第15話:寝顔がかわいいと言われたとて恥ずかしいだけな件
ラピス・ラズリは完成をもたらす石
それは奇跡で
それは希望で
それはまやかしかもしれない
魔女は知っている
夕陽色の賢者の石
群青色の完成の石
その行方を知っている
***
「……うあ!」
目が覚めて、バッと身を起こした。
「は!」
あたりを見渡す。窓から差し込む光がきらきらしている。朝だ。
しまった寝てしまった! 本当は子爵が戻るまで寝るつもりなどなかったのに。
ベッドの上を見る。
「あれ……」
広いベッドの上には、私しかいなかった。子爵の姿を探してゆっくりと部屋の中を見渡す。
「あ……」
体を起こして、ベッドから下りる。そしてゆっくりと、忍び足で近づく。
「……子爵」
子爵はソファの上で寝ていた。寝巻きに着替えた様子もなく、深くソファに身を沈めて。
「……」
うわ。
なんだ!?
なんか今、めっちゃ子爵に対する高感度がぐんぐん上がったのを感じたぞ!?
なんだかんだ私に気を使ってくれた彼の好意に、少しくすぐったい気持ちになる。
私はゆっくりとその場を離れてガウンを羽織り、静かに部屋を出て朝日の差し込む廊下を歩いた。誰か使用人を見つけて温かいミルクでも運んでもらおうと思ったのだ。
だけどあいにく誰にも会うことがなく、ついには庭の入り口辺りまで来てしまった。時計が見当たらなかったが、日の高さからしてまだかなり早い時間なのかもしれない。
「おはようございます」
突然挨拶を投げかけられて、びくっとして振り向いた。
「あ……! え、えっと。庭師の……」
「ビゼーです。おはようございます」
「お、おはようございます」
彼はにっこり笑った。
「ラピスさん、朝早いですね」
「え、えぇ。早起きしちゃって……」
「もしかして庭を散策されるんですか?」
「え……? あ……うん。そ、そうしようかしら……」
ビゼーはくすっと笑って自分の上着を脱ぎ、私の肩にかけてくれた。
「冷えますよ」
「……ありがとう」
「今から庭を回るところなので、よければ案内します。こちらへ」
私は頷いて、彼について歩き出した。
彼は熱心に、やけに細かく庭を見て回った。
「ビゼー……さん」
「はい?」
ふと彼について、訊いてみたくなった。
「いつから此処で働いてるの……?」
「2、3年前から」
「ご両親も此処で働いてたの?」
「? なぜですか……?」
「……此処にある草とかって、特殊なんじゃ……。と」
庭だけじゃなく、この家は多分他の貴族の家とは違って『特殊』だ。秘密を漏らす恐れのある人間を雇うはずがない、だから彼もまた魔女の一族の者なのかと思ったのだ。
「あぁ、そうですね。この国で採れる薬草がほぼ全て揃っている。庭、と言うよりも薬草園ですからね。ですが、僕の両親は全く別の仕事をしています」
「そ、そうなんだ……」
「ただ僕の植物学の先生がこの家と古くから親交があるということで、弟子の僕が此処で働くことになったんです」
「そう……」
ビゼーは煮え切らない私を見てにっこり笑った。
「何か気を静めたいことでもありました?」
「え?!」
「少々挙動不審ですから。ええと、それなら……」
ビゼーは歩き出し、庭に生えていた花を一輪摘んで私の手に乗せた。
「嗅いでみて」
「……」
その花の香りを嗅ぐと、鼻の奥にさわやかな香りが広がり、頭がすぅっとした。
「落ち着きませんか?」
「良い……匂いね」
ビゼーは頷く。
「気付け薬のための花です」
「……それ、もう少し分けてくれたり、できる……?」
「いいですよ。でも、アーノルド様にはできたら内密に」
いたずらっぽく笑った彼の顔を見て、私もつられて笑顔になった。
***
「ラピス!」
部屋に戻ると子爵が起きていた。なんだか焦っていたようだった。
「何処に行っていた」
あ、ちょっと怒っていらっしゃる……?
