弾丸は貫く

 オルビーデアまでの護衛の契約を交わし、とりあえず前金として大粒のダイアモンドを一つ受け取り、スカリーは早速出発することにした。

 「準備はいらないんですか?」

 「追っ手がかかる前にバスコルディアを出る。補給は逐次ちくじやっていく」

 不思議そうに尋ねるハンリにスカリーは答える。

 すでにマイディは旅準備を整えて、荷造りを完了していた。

 「……マイディ。おめえ、もしかしてその格好のままで行くつもりなのか?」

 「ええ、もちろん。何か問題がありますか?」

 マイディは尼僧服のままである。

 その下には山刀を隠し持っているものの、それ以外は平凡なシスターの格好である。

 「……まあいいか。おめえがヘマするのはどっちかって言ったら格好が原因じゃねえからな」

 「どういう意味かお聞かせ願いたいですね、スカリー?」

 「クソ美人過ぎて目立っちまうから、その格好でいいぜ、ってことだよ」

 「あら、そんなにわたくしの事を評価してくれているなんて初耳ですね。もっと言ってもいいんですよ?」

 「おお、マイデッセ・アフレリレン。その豪腕は大地を砕き、その足は天をも蹴り飛ばし、最後には世界を炎で包み込む……」

 「わたくしは破壊神かなにかですか?」

 「賞金稼ぎ時代のもう一つのあだ名を忘れたのかよ?」

 「なんでしょう? 『麗しき舞姫』ですか?」

 「そりゃジャネットのやつだ。『禁句な血髪タブード・ブラッド』だよ。それが嫌で双山刀のマイディダブルマシェットマイディを広めたんじゃねえか」

 「あー、ありましたね、そんなこと」

 どうでもいい会話を交わしながら三人は教会から出る。

 貧困区の風景はもの悲しさと同時に、なんとも言えない負のエネルギーを感じさせた。

 時刻はそろそろ昼の三時を回ろうとしている。

 照りつける太陽もこの場所には少しばかり遠慮しているかのように感じる。

 「とりあえず足が必要だな。オルビーデアまで歩いて行くアホはいねえ」

 「どれで行きます? 鉄道? それとも馬車ですか? 飛竜もありますが」

 「ハンリを狙ってるヤツが分からねえ以上は鉄道も飛竜もダメだ。走ってる列車の中やら飛んでる飛竜の上で襲われたらたまらねえ。つーわけで、馬車」

 「馬車も襲われるのではないですか?」

 「ま、俺とマイディがいるならよっぽどじゃなければ大丈夫だ」

 言いながらスカリーはハンリの方に目線を向ける。

 安心しろ、というようにスカリーはうなずく。

 それに対して、ハンリは少しばかりの心強さを覚えた。

 貧困区も四〇分も歩けば抜ける。

 中央区に入れば、そこは大陸でも有数の活気ある都市の姿が現れる。

 東側の貧困区と接しているために、他よりも多少は退廃的な空気が漂っているものの、それでも比べものにならないぐらいに、そこは活気づいた場所だった。

 様々な露天が並び、様々な種族が行き交っており、ロンティグス大陸のどの都市よりも百花繚乱ひゃっかりょうらんという形容が当てはまった。

 スカリーは乗合馬車が集まる広場を通り過ぎる。

 「あら? スカリー、乗合馬車はこっちですよ」

 「いいんだ。どっから情報が漏れるのか分からねえからな。それにどんな奴が一緒になるのか分からねえ上に、御者の素性も知れねえ」

 「じゃあ馬車はどうするんですか?」

 「これから、さ」

 スカリーとマイディのやりとりを聞いていたハンリは全くわけが分かっていなかった。

 マイディもそうだった。

 馬車でオルビーデアを目指すと言ったスカリーがどこに行こうとしているのかも知らなかった。

 そのうちに、三人は食料品を扱っている一角に到着する。

 ここには露天だけではなく、きちんと店を構えて商売をしている方が多かった。

 そのうちの一つ。ちょうど荷物を馬車から降ろして、中に運び込んでいた店の前でスカリーは足を止める。

荷下ろしをしている男性にスカリーは近づく。

 「いよう、兄弟。元気か?」

 あくまでフレンドリーにスカリーは話しかける。

 「ん? なんだい? 買い物なら中で頼むよ。俺は荷物下ろしが仕事なんだ」

 日に焼けた男性はそう言ってスカリーに店の方を親指で示す。

 「いや、アンタに用があるんだ。突然で悪いんだが、この荷馬車を俺に売ってくれないか?」

 「はあ? あんた何言ってるんだ? 商売道具をそう簡単に……」

