第5話 慌てた様子でボクの前に回り込んだ琥珀さまが、クイッとお尻を突き出して


 ♠



「暁人どの!! 見るなら瑠璃姉のじゃなくて、わらわの」


 え、いや、この状態でそんなこというと!!

 お母さんの血圧上がっちゃうよ、

「桐生・ローレンス・暁人くん。アンバーに何をしたの!?」

 ほら~。

「なにも、まだなんにも⋯⋯」

 あ、口に出して言っちゃったよ。

「なにかをする気は、あったのね!?」

 コーラルさんの背後に、真っ黒な焔を思わせるオドロ線が揺らめいて見えた。

 あ~、マズいぞ。

 本格的に幻が見えて来た。

「暁人どの!! わらわは、わらわは嬉しい」

 ぎゅーっと、抱きしめちゃダメ。

 血が、ああぁ~血が、カーペットに染みが広がっていく。

 染み抜き大変なのに。

「そこをどきなさいアンバー!!」

「嫌じゃ。わらわの身も心も、もう暁人どののものなのじゃ」

「心と、身体!?」

 天を仰いだコーラルさんが、片手で顔を覆って嘆息した。

 あ~、何か誤解してるよ、この人。

「私の娘を汚したな、このケダモノめ!!」

 聞いてる?

 まだ、なにもしてないって言ったのよ。


 あ、キスはした。


 軽めバードキスだけど、確かにキスはしましたよ。

 だって可愛いんだもん。

 仕方ないじゃないか。

 好意を持たれてんだし、二人とも命懸けの戦いをした後だったんだ。

 本当なら、その後に、ベッドで⋯⋯。

 いや。

 河童小娘もいたし。

 赤鬼さんに、フリッツ六世さんもいたから、あの場で即本番なんてのはさすがに無理だよな。

 どんだけ盛り上がったって、無理、無理、無理。


 って、いうか、そろそろ誰か止血してくれないかな~


「もう止めるのじゃ母上。わらわのお腹は、暁人どのの」


 なに言ってんの、この子!!

 逆上したコーラルさんが、琥珀さまの手を取ってボクから無理やり引き離した。

「死ね、死んでしまえ。この色魔め!!」

 剣の切っ先がボクの喉を⋯⋯

 ああ、もう限界⋯⋯

 ボクは、意識を失った。



 ♠



 酷い夢を見た。

 乳白色をした微睡まどろみの靄のなかで、ボクはそっと息を吐いた。

 琥珀さまの母親に切り刻まれるなんて、酷い悪夢もあったもんだ。

 ボクは眼をつむったまま、頬に触れる指先の感触に神経を集中させた。

 りんだな。

 またボクの布団に潜り込んでる。

 ボクは瞼を閉じたまま彼女の手を取って、その指先に優しく唇を押し当てた。

 そして、そのまま手の甲にキスをして⋯⋯


「あ、暁人くん!?」


 一発で眼が醒めた。

 ギョッと眼を見開いたボクの顔を、同じ様に眼を見開いた上樹先輩が困惑気味に見つめていた。

「暁人くん、君ね⋯⋯」

「ああああああ、すみません。寝ぼけてました」

 ボクはベッドの上で土下座した。


 たたたたたたたたた。


 脚が、胸が、背中が痛い。

 なにこれ。

 何か、引き吊れるような痛みが全身に⋯⋯

「ほらみなさいラピス。この色魔は、ちょっと油断すると、すぐに食指を伸ばして来るのよ」

 このトゲのある言い回し。

 コーラル・ライオンロードこと、獅道珊瑚しどうさんごさんだ。

 琥珀さまと上樹先輩のお母様。

「誤解です」

 土下座したままボクは言った。

「全部誤解なんです」

 なにがどう全部なのか、言ってるボクにも分からないが、とにかくボクは全部と言った。

「誤解!? わらわを好きと言うたも、誤解なのかや!?」

 ああああ、コーラルさんに斬られる事を気にするあまり、琥珀さまの存在を忘れてた。

 って言うか、好きって言った覚えは無い。

 無いんだけどな~⋯⋯

 もしかして、初めて来られた時に言ったの!?

 お酒入ってたし。

 あの頃は、普通に酔えたし。

 どうも一緒に寝てたらしいしい。

 もしかして、その時に口走ったの!?


 いかにも、ボクがやらかしそうは事だよね。


「あ~、いや、そこは誤解じゃない」

「ほう。そうやって我が娘をたぶらかしたのね⋯⋯」


 そこ!!


 剣の柄に手をやらないで!!


「そう殺気立たずに。普通に、普通に話しませんか」  

「普通にですって?」

 鞘に納めたままの剣で、ボクの手を指さした。

 上樹先輩の手を握ったままのボクの手を――




 ああああああああああああああ!!




「こ、これこそ誤解です」

「暁人どの、やっぱり瑠璃姉のことが好きなんじゃな!!」

「ち、違う!!」

「違う!?」

 上樹先輩もショックを受けたような顔しないで。

「私、別に暁人くんに特別な思いは抱いてないけど。違う呼ばわりされるのは、ちょっとショックだな~」



 あなた人妻でしょう。



 ♠



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