「ご、ごめんなさい。ちょっと、朝の空気を吸いに……」
「…………。なんだそれは?」
手の中にある小瓶。そしてその中につめられた花を見て子爵は言った。
「あ、これ……匂いをかいだら落ち着くんだそうですよ。ビゼーに貰いました」
「……あぁ。知っている」
「もし……あの……。要らないかもしれないけど……」
子爵は首を傾げた。
「子爵、に。って思って……」
うわ。なんか顔見れない。
なんだか恥ずかしくって、私はうつむいてしまった。
「ああ、……ありがとう。嬉しいよ」
すごく素直な言葉が温かみを帯びて降ってきたので、私は嬉しくなって顔を上げた。
が、子爵のいじわるな満面の笑みがそこにあった。
「寝顔。かわいかったよ」
にっこり。
「……っわ……! 忘れてくださいよ!!!!!!!!!!!!!!!」
この声でブレトン起床。
***
城へ帰る時間が来た。
「じゃあ……」
「ああ、またすぐそちらに向かう」
馬車に乗り込む前、アーノルドがそう言った。
げ、この人、また城に来るのか。とゲンナリしかけた時だった。
「……ラピス」
「あ、はい!」
アーノルドに呼ばれ、背筋を伸ばす。最後まで気を抜けない。
彼がちょいちょいと手招きするので、首を傾げて1歩近づいた。
「なんでしょうか」
「できる限りウィルの近くに居てやってくれんか」
耳打ちされた。
「……え?」
「頼む……。お前にしかできん」
「…………は、はい」
なんだかその言葉がものすごく重くって、困惑した。
「さぁ行け。じゃあな」
私は頷き、頭を下げて子爵と一緒に馬車に乗り込んだ。ブレトンは馬車に乗らず、馬で並走していくらしかった。
馬車が走り出してから、さっきのアーノルドの様子に違和感、――むしろ不安を覚え子爵を見つめた。
そして、その違和感の正体をなんとなく悟る。
「あの、子爵……」
「ん」
「なんか……。悩んでます……?」
子爵は窓についていた肘を崩し、顔を上げた。
「何故」
「……だって、なんか思い悩んでるみたいだから」
「…………。いや」
ああ。言わない。分かっていたけれど。彼は何も言わない。
「も……! もし、何か出来ることがあったら! 言ってくださいね!」
「……ああ」
彼は微笑んだ。だけど、多分それは、嘘だったと思う。
城についてすぐ、子爵は出かけると言った。
「え、これからでかけるんですか?」
私だけを馬車から降ろして、そのままどこかへ行くと言うのだ。
「ああ、今日は少し遅くなる。もしかするとミケルのところに泊まるかもしれない」
そんなに?
「それから、すまない。ブレトンも連れて行く」
ブレトンが馬から降り、私の代わりに馬車に乗り込んだ。
「え、いや、それは構わないですけど……。あの、子爵……」
子爵は動揺する私に柔らかく微笑んだ。
「心配しないでくれ。大したことではない」
「本当に……?」
子爵は頷いた。
きっとこれ以上は、聞いても無駄だ。私は諦めた。
「……行ってらっしゃい……」
だから顔をしかめたまま手を振って見送った。
子爵が何も言わないのは、今に始まったことじゃない。なのになんだ、この不穏な予感は。
アーノルドの言葉と、子爵の態度。何かが、起ころうとしている?
