第26話○お守り
仕事を辞めた次の月、私は所長に会いに行かなければならなかった。
今時珍しく自動振り込みでないお給料を受け取りに行かねばならなかったからだ。
毎月手渡しだったが、辞めてしまったので受け取りのために一度だけ事務所に呼ばれた。
「こんばんは」
「…………」
最後のお給料を受け取ったお礼を言っても相変わらずの所長の態度に居たたまれなかった私は、長居はせずに用だけ済ませて事務所を後にする。
(最後くらい明るく終わろう……)
「……どうもありがとうございました!」
まるでまた明日来るんじゃないかという明るい雰囲気と挨拶でドアを開け、外に出た。
(いつかまた来られたらいいのに……)
後日、会社に返すべきものがあることに気付き、所長に連絡したら「もう来るな」とのことだった。
嫌われ者の私は、事務所に行くことも彼に会うことも永遠にできない存在になった。
ただどうしても返したかったし郵便で送れるものではなかったので、封筒に入れて事務所が休みの日に直接ポストに入れることにした。
(なんでこんなことしてるんだろ……)
私は彼にも返したいものがあった。
変なことを言って回収してしまったクマのぬいぐるみだ。
(あげた物を回収するってないよな~)と思い、一緒に封筒に入れようとしたが……
なぜか涙が出て手が止まり、入れられなかった。
(今さらいらないよね……彼が変なことを言われるはめになるし)と結局返すのをやめた。
でもそれは自分に都合のいい言い訳だった。
本当はいつか彼が私のことを忘れ、彼の手から思い出のクマが捨てられるのが怖かっただけだ。
せめてぬいぐるみ達だけでも一緒にいられるように……と心のどこかで願っていたのかもしれない。
お揃いのクマは黒くなっていたので、洗濯したらちょっとだけキレイになった。
自分のクマは相変わらずカギにつけ、もう一つは……お守りにすることにした。
その後無事に元気な子供を出産し、忙しい毎日に追われていた私は、色々な偶然が重なり急に引っ越しをすることになった。
泣く子供をあやしながら慌てて準備していたからなのか……
大事にしていた日記帳と彼の誕生日が刻まれたクマのぬいぐるみは、引っ越しの荷物のどこかにまぎれてしまった…………
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