第44話6.残された……想い

 白く立ち上がる煙

 その日秋田は冬にも関わらず雨が降っていた。

 斎場には大勢の人が最後の別れを惜しみ訪れていた。


 僕は今、秋田に居る



 救急車で運ばれ病院に搬送される。


 心拍は……

「戻りません」

 救急隊は懸命に心臓マッサージを施し病院まで搬送した

 救命の医師達も懸命に心臓マッサージを施した。

 されど……

 心電図のハートラインは戻る事は無かった。


 15時21分……死亡確認

 重く冷たい言葉が処置室の中に響く。

 処置を懸命に施した医師が、連絡を受け駆け付けた母親に告げられる。

「最善の処置を施しました。ですが……まことに残念です」


 僕が連絡を受けたのはそれから2時間ぐらいが過ぎた後だっただろうか。

 医局に戻った僕に笹山医師が

「杉村さっきからお前のスマホ鳴りっぱなしだぞ。うるさくてかなわん何とかしろ」

「す、済みません」

 急いでロッカーのスマホを取り出し見た。

 知らない電話番号からの着信が何度もあった。

「どこからだろう……身の憶えのない電話」

 そしてメッセージが一件SNS に着信されていた

 歩実香からだった


「クリスマスプレゼントなにがいい?」

 クリスマスかァ、プレゼントは僕が歩実香に送らないと。もうこれは僕に対する歩実香のおねだりなんだろう。

 思わず フッと微笑む。


 そして……着信音が再びなる。


 この電話は取ってはいけない電話だった。

 その声は小さく震え濡れているかのような女性の声だった。

「もしもし、杉村将哉さんですか?」

「はいそうですが」

「ようやく、ようやく……」その声には聞き覚えがある

「私、奥村秋穂おくむらあきほです。花火の時の……」

 蘇る記憶。大曲の花火の時歩実香の車を彼女の自宅の庭に止めさせてもらった事を……歩実香の親友で同じ職場に勤める看護師」

「ご無沙汰しています。いろいろとお世話になりまして」


「……将哉さん……歩実香が、歩実香が……」


 一瞬目の前に映るすべてのものが揺らぎゆがんだ


 その後彼女の泣き叫ぶような声が耳にこだまする。

 呆然としながら手を降ろし耳からスマホを離した。

「杉村、どうした? 顔色悪いぞ」

 笹山医師がその異変に気付いたかのように訊く

「歩実香が……歩実香が事故で……死んだ」

 うわごとの様に口にした

 ガタン、物凄い勢いで笹山医師が座っていた椅子を跳ね除け立ち上がる。

 ただその言葉を受け入れらず、ただ茫然と立ちすくみ、体をこわばらせている僕に

「何ぼさっと立ってんだよ。しっかりしろ杉村将哉」

 笹山医師は時計を見て

「まだ秋田に行く手段はある。行け! 杉村……早く」

 その言葉にハット我に返り僕は

「済みません……」一言そのことばを残し取るものも取らずに病院を後にした。

 タクシーに乗り東京駅に向かおうとした。車は渋滞に巻き込まれ動かない。

 スマホがまた鳴った。

 笹山医師からだった。

「羽田に迎え、秋田行きの最終便まだ席に余裕がある。新幹線よりも早く着くだろう」

「あ、ありがとうございます……笹山先生」

「ああ、しっかりな、杉村。落ち着いたら連絡よこせ……それじゃ」

 電話は切れた。


 その場でタクシーを降り僕は駅へと走った。

 羽田空港に着き秋田行きのチケットを手にして僕は秋田に向かった。

 その時、時間の感覚はまるで氷に閉ざされた様に何も流れていない、そして僕はどうして今この飛行機に乗っているんだろう。すべての感覚が麻痺したように、自分を拒絶し始めた。

 この現実から逃れるために……

 すでに10時近くになっていた。

 歩実香の家の前に着き、その家の雰囲気ががらりと変わっている事に目を背けた。

 玄関に立ち「ごめんください」と言う。

 前にいたあの歩実香の家とは違う……違う感じが重くのしかかる。

「はい」とかそぼい声のおばさんの声が聞こえた。

「将哉です」玄関戸を開けずに僕はこたえる。

「将哉さん?」その声と同時に玄関が開かれた。

 消衰し切ったおばさんの姿が目に映る。

「忙しいのにこんなにも早くに来てくれたの。ありがとう……さ、上がって」

 次第に強くなる線香の香り。

 その姿を見るまでは僕は信じたくはなかった。

 通された一室に顔に白い布をかぶされ横たわる姿。

 長い髪が広がるように白いシーツに広がっていた。顔は見えないまだ歩実香だと言う事を僕は拒絶していた。

 その横たわる躰の傍にそっと座り、おばさんがそっと顔にかかる白い布を上げる。

 ゆっくりと、その、まるでいつもの様に寝息を立て寝ているかのように……

「まるで寝ているみたいでしょ。私、この子の寝顔が一番好きなの。本当に生まれて来た時から。最近はこうしてこの子の寝顔見る事なくなっちゃんだけど、またこうしてみられるのが……最後になるなんて」

