第20話○恨みの矛先


 私がケアマネになって2年目の頃。

 担当していた複数の利用者の方から、あるヘルパーに対するクレームが次々に上がった。

 そのヘルパーというのは、系列訪問介護のヘルパーで年数的にはベテランにあたる。

 前々から言動が気になっていたが、最近特に言葉遣いや対応が冷たい上に決まった時間より早く帰るなど態度がひどいので違う人に交代して欲しいとのこと。


 依頼した時間より早く帰るなんて以ての外で、正規の時間で申請をしてお給料を貰っていたとしたら利用者だけでなく国にも会社にも不正請求にあたる。


 本来は所長から厳重注意をするところだが、ヘルパーの怖い雰囲気に気圧されて一向にしないのでケアマネとして私が注意した。


 ケアマネージャーの役割は様々だ。

 利用者の方が自分らしく生活できるように何が必要かを把握し、ニーズに添ったケアプランを作る。

 そしてサービスが適切に行われているかをモニタリングして体調の変化なども小まめに把握し、関係機関に伝えていく。

 いわゆる介護サービスのまとめ役、連絡調整役だ。

 まだ新米で知識も経験も少ない私は、せめて日常の悩みが相談しやすい……何かあったら利用者さんの味方でいられるケアマネになろうと心掛けていた。


 そのヘルパーは、新米ケアマネの言うことなど右から左という感じだった。

 注意をした後も同じことを繰り返すなど、改善の余地がみられなかったので、やむなくヘルパー交代の手配をした。

 複数の利用者分の仕事が一気に減ったことへの恨みが徐々に私に向いていったのだろう。


 ある日、事件が起こった。


 私が病状確認のため受診同行した糖尿病の利用者さんの食前薬と食後薬が入れ替わるという、体調に関わるあってはいけないミス。

 貰ってきた薬をデイサービスに持参する用に食前・食後を分けて入れて置いた袋の中身が、なぜか丸ごと入れ替わっていた。


 糖尿病薬は本来決められている服用方法を飲み間違えると、低血糖発作を起こして昏睡状態に陥る場合もある。 

 私が間違えたのだろうと元同僚のデイの職員から厳しく注意されたが、私はやっていないと断言できた。

 間違えないよう食前薬につけた赤ペンの目印と袋を何度も確認し、合っている場面が目に焼き付いているからだ。

 赤ペンを引いたおかげで間違って服用することがなかったのが不幸中の幸いだ。


 事実を伝えると、所長から「やったかもしれませんと謝れ! できないなら辞めろ!」と言われた。

 ……が、私は利用者さん達の顔が浮かび、途中で投げ出すことはできなかったので、「やってないことに謝ることはできませんし辞めません!」と啖呵を切った。


 おかしいと思って調べると、事件の前日に例のヘルパーが利用者宅の担当になっていることに気が付いた。

 たまたまヘルパーに会った同僚は「そう言えば昨日様子がおかしかったのよね……」と言う。


 利用者さんは一人暮らしで片麻痺と認知症もある方で、デイサービスに持っていく用の薬は自分で動かすことができない位置にある。

(だとしたら……まさかあのヘルパーが?)

 今まで働いてきた中で一番の怒りが込み上げて、今度こそ所長に注意してもらおうと思ったその時……

 ほぼ同時にそのことに気付いた同僚が言った。


「ハルちゃんは恨み買ってるもんね~」


「………………まただ……」


 私は恨みという言葉を聞いて震えが止まらなかった。

 自分の知らないところで確かな悪意が向けられる恐怖感には覚えがあった。


 ふと、前の職場のことを思い出した。

 系列デイではなく、その前に勤めていたデイサービスのことだ。

 当時施設長になっていた女の先輩から恋愛がらみの完全なる逆恨みをかい、深夜残業や休憩なしの状態を強いられて倒れたこと。

 色々あって身体を壊し、結局退職するはめになったことを思い出した。


(上司の機嫌を損ねたらまた同じ……事実を伝えても証拠がない……)

 トラウマによる震えが止まらない。

(所長に人のせいにするなと言われるだけで、また理不尽に辞めることになるのでは……)


 私の心は完全に折れていた。

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