異世界に通じる穴は〇い

ぽてゆき

episode1 ドラゴンのキバ

 異世界に通じる穴は赤い。

 なぜなら、いま僕の目の前にある穴は赤いからだ。

 なんでそれが異世界に通じてるって分かるのか?

 それは、いま僕の横に立っているチャラい男が、ドラゴンのキバを持っているからだ。

 

「ふう。まったく手強かったぜ、ドラゴンは。まぁ、逆に思いきり懐に飛び込んだらあちらさん焦って、その隙をついてこのキバを抜いてやったんだがな。でも、オマエらは真似するんじゃねーぞ? オレは、こう見えて1年前まで本格的に格闘技を……」


 やたらガタイの良いチャラい男は、両手で抱えたキバを見せつけながら、自慢話に花を咲かせている。

 ここはコンビニの駐車場。

 僕はそのコンビニでレジをやっていたのだが、何やら人が集まって騒がしくしていることに気付いて外に出てみると、ちょうどこのチャラい男が赤い穴から飛び出してきて、やたらヌルヌルなそのキバを夜の空に向けて掲げているところだった。

 そのヌルヌル感の生々しさに加えて、表面には黒いまだら模様があり、何とも言えない獣臭が辺りに立ちこめていて、そのキバが彼の言うとおりドラゴンのソレだと裏付けているように思えた。

 

「おいおい、なんの騒ぎだコレは? マサキ! なんとかしておいてくれよ」


 店の自動ドアが開き、中から出てくるなり僕の背中に声をかけてきたのはこの店の店長。

 そして、僕の親父。

 このコンビニは僕の両親が経営している。

 僕は高校卒業後、小さな会社に就職したものの、色々あってすぐに退職。

 次の仕事が見つかるまで、親の店でこうして働かせてもらっている。

 そんなこんなで、なんとかしておいてくれと言われたら、この状況がなんだか良く分からなかったとしても何とかせざるを得ない。

 

「うん。わかったよ」


 振り向いてそう答えると、親父は黙って店の中に戻っていった。

 その姿を見て少しホッとしたものの、さてどうやってこの状況を解決すればいいのやら。

 3つある駐車場の白い枠の内、真ん中の車止めの辺りに、異世界に通じる赤い穴があった。

 穴は、このガタイの良いチャラい男がギリギリ通れるぐらいの大きさで、彼のお腹ぐらいの高さに浮いている。

 浮いているといってもプカプカ揺れているわけではなく、まるで宙に貼り付いてるような感じ。

 表側(って、それが表かどうかよくわからないけど、とにかくチャラい男が出てきた方)は赤で塗りつぶしたような丸い形をしているのに対して、裏側から見ると何も見えなかった。

 黒とかではなくすっけすけ。そこに何も存在していないかのよう。

 横からもみてもすっけすけで、厚みはゼロ。

 つまり、表側から見たときだけ赤い丸が見えて、コンパスでその空間を丸く切り抜いたみたいに見えた。

 その場には、僕とチャラい男の他に10人ぐらいが居て、赤い穴そして彼が抱えているドラゴンのキバをマジマジと見つめていた。

 

「あれ、ミツキちゃん? どこ……どこに行ったの!? ミツキ!!」


 突然、コンビニの袋を手にさげた主婦が叫んだ。

 もの凄く焦った顔で、顔を右に左にせわしなく動かしている。

 

「どうしました……?」


 一応、コンビニの制服を着ている以上、僕が声をかけるべきだと思って声をかけた。

 

「ミツキが……ウチの子が居なくなったの!! さっきまで手を繋いで一緒にあの穴を見てたのに……ミツキ! ミツキ!!」

「そうですか。でも、そんなすぐに遠くまでは行かないんじゃ……」


 と、僕は何となくお店の中に目をやった。

 少なくとも、手前の通路には女の子らしき姿はなかった。


「やぁ怖い怖い。もしかして、その穴の中に入って行っちゃったんじゃないの……なんなら、その赤色も……」


 会社帰りと思われるスーツ姿の女性が口元を手で抑えながら言った。

 いやいやいや、そんな縁起でもないことを……。


「わー、そうよ! ミツキちゃんったら、絶対この穴の中に入っちゃったんだわ! 助けて~、誰か助けに行って~」


 主婦は、これ見よがしに僕の顔を見ながら叫んだ。

 

「えっ? い、いや、えっと……えっ??」


 店の敷地内という責任があるにしても、単なるアルバイトがこんなヤバそうな穴に飛び込んで助けにいかなきゃならないん……えっ!?

 突き刺すような視線。

 その場に居た全員が、僕の顔をジーッと見ていた。

 

(行け……行け……行け……助けに行け……行け……)


 そんな心の声が聞こえる。


「助けに行けよ! 店員だろ!!」


 おっと、心の中だけじゃなかったよ。

 ドラゴンのキバを持ったチャラい男が、そのキバの先端で僕の脇腹をツンツンしながら言った。


「い、いてっ……痛ッ……ちょっとやめて下さいよ」

「行くならやめるぜ? ってか、ミツキちゃんがどうなってもいいのか?」

「いや、そんなわけじゃ……というか、知り合いなんですか?」

「知るかよ! ってか、知り合いじゃなきゃ絶対心配しないのか? あーん?」


 うわぁ、めんどくせ~。

 なんだこの状況逃げてぇ~。

 と、ふいに後ろを振り向くと、店の中に居る親父がガラス越しにこっちをジーッと見ていた。

 ……くそっ、みんなよってたかって!

 しょうがねーなもう。

 まあ、僕だって心配してないわけじゃないけどね。

 いくらミツキちゃんの顔も何も知らないとは言え、あの母親の焦りっぷりを見て何も感じないなんてことは無い。


「わかりましたわかりました! 行きますよ!」


 こうして僕は、異世界に通じる穴に入ることになってしまった。

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