「おばさん」

 静かに眠る歩実香を目の前にしているのに、なぜだろう涙は出なかった。それよりも悲しみさえ込みあげも来なかった。

「この子ね、小さな女の子を助けたのよ。居眠り運転で信号無視してきた車から。前に自分が事故を起こした時の事を思い出してとっさに動いたのね」

「前に事故?」僕は呟きおばさんに訊いた。

「この子あなたに何も話していなかったんでしょ。私も将哉さんには話さない様に言われていたから」

 傍に置いてあった歩実香の持っていたバック。そこから一通の手紙を取り出し僕に差し出した。

「たぶん、あの時、東京にあなたに会いに行った時、渡すつもりだったんだと思うの。私は中は読んでいないわ。あなた将哉さんあての手紙だもの」

 その手紙を受け取り、恐る恐る封を開け目に歩実香の文字を入れる。



 親愛なる将哉へ


 将哉、私壊れちゃった。

 私、意地っ張りでそれでいて自分で自分の心にふたを閉めてなんでも自分で決めつけちゃうわがままなところあるでしょ。

 それが私に隙を作っちゃってたのね。

 将哉に連絡を取る回数も自分で減らした。将哉に私が、私の想いだけで連絡したり電話するのは今、本当に頑張っている将哉のためにならないからって自分で決めつけちゃっていた。

 でも実際はすれ違う事多くなったよね。

 お互い学生時代とは違うんだって事今になってわかったよ。

 私が幼過ぎていたんだね。

 でも苦しくて、将哉の事を想うと本当に苦しくて、私は少しづつ壊れていったみたい。

 悪いことは立て続けに続いて、交通事故まで起こす始末。

 そして……私は、私の体は侵されてしまった。強盗に無理やり……

 もう私の心はその時何も無くなった。すべてが何かに流された後の様に何もなくなってしまった。

 その何も無くなってしまった私の心を同じ病院の真壁先生が手を差し伸べてくれた。

 そして私は将哉を裏切った。

 遠く離れている想いより近くにある温もりを私は求めてしまった。


 真壁先生はいつも私を優しく見守ってくれた。

 私は彼を利用した。私のこの心の中に何か支えがほしかった。

 でも私は気が付いた。

 こんなにも荒れ果てて何もなくなった私の心の中に、あなた……将哉の姿がある事に。

 その時から私は意地を張るのを止めようと思った。

 ほんとに求めているもの、本当に求めている人を私ははっきりとさせないといけないと思った。

 だから……今日あなたのもとに来ました。

 今の私の本当の気持ちはどこにあるのかを確かめるために。


 本当はこの事は私のがあなたに話さなければいけない事。でも、もし、話す事が出来ないとき、私はこの手紙を将哉、あなた渡して伝えたいと思い書いています。

 こんな事を今の将哉に知らせればどれだけあなたが傷つきそして……


 将哉……もう少し待って。

 私はっきりさせるから……将哉いつも私に寄り添ってくれて

 ありがとう


 歩実香


 おばさんが僕にゆっくりと話した

「前に私子宮を取る手術を受けたけど、その時物凄く悲しかったの。この子が宿し育った。私と一緒に過し成長したその子宮を失くすこと……この子も一緒にいなくなってしまうようで物凄く悲しかった。そ……それが本当になるなんて……」

 歩実香の手紙を持つ手が震える。

 一粒、二粒と涙が歩実香の手紙の上にこぼれだす。

「歩実香、ごめん……ごめん歩実香」

 静かに横たわる歩実香の躰にしがみつき僕は……声を上げて泣き叫んだ

 その冷たくなった……あの歩実香の暖かさを感じる事が出来なくなった


 その躰にしがみつき僕は、僕の涙で歩実香を濡らした。



 荼毘だびに付され歩実香は白い煙となりこの空に舞い上がった。



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