私は首を振ってその不安をかき消した。
***
「ラピスは、何かを感じ取ってますよ」
「……そうだな」
ブレトンがため息交じりに笑った。
「魔女の粉を、使うんですね」
「あぁ……そうなるかもしれない。魔女の粉を盗もうとしたことは魔女たちにとって大罪だ……」
「マリットはそもそも、魔女たちにとって嫌な存在ですし……。判決はすぐでるでしょうね」
「……だが、今回のことを恣意的だという魔女もいるだろう。それならば、何故あの時使わなかったのかと言う者も……」
「…………考えすぎですよ。客観的に見ても、マリットは裁判にかけられるべき者です」
ブレトンは雲行きの怪しくなった空を見つめた。
見つめたところで、睨んだところで、きっと何も変わない。
雨は降り、そして、雲は流れていく。
魔女たちは続々、旧子爵邸へ集まってきているだろう。
旧子爵邸は、大きな円形の石造りの廃墟が遺っており、今では文化的な遺産として扱われ、使われることはない建物だ。
ひとつの目的を除いては。
「さあ魔女裁判だ。罪人を」
***
「ラーピスっ」
ノックと共に遠慮なくドアを開けるメアリーが、部屋に入ってきた。
「あ、メアリー」
椅子に座ってぼーっとしていたので、突然やってきた友人に少し驚いた。
「お帰り。疲れたでしょー。リンゴ、持ってきたわよ。食べる?」
「うん。ただいま……。ありがと」
元気なく答えた。
「どうしたの? すごい疲れてる? 寝たほうがいいわよ?」
「あ、や。大丈夫」
首を振る。
「子爵もお戻りに?」
「……どっか、行ったみたい。今日はミケルさんのところに泊まるかもって」
「…………なるほどねぇ」
メアリーはため息をつき、ベッドに座った。よく見ると彼女は、エプロンを脱いでいる。仕事上がりに来てくれたようだった。
「ブレトンさんがアーノルド侯のところに行く前、ラピスが戻ったら様子を見てって頼んできたんだけど」
「え?」
メアリーはリンゴを一つ掴んでかじった。まだ青かったらしくすっぱそうな顔をした。
「屋敷全体……っていうか、なんとなく、最近ピリピリしているようだったし……」
「なに……なんか心あたりあるの?」
メアリーはうーんと唸って言った。
「魔女たちの招集があるんじゃないかな。今日は、金曜日だし」
「……招集?」
「なにか、大事なことを決めないといけないのよ。多分ね」
「それって……金曜日によくやってるの?」
メアリーは首を振る。
「よく、ってわけじゃないと思うわよ」
「特別なの……?」
メアリーはまた、うーんとだけ唸った。きっと、それはあまり口に出してはいけない、タブーのようなものなのだ。
「……ただ、子爵はその中心にいないといけないから、きっとすごく疲れて帰ってくると思うわ。ラピスは癒してあげないとね! 帰ってきたら!」
メアリーはにっこり笑ってリンゴをもう一口かじった。
私は受け取ったリンゴをじっと見つめて、心を決めた。
「…………メアリー。お願いがあるんだけど」
***
深夜1時を回った。
「お疲れ、ウィル」
ミケルに声をかけられ、旧子爵邸の暗い廊下を歩いていた子爵は立ち止まった。
ミケルは難しい笑顔で子爵の肩に優しく手を置く。
「今日は、ゆっくり休めよ」
「……ああ」
ミケルは子爵を歩くよう促し、馬車まで連れて行った。
どこかから魔女の歌が聞こえる。遠くの方から、弔いの歌が聞こえる。
今日は日が昇るまで歌が続くだろう。
「マリットはじき死ぬだろう。あの濃度を摂取しては、長くは持たない」
馬車の中でミケルが呟いた。
「そうだな」
子爵は小さく頷いただけで、それ以上何も言わなかった。
ミケルは幼馴染の深い心の奥を想像したが、その深さに何も見ることができなかった。
ただ、復讐を果たしても心が晴れていないこと、むしろそれをこんな形で為した結果、ひどく自分を恥じているということが見て取れた。
窓の外を見るとブレトンは馬車の横に馬を付けていた。まっすぐ、前を向き凛としている。護衛中の従者の顔だ。
「ミケル……」
「何、ウィル?」
子爵は顔を向けずに俯いたまま呟いた。
「お前は、先の王のことをどう思っていた?」
「……まあ、良くは思ってなかったよ。いい噂は聞かなかったしね。王妃と王女を野に捨てたのも、非人道的だった」
「……その王女が、生まれなければ……、俺の両親は死ななかっただろうか……」
「ウィル」
