第10話3.晴れた気持ちはいつも
海は広かった。
ただ広かった。吸い込まれそうなくらい広かった。そんな海は自分の小ささを教えてくれた。
誰もいない……はずだったけど、後ろに人がいた。自転車に乗って黙ってこっちを見ていた。
若い男の子、私と同じくらいの年の子に私が涙流しているところを見られてしまった。
急に恥ずかしくなって
「何見てんの」とその子に言ってやった。
その子は何も返さずただ、黙って私を見ている。
ちょっと変な子だと思ったけど、その目はなんとなく優しく感じた。
「いつからそこに居たの?」
その私の問いかけにもその子は返事を返さなかった。いい加減何なのよと立ち上がると、彼は慌てて自転車をこぎだしてその場から立ち去った。
何処の誰だか分かんない、ううんその時私は見ていた、自転車に書かれていたお店の名前を。
「大島酒店」と書かれていたのを。
同じクラスの大島君。
彼は学校では影が本当に薄い。教室にいるときはほとんど話しをしない子だったからだ。
しかもよく学校を休んでいた。まだクラスに馴染んでいなかった私は、大島君であることをその時彼の顔を見ても思い出せなかった。
でも彼はよくこの防波堤の前を自電車で通った。
お店の手伝い、商品の配達の為。
ある日私は彼が自電車でこっちに向かっているのを目にして「大島君」と彼に声をかけた。その私の声に反応したかのように自転車は私の前で止まった。
「大島君よね、同じクラスの……」
彼は小さく頷いた。
「私の事知っているでしょ。同じクラスの蒔野巳美」
彼はまた小さく頷く。
私はちょっと気になって今日クラスの子に彼、大島和也の事を聞いてみた。
「大島?、ああ、ちょっと変わった奴だよあいつは。教室にいてもあんまり話したがらないし、一緒に何かしようともしない奴。
それに結構無断欠席してるし先生もさじ投げてんじゃないかなぁ」
誰に訊いても大島くんの事を良く言う人はいなかった。
ちょっと風変わりな不良という感じがした。
でも、あの時見た彼の瞳はそれを感じさせるような瞳ではなかった。
何となく暖かく感じたのは何故かはしらないけど。
それに何となく私に似ていると思った。いいえ、彼は本当の私と同じなんじゃないかと。
ここに転入してから、私はずっと演技をしていた。お母さんに心配をかけない様にするため。
お母さんが安心するから、私の事でいらない心配をかけたくなかったから、私は毎日学校に行った。
毎日普通の事のように思っているかのように。
でも本当は私も彼と同じでクラスに馴染んでいる訳でもなかった。
どちらかというと一人で居たかった、誰とも話をしたくはなかった。学校にも毎日行きたくはなかった。
でもお母さんが心配するから、お母さんに心配をかけるといけないから演技をしていた。
普通の高校生であるという演技を。
そして、溜まったものをこの広い海に投げ捨てていた。
だから、彼があまり話さないことをその時私はそれが彼の性格なんだと思っていた。
「毎日大変ね、お店の手伝い……あ、別に無理して声出して話さなくてもいいから。私知ってるから、あなたが喋らない事」
すると彼は自転車から降りてスタンドをたて私の居る防波堤に上って来た。
「話せねぇ訳じゃねぇんだ。ただ、話すのが面倒なだけだ」
真面目な顔で私の顔をしっかりと見ながら言った。真面目な顔で私に話を初めてしてくれた。
その顔があんまり真剣だったから思わず「ぷっ」と噴いてしまった。
「なんだよ。俺が話しするのがそんなにおかしいのかよ」
和也はちょっとひねくれた様に言う。
「だってそんなに真剣な顔して言う会話じゃないでしょ。こんな事」
和也は ふんとして防波堤のコンクリートに腰を下ろして黙って海を眺め始めた。
私もそっと彼の横に座って彼が眺める海に目をやった。
和也がぼっそりと
「お前なぁ、なんだか見てるとおっかねえんだよ。
おっかねえて言ったて俺がお前の事怖いと思ってんじゃなくてよ。
なんだか見てるとお前そのまま海に入って行きそうな感じでよ。
この海に自分の体捨てに来ている様に見えてよ。いつもお前悲しそうな顔してたから……」
その時私の胸がズキンとした。
「そんなに悲しく見えた?」
「ああ」
「でも本当にこの海に体捨てに行くんだったらここじゃないでしょ。
もっと別な……断崖絶壁とか、身投げするのにいい所いっぱいあるんじゃないここだったら」
和也はその時きょとんとして
「ハハハ、確かにそうだ。ここじゃ海に入ったって死ねねぇな。せいぜいテトラで足滑らせて怪我するくらいだ」
「でしょ」
何となく二人して笑いあった。
あれから私と和也は付き合い始めた。
「ほっとけない」和也はそう言ってごまかす様にいつも私の事を心配してくれているようだ。
初めの頃は「お前いつ身投げするんだ」っていつも顔を合わせるたびに言っていた。
そんなに私って自殺志願者に見えるのかなぁ。
いつも悲しい顔してるのかなぁ。
和也と付き合い始めて自分のその姿を気に始めた。
「巳美と大島くんって付き合っているんだぁ」和ちゃんがぼっそり訊いたとき、私は小さく頷いた。
「そっかぁ、大島君とねぇ。いいんじゃない、彼無口だけど意外と優しいし」
和ちゃんは和也と付き合っていることを聞いても驚かなかった。
それに和也の事はよく知っているようだった。和ちゃんには普通に和也は受け答えをしていたから。
「大島君とは小学校の時から一緒。大人しいと言うか人見知りが激しいのよね。
だからあんなリ友達みたいなの作ろうとしないの。
昔からそうだった、だから私は別に何とも思っていないしそれが大島君の姿だと思っている。でもね、彼意外と心配性なのよ。誰も知らないと思うけど」
和也と和ちゃんは幼馴染?小学校から知っているんだったらそうだろう。
ましてお互いの家もそんなに遠いわけでもない、降りる駅は同じなんだから。
そう和也は物凄く心配性だ。
見ていないふりをしていつも私の事を見ていた。
だから今日も……
「あれからずっとここにいたのか」と言ったのだ。
もう私は慣れっこになっていたから、あえて
「だから……それがどうしたの」という。
和也は私がこういうと必ず悲しい顔をする。
その顔を見るたびに私は切なくなる。こんな私のために悲しい顔をする人がいること自体が物凄く切なかったから。
「またお前泣いていたんじゃないのか」
私はいつも泣いていないといけないのか。
そう決めつける和也に少し意地を何時もはりたくなる。
和也と知り合っておよそ半年ですでに倦怠期なのか?
でも、多分、その時私は物凄く意固地になっていたんだと思う。
だから私なんかを心配してくれることがちょっと煩わしかったのかもしれない。
こんなに私の事を好きでいてくれる人がすぐそばに居るのに、それに目を向けようとしていなかった。
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