 断ろうとした男性の胸元にじゃらり、と重たい音を立てる革袋が突きつけられる。

 「もちろんカネは払う。これなら文句ないだろ?」

 「あのなあ……そんなはした金ぐらいで売るわけがないだろ?」

 「はした金かどうかを決めるのは開けてみてからでもいいんじゃねえか?」

 渋々といった様子で男性は革袋をスカリーから受け取り、口を結んでいたひもをほどき、中を改める。

 まばゆい輝きを放つ金貨が詰まっていた。

 「な……! あんた一体⁉」

 「静かにした方がいいんじゃねえか? 黙ってりゃ、店の主人にはバレねえ」

 突然に降ってわいた大金に動揺する男性に対して、スカリーは唇に人差し指を当てて『静かに』というジェスチャーをする。

 「入ってるのは金貨が五十枚。商売人でもいっぺんには稼げねえ。だが、この荷馬車に俺はその値段をつける。アンタは金貨三十枚で売ってくれと言われて売った。そうだろう?」

 つまりは金貨二十枚を着服しろとスカリーは言っているのだった。

 金貨二十枚は庶民にとっては大金である。

 ごくり、と男性は息を飲む。

 「なあに、俺たちはすぐにバスコルディアを出発するんだ。そのために馬車がいるんだが、相乗りは勘弁してほしくてね。だからこれだけのカネを払うんだ。ああ、荷物は全部下ろしてくれてかまわねえ。俺たちには必要ないからな」

 有無を言わせぬ迫力と、商人に対して最も有効なカネの話。

 そして、利益を提示する。

 「わ、わかった。こいつはあんたに売ろう。旦那にも俺から説明しておく。だが、荷物を下ろすのにもう少しかかる。それは待ってくれ」

 「交渉成立、だな。ついでだ、下ろすのも手伝ってやるよ」

 スカリーは離れて交渉を見ていたマイディとハンリに来るようにジェスチャーをする。

 マイディの近くで固まっていたハンリは拘束を解かれた犬のようにスカリーに走り寄ってきた。

 マイディはほんの少しだけ傷ついた顔をしながら普通に歩いてきた。

 「このイカした兄ちゃんが快く馬車を譲ってくれるらしくてよ。だが、その前に荷物を下ろさないといけねえんだ。マイディ、やってくれるか?」

 「もう、しょうがないですね。ちゃっちゃとやってしまいましょう」

 ものの数分でマイディは馬車に満載されていた果物を下ろしてしまった。

 いっぺんに山ほどの果物を抱えて運んでいた時には男性の方が唖然としてしまっていた。

 「んじゃな。ちょっと贅沢してくれ」

 御者台に座ったスカリーは男性にそう告げると、ぴしりと馬に鞭を入れて馬車を発進させた。

 「……なんだったんだ? あの人たち」

 訳も分からず馬車を売った男性は金貨が詰まって革袋を手にしたまま、そう呟いた。

 


 バスコルディアから出るのはスムーズにゆき、スカリーたちを乗せた荷馬車は細い街道を走っていた。

 周りは畑やら、材木確保のための森林やらが広がっている。

 「いいんですか? あんなに渡しちゃって。取り分が減りますよ?」

 荷台のほうからマイディが顔を出して、御者台に座るスカリーに尋ねる。

 ちなみにハンリはスカリーの隣に座っているので、荷台にいるのはマイディだけだ。

 「いいんだよ。無駄に追っ手がつくよりもマシだ。それに、コイツには幌(ほろ)も付いているしな。ちょうどよかった」

 「まあたしかに。日焼けしないでいいのは助かります」

 「おめえが日焼け気にするのかよ?」

 「女性は常に美しくありたいと思っているものなのですよ、スカリー」

 「服の下の物騒なモン外してから言いやがれ」

 「あら、身を守るための道具は淑女のたしなみです」

 「素手で十分だろ。おめえなら」

 「この重さに慣れてしまっているから、外すとバランスが崩れるんです」

 「素手で十分っていうのは否定しねえのな」

 どうでもいい会話を繰り広げながら馬車は街道を進んでいく。

 そのうちにマイディは荷台のほうに引っ込んでしまって、持ち込んだ本を読みだしていた。 

 「……あの、スカリーさん」

 おずおずといった様子で今まで黙っていたハンリがスカリーに声をかける。

 「なんだよハンリ? あと俺のことはスカリーでいい」

 「じゃあ、スカリー。マイディさんとスカリーはどういう関係なんですか?」

 どちらかというと、マイディの取り扱い方法について聞きたいのだが、いきなりそれを尋ねると荷台のマイディに聞かれてしまう恐れがあるのでこういう質問になった、とスカリーは判断した。

