第9話 エイト、アヌスからキツい一撃を喰らう。

 アヌスタシアとカクさんは、風呂からあがると直ぐに寝てしまった。

 スケさん達は飲み会となると遅くなるらしく、大抵は二人だけで先に眠る事になるそうだ。


 俺は脱衣場まで行くと服を脱いだ。

 胸のパッドを抜いてブラを外す。

 そして白い、かぼちゃパンツも脱いだ。

 その下には更に、もう一枚の白いボクサーブリーフっぽい下着を穿いている。

 この異世界の品物にしては、伸縮性に優れた逸品だ。

 勃起でもしない限りはキチンと抑えつけられているので、かぼちゃパンツの外からなら見られても、まずバレない。

 俺はブリーフも脱ぐと、トイレで大人しくさせた息子と御対面した。


 そう。

 俺は美少女の姿をしてはいるが、れっきとした男なのである。

 転生前も男だった。

 しかし女装したのは、転生した後の話になる。

 今現在その姿形だけは、いわゆる男の娘だ。


 でも、ノーマルだ。


 趣味や嗜好や心のあり方として美少女という殻を選んだのでは無い。

 全ては、とある組織から逃れる為の仮の姿だ。

 まあ、そこら辺は追い追い説明するとして……。


「ふう〜っ……」


 俺は身体を洗ってから、複数の綺麗な岩で造られた湯船に浸かっていた。


 あぁ〜、気持ちいいなあ……。

 ……少しだけ硫黄の匂いがするが……。

 温泉なのかな?

 ……ま、今なら問題は無いか……。


 ゆったり俺がくつろいでいると、声が聞こえてくる。


「どうしたの? 早く、入っていらっしゃいな?」


 セヴェンの声だ。

 隣の部屋には彼女と一緒に誰か他の人が泊まっているらしい。

 女友達か何かだろうか?

 それともアヌスタシアと関係のある女性?


 向こうの部屋にも専用の露天風呂が付いているらしい。

 こちらの風呂と、あちらの風呂を仕切る垣根の向こうから、お湯が流れる音や誰かが湯船に浸かる音がする。


 再び、セヴェンの声が響く。


「ふふっ、それにしても綺麗な肌をしているわね……若いって羨ましいわ」


 ……。

 ごくり……。

 セ、セヴェンより若い女性と一緒に入っているんだろうか?


「えっ? 貴女には負けますって? うふふ、ありがとう……お世辞でも嬉しいわ」


 俺は垣根の側へと寄るために湯船の中を移動した。


「どうしたの? もっと近づいて湯船の中に、しっかり入らないと、風邪を引くわよ?」


 良く見ると、竹を縄で縛って作られた垣根の一部に、緩んでいる部分があった。

 そこの場所から隙間が、少しだけ広がっている。


「少し恥ずかしいですって? 大丈夫よ〜、私達は私の亭主でもある、あなたのお兄さんや私の妹を含めて、小さい頃からの付き合いじゃないの? いとこ同士で、いまさら隠すものなんて無いでしょ?」


 ……向こう側が覗けそうだ。

 この先に何も隠していない全裸のセヴェンが?


 ……ごっくん……。


「そんな所に突っ立っていないで、こっちに来なさいな?」


 俺は、そーっと立ち上がり、岩に右足を掛けて、隙間から向こうの様子を覗いてみた。


 兄貴の固い尻が見えた。


 おええええええええええぇぇぇぇぇぇぇーっ!


 ……な、なんで女性のセヴェンと男のシルバが、同じ部屋で二人きりで寝泊まりしてんだよ!?


 そんな疑問をセヴェンと、声が聞こえないシルバの会話が答えてくれた。


「えっ!? なんで私と貴方が、一緒の部屋になったのかって?」


 セヴェンの溜め息が聞こえる。


「仕方ないじゃない。ちょうど四人部屋と二人部屋が一つずつしか空いていなかったんだから……」


 ちゃぽん、という水音が垣根の向こうから聞こえてきた。

 セヴェンが湯船の中の、お湯を身体にかけたのだろう。

 ああ、セヴェンの裸が見たい!

