間経ったのだろう……段々と日が落ちてきた。


 見上げた空は、かつての色よりだいぶ濁っていた。


(みんなで見た……桜と一緒に見上げた空は綺麗だったな……)


 目を閉じると今でもその透き通った青さが浮かんでくる。

 二度と戻らない大切な時間……


 いつかの七夕の時と同じ、黄昏に向かう夏空は残酷で、暗さが増す度に「諦めろ」と言われているように感じた。


 夕暮れの光が消えていく……


(やっぱり会えないか……)


 ある物と日記をカバンにしまう。


 思い出を握り締めながら、諦めて家族の元に帰ろうと立ち上がった瞬間……



 私は名前を呼ばれた。


 私がずっと待っていた声……


 振り返ると、公園のベンチから見える横断歩道の向こうに、懐かしい笑顔が立っていた……

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