第79話 紫色の

 セレンが今までで一番いやそうな顔をした。

 そしてぴんと立った自分の兎耳を二つ折りにして手で押さえて、


「なんだかもう無理ですぅ。すごく気持ち悪い強い音が聞こえる。さっきはそこまででなかったのに」


 セレンが呻くようにそう呟く。

 それを聞いて俺は、


「俺達が近づいているのに聞こえて、警告音に変えたとか?」

「あり得るわね。でも、何かが襲ってくる気配はまだない」


 シーナが周りを見て、ロゼッタも、誰かがこちらを見ている様子わないわね、という。

 セレンは相変わらず変な音がすると呻いて、


「まだ行くのですか~」

「ええ、この操っている魔道具には興味があるもの」


 ロゼッタがそう答えて、セレンが渋々と耳を上げてそのまま音の方に向かっていく。

 土の道を踏みしめて、誰もいないかのように静かな家々の間の道を歩いていく。

 こちらをカーテンをめくるなどして様子見している様子すらない。


 全く人間的な動きがみられないその場所を歩いていくとそこで、村の広場のような場所にやってきた。

 家に囲まれたその場所は広く、集会などを行うには丁度良い場所と言えそうだった。

 だが、今その中心の所に奇妙なものが存在していた。


 それは、細かい文字のようなものが台座のような場所に書かれている。

 その台座には、紫色の硝子のような細長い塊が鎮座している。

 日の光の中で煌くそれには、時折怪しげな緑の光が走る。


 セレンがもう駄目というかのように耳を折り曲げている。

 だが相変わらず俺達には全く聞こえない。

 そこでロゼッタがその台座の部分にしゃがみこんでのぞき込む。


「……ここに、ハートマークが四つついているわ」


 そう言ってロゼッタがそれを見ているが、それを俺は知っていた。


「四葉のクローバーみたいですね」

「四葉のクローバー?」

「幸運を呼ぶそうです。こちらにはこのようなものがないのですか?」

「ええ、そしてこのマークは、あのいなくなった魔道具を作る異世界人の彼女が好んでつけていたものなの」

「するとその異世界人がこれを作ったと」

「そうね。……彼女と思って間違いなさそうね」


 嘆息するように呟いたロゼッタがそこで紫色のガラスの部分に手を伸ばした。

 俺は慌てて、 


「そんなに無防備に触っていいのか?」

「触れてからこの物体について調べようと思ったの。それくらいの防備はしているわ」


 ロゼッタが俺に当然のように答える。

 だから俺は黙ることにしたのだが、それは間違いだったのだった。 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る