「…………すまん。これは……八つ当たりだ。王女に罪はない。王女だって……心から王を憎んでいただろう。なぜ生んだのだ、と」
「……そうだね。そう思う」
ミケルは馬車の窓から月を見上げた。
「王女は、今、何をしているだろう」
そしてぽつりと呟いた。
「……死んだんじゃないか……」
「そうだね……。その可能性が高い」
ミケルはため息をついた。
「ミケル」
「ん?」
「…………俺はあの時、間違っていただろうか。あの時この事実を知っていれば……、何か変わっただろうか」
ミケルは黙ったまま首を振った。
「疲れたな、ウィル」
「ああ……部屋についたら、すぐに寝る」
ミケルの屋敷に馬車が着いた時だった。
「子爵!」
「!?」
馬車の外から聞き覚えのある声がして子爵はびくりとした。
「おやおや」
ミケルがふっと笑って、馬車の戸を開けた。そして馬車を下り、子爵に降りて来いと目配せをした。
目を丸くしたままの子爵が馬車をゆっくりと降りる。
「……へえ」
馬を降りたブレトンも笑って、それから子爵を見た。
「し……っ夜分に……失礼しております……わ! ミケル様!」
褐色の髪の女が、なんだか変なところでどもりながら頭を下げる。
「……ラピス」
しかもどういうわけかドレスを着てそこにいた。
「あ……あの……!」
ごくりと何かを飲みこんで、彼女は一瞬下を向き、叫んだ。
「私のことおいていくなんて、ひ、どいじゃないですか! さ……っ寂しいので! 追いかけてきましたが! 何か!」
顔を真っ赤にして、泣きそうな顔をして。
「…………。ぶっは……!」
そこで盛大に吹きだしたのはミケルとブレトンだった。
「は……っ!」
ラピスはその反応に一瞬後ずさりし、それから顔をさらに赤くして何か言おうとパクパクした。
「…………ご……っごめんなさいってば! 勝手に馬車とか出してもらったのは謝りますってば!」
「そこ!?」
ブレトンがさらに吹きだす。もう堪えられないらしく、お腹を抱えだした。
「だって……! わた……私にそんな権利ないっていうか……! ご、ごめんなさ――……」
そこまで言ってラピスは体を硬くした。子爵が目の前に立ったからだ。
ミケルとブレトンは顔を見合わせて微笑み、2人をおいて屋敷の方へと立ち去った。
***
「ご……ごごめんなさいってば、私にそんな権利ないって知ってますってば……っ!」
2人が立ち去ったのを見てから、慌てて子爵に向かって弁解した。
ミケルには私が一市民だってこと伝えてない。この弁解で怪しまれるわけにはいかない。そう思ったのだ。
「ラピス……」
子爵が無表情で私を見降ろすので、私は怖くなって背筋をピッとのばした。
「は、はい!」
「……なんで、此処に」
「だっ……――。だって、子爵がなんか……」
口ごもる。
「心配だったからです。だから……」
アーノルドに、傍にいてやってくれと、命令ではなく、お願いされた。
そのことが心の一番角っこに引っかかってどうしようもなくなってしまったのだ。
「……ごめんなさい」
頭を深く下げた。勝手なことをしたことは本当に反省していた。
子爵はしばらく無表情でこちらを見下ろしていたが、はあ、と深いため息をついた。
呆れましたか。ですよね……。
「ラピス」
「は、はい!」
急いで顔を上げ、子爵を見上げた。
「今夜だけ……、君を頼っても……いいだろうか」
「……た! ……頼ってください! 私はそのために此処に来たんです!」
「……そうか」
子爵は微笑んだかと思うと、そっと、それはそれはそっと、頭から私を抱きしめた。
「子しゃ……!」
私は慌てたが、子爵は何も言わなかった。ただただ黙って私をしばらく抱きしめ続けた。
こんなに大きな人が。
こんなに恐ろしいと思ってた人が。
どうしてこんなにも、崩れそうになっているのだろう。
アーノルドが心配していたのは、子爵がこうなることが分かっていたから?
私にはその理由は分からない。
けれど、でも、それでも。言われたのよ。
私のできることを、私ができる分だけやりなさい。
過不足あれば、それは、押し付けで依存だ。
***
――……って。
だからっておんなじ部屋で寝るこたないでしょうが!?
沈黙したままの子爵と二人っきりで客間の寝室、深夜2時。
どうしろと? というか、選択肢なかったけど!? 私に、この部屋以外を選ぶ選択肢、なかったけど!?
