さくら

八條ろく

薄桃色—pale pink

寝たきりの祖母が私に言った。『死ぬ前にもう1度桜が見たい』と。しかし私は桜を見たことが無い‥‥いや、桜の幹は今年も青々とした葉を沢山付けているのだから、私は花を見た事がないのだ。祖母の話や図鑑、小説によるとそれは大層綺麗な花らしく、この国の国花でもあるのだ。


私は祖母になんとか桜を見せてあげようと拾った枝に花紙でそれらしいのを作って見せてあげた。祖母はとても満足そうだったが、やはり本物を見せてあげたかった。


あれから数日が立ち、蒸し暑い日が続く。

図書委員の仕事を終わらしていたらすっかり日が傾き、廊下に夕日がさしこんでいた。夏の夕日はどこか物悲しいものがあり、別世界のようだった。


茜色に染まる廊下を歩いていると、普段気にもとめない飾られた美術の入賞者の作品がふと視界に入って、私は足を止めた。


「これは‥‥」


そこには川と薄桃色の花を沢山付けた並木の風景が描かれていた。


繊細なタッチで描かれたその絵は香りがこちらまでに漂ってきそうなほど美しく、気が付けば私は虜になってしまっていた。そして素直にこの絵に描かれた風景を見たいと思った。


いったいこの絵を描いたのは誰なのだろうか?視線を下に下げようとした時、携帯が鳴り、私は慌てて鞄から携帯を取り出して画面を確認する。画面には母という文字と電話の受話器のマークがあり、私は受話器のマークに触れて電話に出た。


「もしもし?お母さんどうしたの?」


受話器越しに母の声を聞きながら私は早歩きでその場を離れて下駄箱へと向かった。


電話の内容は大したことはなく、早く帰ってこいという事と夕飯の事だった。


下駄箱で靴を履き替え、私は学校を後にして帰路についた。

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