 しかしシルバの裸は、もう見たくない。

 どうせセヴェンは、シルバの影に隠れて見えねーし!

 俺は二度と向こう側を覗こうなどと思わなかった。


「私が、お嬢様の部屋に泊まって、あの女の子を貴方と二人だけで、この部屋に泊まらせるわけにはいかないでしょう? 貴方だって、受付の段階では納得していたじゃない?」


 ……あの女の子……?

 あ、俺のことか……。


「……別に襲わないって? 当たり前ですっ! ……大事なのは女の子の方の気持ちでしょ? 例え相手が紳士だとしても、いきなり今日知り合ったばかりの男性と二人きりで泊まれるわけないわよ」


 いや俺、実は男ですけど、シルバさんと二人きりはイヤです。

 なんだか掘られそうで……。


「だからといって風呂まで一緒に入る事はないだろうって? いいじゃない、たまには……結婚して子供を産む前は、ときどき四人で仲良く入っていたんだし……」


 ……うらやまけしからん話だな。


「あら? もう、あがるの? 大丈夫? ちゃんと、あったまったのかしら? ……そう? それなら、いいけど……私は、もう少しだけ浸かってから行くわ」


 ……チャンスだ!


 俺は、もう一度だけ静かに音を立てずに、気付かれないよう慎重に立ち上がる。

 右足で湯船の岩場を踏んで垣根の向こう側を隙間から覗こうとした。


 その時、こちらの風呂場の脱衣場から大きな声が聞こえてきた。


「まったく、今の今まで呑んだくれて、風呂には一緒に入りたいとか、いい御身分だな!?」

「んふふ〜、そう言いつつも付き合ってくれるカクさんって好きさ〜」


 少しだけ怒っている様子のカクさんの声に続いて、明らかに酔っ払って機嫌の良さそうなスケさんの声が風呂場に響いてくる。


 しまった!

 二人の接近に気がつかなかった!


 俺は慌てて逃げる場所を探したが、間に合わずに扉が開かれた。


 風呂場に入ってきた全裸のカクさんと、俺の目が合う。


「……と、悪い。エイトが入っていたのか……済まないが一緒に入っても、かま……わ……ない……だろう……かっ!?」


 カクさんの視線が俺の股間を凝視する。

 彼女は目を大きく見開いたままで硬直した。


「あれ? エイト? お前、それは……?」


 スケさんが俺の股間を指差した。


 二人とも当然のことながら全裸だった。


 カクさんの、やや褐色に近い少しだけ筋肉質だが形の良い胸を持つ、しなやかな裸体。

 そして初めて見るスケさんの白い肌と、ややだらしなく垂れた大きな胸を持つ、女性的なラインを維持した素晴らしいプロポーション。


 俺は二人に挨拶をする。


「や、二人とも、こんばんは」


 片手を挙げると同時に、あそこも上がった。


 スケさんが呆れたようにジト目で呟く。


「なんだ、お前……男だったのか……」


 男という単語が放たれた瞬間に、カクさんが俺に向かって突進してくる。


「いやああぁぁっ! はだかのおとこおぉっ!?」


 あ、でもあったの?


 カクさんは叫びながら素早く俺の右腕を掴むと、一本背負いの態勢に入った。


「とりゃああああぁぁぁぁーっ!!!」


 鮮やかな巻き込みで俺を風呂場の入り口に向かって放り投げる。


「なによもう! うるさいわねっ! 眠れないじゃないのっ!」


 そこへ運悪く、アヌスタシアが入ってきた。

 彼女の視線が俺の股間をロックオンする。


「ほへ?」


 アヌスタシアはキョトンと見上げながら飛んでくる俺と、その股間を凝視した。


「い、いやああああぁぁぁぁっ!!」


 アヌスタシアは渾身の右ストレートを俺の股間に向けて放つ。


 それは見事にカウンターでクリーンヒットした。


 俺は強烈な痛みに耐えかねて、気絶してしまうのだった。

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