脳内でひとしきり発狂しつくした後、再び観念してソファに腰をかけた子爵に向き直った。
「し、子爵……。何か飲みますか?」
子爵は首を振った。
「いや……いい。ありがとう」
どうしろと、この空気。
「子爵……」
「ん……」
「大丈夫ですか? ……正直、顔色、最悪ですよ」
子爵はじっとこちらの目を見て、それからふっと笑った。
「ああ……疲れた」
「横になって寝たほうがいいですよ」
「いや……君と一緒に、居たい」
その言葉に少なからず心臓がきゅっとなったのだが、私は気づかないふりをした。
何があったのか、って、聞いてもいいのだろうか。
ブレトンもミケルも何も言ってくれなかった。ただ、一言、子爵を頼むといった。
こんな何も知らない私に、何ができるというのだろう。
「あの、今日って……魔女の集会とか、だったんですよね……。遠くの方で歌が聞こえる。ここまで来ると魔女の集落が近いんですかね……、ってうわ!」
いきなり手を引かれて、強引に子爵の横に座らされた。
「え! な……はい!?」
手を解こうとするけど、離してはくれない。
心臓がバクバクする。変だ。不規則なリズムで鳴っている。
「ししゃ……っ!?」
「黙っていてくれ」
「え……っ!」
子爵の頭が首元に降りてきて、うなだれるように私にもたれかかった。
「……お……もいですよ」
「失礼だな……」
はっと笑った子爵の唇が見えた。目は見えない。泣いているようにも見えた。
「何も聞かないでくれ……。ただ……そばに、居てくれないか。ラピス……」
「…………わかり、ました」
ぎゅうっと掌が握られて、その手が、今更ながら震えていることに気付いた。
「でも……一言だけ。いいですか?」
「……何だ」
「子爵は絶対悪くないです」
子爵は黙った。
「何も知らないけど。子爵がしたことは、絶対間違ってない。……私は」
無責任だ。
「分かってますから」
無責任で、非論理的だ。
でも、これでもかっていうくらい、本音だ。
「…………ああ……。ありがとう……」
ようやっと安心したのか、子爵の手の震えはじわりと収まり、少しずつ掌が暖かくなってきた頃、私の眠気もピークを迎え、どろりと眠りに落ちてしまったのだった。
***
朝が来て、城へ帰るための馬車に乗る時、ミケルは私を呼んだ。
「なんでしょう?」
「昨日、来てくれてありがとう」
「いえ……」
なんでそんなことをこの人がお礼するのだろう。
「正直……昨日は手におえないと思ってたんだけど……」
ふと子爵のほうを見やる。
「……大丈夫そうだ」
にっこりとミケルは笑った。
「またおいで。リリスも君に会いたそうにしてた」
「本当ですかあ……?」
嘘だろ。
「本当だよ。もちろん、ウィルにもね」
多分そっちが目当てだ。
「でも、できるだけ、しばらくウィルの傍にいてやってくれないか」
「…………その、つもりです」
頷く。
ミケルはにっこり笑った。
「君は、例えば……先代の王の……王女だったら」
「え?」
なにその突拍子もないたとえ話?!
「王を殺そうと思ったと思う?」
「……え……」
なんと。なんという物騒な話を、その甘いフェイスからするのだろう。
「王女……のことは」
思い浮かべる。夜眠るとき、ベッドの上で思った王女のことを。
「わからないけど……、でも、あの歳ですべてを奪われていたら、もしかしたら私はそう思ったかもしれません」
「そっか……」
「でも、きっと……、それは思い続けるには辛くて、思いを果たしたとしたらもっと辛くて……。その時、傍にいてくれる人が居なかったらと思うと、……私は……怖い。です」
ミケルはじっと顔を見つめてくる。
へ、変な答え方してしまった!
「うん」
にこりと笑う。その彼の揺れた髪の毛がサラサラで少し魅入ってしまう。
「それでもきっと。君は、選ばないんだろうね」
「……え?」
「さ、行って。ウィルが睨んでくる」
ぽんと肩に手を置かれ、くるりとひっくり返される。その目線の先には子爵が居て、まあ確かに若干むすっとしてる。
「ウィルのこと、お願いね。ラピス」
「は……はい!」
背中を押され駆けだし、私は馬車に飛び乗った。
しばらくむすっとしていた子爵だったけど、馬車に揺られながらぽつりぽつりと話をするうちに、昨日見た彼の弱々しさも、鋭さも溶けてしまったようだった。
少しだけ。ほんの少しだけ、彼は元気になっているように見えた。
***
「本当に、ラピス・ラズリみたいだな。あの子は」
ミケルは行ってしまった馬車を見て微笑み、俯いた。
「あんな子がいてくれたら……違ってたのかな、ウィル…………」
あれは悲しい、物語だった。
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