 「まあ、そうだな。俺がバスコルディアに来たのと大体一緒の時期にマイディも来たんだ。そんで、マイディはあの教会の司祭にボコボコにされてシスターになっちまった。俺はその司祭と知り合いだった。そんだけさ」

 嘘は言っていない。

 少しばかり説明が足りていないだけである。

 正確にはマイディはスカリーを追ってバスコルディアに来ており、その際にバスコルディア教会のドロンキー・ガズミス司祭にボコボコにされて、その性格を矯正するためにシスターにされた、という経緯いきさつである。

 その際に、ガズミス司祭と知り合いだったスカリーはマイディと知り合うことになり、その縁が続いているのだった。

 「アフレリレンさんをボコボコにした人がいるんですか……」

 ハンリは顔を青くする。

 あのマイディをボコボコに出来る人間が想像できなかったのだ。

 もはやソレは人間の領域に収まらないのではないか、とまで考えてしまう。

 まだ幼い少女には世の中の広さというものは、好奇心よりも恐怖を感じさせた。

 「大丈夫だ。ドンキー……司祭は基本的には気のいい奴だ。それにハンリ、アフレリレンじゃなくてマイディって呼んでやれ。アフレリレンはマイディの本当の名字じゃない」

 「え、それは……」

 どういうことですか、というハンリの問いは荷馬車を引く馬の前に突き立った矢によって中断された。

 動揺した馬が暴れだそうとするが、スカリーは手綱を引いてそれを制御する。

 「お客さんだ。ハンリ、中に入ってろ。マイディ! ハンリを頼む!」

 荷台部分から「はーい」というマイディの声が返ってくるのを待たずにスカリーは御者台を降りて地面に立つ。

 「スカリーさん!」

 「中に入ってな、ハンリ。護衛らしくぱぱっと片付けてくらあ」

 ハンリの方を見ずに、ひらひらと手を振ってスカリーはすたすたと地面に突き立った矢に近づく。

 ハンリはスカリーに従って、荷馬車の幌の中に入る。

 中ではマイディがすでに山刀を抜いていた。

 「……!」

 「もう、スカリーったらいつになったらわたくしへの誤解を解いてくれるのでしょう? とりあえずハンリちゃん、動いてはいけませんよ」

 言われるまでもなくハンリは動けなくっていた。

 一方、突き刺さった矢の場所まで到着したスカリーは辺りを見渡す。

 両側は森、前方には人影なし。

 ならば相手が単独である可能性は低い。

 おそらくはハンリを狙った刺客ではなく、盗賊のたぐいだろうとスカリーは推測する。

 (いきなり襲ってこないのは積み荷を傷つけずに、出来れば乗ってる人間も傷つけずに手に入れたいってところか)

 命を狙うなら一気に最大火力を集中するのが定石だ。

 (んで、盗賊だっていうんならのこのこ出てきたアホを狩らないってことは……ない!)

 スカリーは前方に身を投げ出す。

 少し遅れて、スカリーが直前まで立っていた場所に新たな矢が突き刺さる。

 (仕留め損ねたヤツは焦る。焦ったアホは狙いやすい)

 ホルスターから拳銃を抜き、矢が飛んできた方向に撃つ。

 火薬の弾ける音と硝煙を発生させて、四四口径の弾丸が銃口から飛び出す。

 音速を超える速度で射出された弾丸は木の上からスカリーを弓で狙っていた盗賊の脳天を撃ち抜いていた。

 断末魔の悲鳴を上げることも出来ずに、盗賊の死体は木の上から落下する。

 両側の森から動揺の気配がスカリーに伝わる。

 (あと五人)

