第9話


 ♠



 ボクは正座してた。

 というか、正座させられてた。

 上樹うえき先輩に。

 高校の三年間剣道部の助っ人をしていた頃は、よく板の間で正座をしたけど。

 大学に進学し、社会人になってからは初の正座かも知れない。

 こういっちゃなんだけど、肉体が強化されても正座は脚が痺れるんだね。

 初めて知った。


「なにから説明してもらいましょうか暁人あきとくん」


 高校時代と変わらない黒髪に、黒い瞳を輝かせ、にっこりと微笑みを浮かべながら、それでも眼だけは笑わずに上樹先輩がそう言った。


 あ~~っと、これは怒ってる時の上樹先輩の顔だ。


 何を怒られてるのか、ボクにはよく分からないが、とにかく怒ってる事だけは確かだ。

「あの~、上樹先輩」

「なにかしら」

「まず何の説明からしたら良いですかね」

 て、いうか訊きたい事はこっちの方が多いんですけと。

「そうね。まずは琥珀こはくちゃんとの関係かしら」

「コハクさまとの関係?」

 ピクリと上樹先輩の眉毛が上がった。

「琥珀ちゃん」

「はい!!」

 ボクの隣に、同じように正座してる琥珀さまが、驚くほどはきはきとした返事をした。

「あなた、暁人くんに様づけで呼ばせてるの」

「それは、その、あの、暁人どのが初めてわらわと会うた時に、琥珀様と呼んでくれたので⋯⋯」

 いや、まあ、その場の勢いで。

 真っ赤な鎧にマント羽織って、変な仮面かぶった濁声のおっさんを刺激するのはまずいな~って。

 コンシェルジュさんも琥珀様って呼んでたしね。

「ふ~ん、それはきっと、とても良い気分よね~」

「わらわは、琥珀と呼び捨てにして欲しいと言うた!!」

「あと、いつまで、そんな変な喋り方してんの」


 上樹先輩が琥珀さまのほっぺをつまんで、両側にイーッと延ばした。

「こりぇが、わらわのデブォルトなのじゃ」


 いまデフォルトって言った。


「どうしようはじめくん。私だ、私のせいだ。私が途中で目を離しちゃったから、妹が変に育った」


 妹!?


 いま確かに妹って言った。

 えっ、上樹先輩と琥珀さまって姉妹なの!?

 確かに似てるとは想ったけど、まさか本当に姉妹とは⋯⋯

「あなた、いま十六よね」


 十六!?


 え、琥珀さまって十六歳なの!?


 ええええええええ


 てっきり二十歳にはなってると想ってた。

「まだ自由に異世界を行き来できる歳じゃないわよね。父さんと母さんの許可はもらってるの?」



 あ、眼を逸らした。



「もらってないのね」

 ずいっと顔を寄せた上樹先輩が、獲物を射抜くような眼で琥珀さまを見つめた。



 あ~っ、恐い。



 人の味を覚えたライオンや虎に尋問されたら、きっとこんな感じになるんだろうな。

「る、瑠璃るりねえばかりズルいのじゃ」


「なにが?」


 正座をしたまま一歩後退した琥珀さまが、涙目でまくしたてた。

「瑠璃姉は十六で、こっちの世界に留学して、素敵な恋人見つけて、異世界結婚までした。わらわも素敵な恋愛がしたいのじゃ」

 上樹先輩が困ったようにため息をついた。

「そうね。六歳だった琥珀ちゃんも、もう年頃だもんね」

「瑠璃姉」

 ひしっと抱きしめあった姉妹を見て、ボクもほっこりとした気分になった。

「でも、なぜ暁人くんなの?」

 琥珀さまが赤面してる。

「それは、その、あの暁人どのは、わらわの初めての⋯⋯」

 ぎょっとした上樹先輩が、ギロリとボクを睨んだ。



 ぁぁぁぁぁぁぁ



 蛇に睨まれたカエルって、こんな気分なのかな?



 ♠


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