 冷静に数を数える。

 気配を完全に遮断できる人間という者は少ない。特に仲間が殺されたときには。

 大体の反応は二つに分かれる。

 恐怖に飲まれて逃げ出すか、憤怒に駆り立てられて突撃するか。

 今回の相手は後者だった。

 「テメエ! よくもザヒルをッ!」

 銃声バン

 潜んでいた茂みから立ち上がった盗賊の脳天に穴が開く。

 標的が見えているなら、更に動揺しているならスカリーにはただの的と同義だった。

 後頭部から頭蓋骨の中身をまき散らしながら盗賊は後ろに倒れる。

 二人の仲間が殺されたことによって、盗賊たちにはさらに動揺が広がる。

 動揺は無駄な動きを生んだ。

 ぱきり、という木の枝を踏み折った音が聞こえるのとほとんど同時にスカリーは拳銃をそちらに向け発砲する。

 「が……」という声が聞こえて、何かが倒れる音がした。

 (あと三人)

 今度は憤怒ではなく、恐怖の感情が広がり始める。

 盗賊たちは銃も持っていた。

 しかし、そのためにはスカリーが見える位置に移動する必要があった。 

 『見える位置に移動しても、狙う前に殺される』。それが今の盗賊たちの共通見解だった。

 ゆっくりと、音を立てないように盗賊たちは逃走を開始しようとする。

 残っている三人の内訳はスカリーから見て右側に二人、左側に一人だった。

 どちらかにスカリーが向かえば、もう片方は逃げられるかもしれない。

 そういった淡い期待が盗賊たちにはあった。 

 銃声。銃声。

 二発の銃声でスカリーから見て右側の森に潜んでいた盗賊二人は、それぞれ心臓と喉に銃弾をたたき込まれた。

 最後の盗賊には二人が死んだのかは分からない。

 しかし、きっと殺されてしまったのだという確信があった。

 恐慌状態に陥りそうになる。

 (楽な獲物だと思ったのに!)

 混乱する頭を抱えて全力の逃走に移ろうとしたとき、その音は聞こえた。

 銃声。

 通常出回っている回転弾倉式リボルバー拳銃の装弾数は六発か五発である。

 よほど特殊なモノや、最新の技術を用いて試作が重ねられている、という話の自動拳銃とやらならばそれ以上の装弾数を持つらしいが、スカリーが持っている拳銃は回転弾倉式であることを盗賊は確認していた。

 つまり、スカリーの拳銃は弾が残っていない。

 再装填には時間がかかる。

 逃げるチャンスは今しかなかった。

 全力で、足がちぎれてもかまわないという勢いで盗賊は逃走を開始する。

 ほんの数十歩走ったときだった。妙な影が差していることに盗賊は気づいた。

 だが、立ち止まるわけにはいかない。

 一刻も早くここから逃げなければ!

 影の事は気にせずに、そのまま走り去ろうとした盗賊の首を木の上から急降下してきたスカリーの長剣がはねた。

 最後の盗賊は自分が死んだことに気づかずに、死んだ。

 首をはねられた盗賊の死体を見下ろして、スカリーは嘆息する。

 長剣についた血をどうしようかとほんの少しだけ迷ったが、盗賊の着ている服で拭ってからハンリたちのいる馬車のほうに戻っていった。

 斬撃と銃撃のスカリースラッシュ&シュート・スカリー

 それがスカリーの二つ名だった。



 スカリーが馬車に戻ると暇そうにしているマイディが御者台に座っていた。

 「おい、マイディ。ハンリのことは頼むって言っただろ?」

 ほんの少しだけとがめる口調のスカリーに対して、マイディはほおを膨らませて答える。

 「もう全員死んだのは分かりましたし、あれ以上ハンリちゃんと一緒にいたら、わたくしがまた怖がられてしまいます。敬虔(けいけん)な神の信徒であるにも関わらず」

 それだけ言うとマイディはぷいっとそっぽを向いてしまう。

 「ヘソ曲げてんじゃねえよ。ガキかテメエは」

 「ガキで結構。心は永遠に十代です」

 「開き直ってんじゃねえ」

 「これはねてるんです」

 「どっちも同じだろ……わーったわーった。これからハンリにおめえのことをしっかりと説明しておくから御者頼む」

 「ちゃんと真実を教えてくださいね。嘘を教えていた場合は神罰が下りますよ」

 「……具体的には?」

 「ガズミス司祭直伝拷問法その三を……」

 「聞きたくねえ」

 こめかみを押さえながらスカリーはハンリがいる荷台のほうに乗り込んだ。

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