友人が変な死に方をした件(2018.02)

 まあ怖い話っていうか不思議な経験したって話なんだけど、ここに書いてもいいかな。

 高校の頃、よくつるんでた友人が二人いてさ。

 めちゃくちゃバカ校だったしみんな育ちが悪かったから仲間内でクソとか死ねとか殺すとか言いまくってたんだけど、冗談通じる奴らだったし、むしろ全員がそんな感じだったからすごく気が合った。仮にその二人をAとBとしとこう。

 よく三人で授業サボってBんちに集まって、たわいもない話したり漫画読んだりして過ごしてた。

 Bんちは築50年くらい経ってんじゃねえかってぐらいのボロアパートで、当然のように隣の住人のくしゃみとか聞こえるし、夏場は蚊がすごかった。

 Bは俺らん中でも特に口悪かったから、蚊に対してもはーうぜえふざけんなよクソが死ねよとか言ってなんか変な動きでめちゃくちゃ蚊を叩いてて、それはそれで今思うとアホみたいで楽しかったな。高校卒業してからも結構三人で会ったりしてた。

 で、卒業してしばらく経った今年の夏のことなんだけど、そのBが死んだんだよ。

 すげえ突然でびっくりした。本当に何の前触れもなくいきなり知らされて、俺とAはなかなか受け入れられなかったんだ。

 前の週まで会って遊んでたから、その前触れのなさも不思議だったんだけど、もっと不思議だったことがあって。というのもBの死因なんだけど、

 凍死だったんだよ。

 あのクソ暑い、夏場は蚊が沸き放題のボロ部屋で凍死?って、全く信じられなかった。前週までピンピンしてたから体調の異変でもないだろうにって。でも警察の人が言ってたから凍死ってのは多分本当なんだと思う。

 俺らもそこまで警察から詳しく聞き出せたわけじゃないからどこまで本当かわからないんだけど、Bの死体の周りにはとくに気温を下げたりするようなものはなくて、ただ普通の部屋の中でBだけが凍っていたらしい。そんなんだから、自殺か他殺か、それとも事故なのかとか何一つ分かってないみたいだった。

 所詮ただの変死だし、事件性もあるんだかないんだかよくわからなかったから警察もあんまり本腰入れてる感じじゃなかった。田舎だったし、あんまり変死とか捜査した経験もないのかもな。でも俺らにとっては大事な友人のことだし、いくらなんでも気になったんで、こっちでも独自にいろいろBのその日の行動とか調べてたんだよ。

 そしたらある日、Bの生配信チャンネルに録画が残ってるの見つけたんだよ。日付はBの死亡推定日の前日の夜。30分の動画が一本だけで、サムネはなんか暗いもやもやでよくわからない。来場者数は1だったから、どこにも貼らずに録画だけしておいたって感じだろうと思った。最初非公開で後になって公開したのかもな。

 警察ってこういうの見つけたら非公開にしたりするもんじゃないのかなとか、別にこんなとこまで警察は見てないかとも思ったけど、ともかくそのことをAに伝えたらとりあえず見てみようってことになった。


「わりいな。うちまで来てもらって」

「うんそれはいいんだけどさ、なんかやべえもん映ってたらどうするよ」

「やべえもんって何だよ」

「なんかほらあるだろいろいろと。やべえもんだよ」

 Aは以前からアホだったから相変わらずこいつ本当アホだなと思いながら、とりあえず再生ボタンを押してみた。


 ザーーーーーーーーー。

 ガッ。ガッ。ガッ。ガッ。ガッ。


 どうやら夜の屋外みたいで、風が強いらしくて木とかがザーっていう音と、ガッ、ガッ、ガッっていうのは多分足音かな。ほとんど真っ暗だったけど、画面に映ったスマホのライト?っぽいのが大きく揺れてるから、砂利道みたいなところを歩いてるんだなってことは分かった。

 撮影者はBだとは思うんだけど、声が入ってたりしたわけじゃないから確信は持てなかった。

 動画始まってすぐ(5秒後くらいかな)に、足音が急に止まって目の前にある建物が映し出されたんだ。

 建物っていうかそれは「ビル」で、いかにも廃墟って感じのビルだった。すごい古くて、壁は剥がれ落ちてるし、草が茂ってるし、窓は割れてるし。なんか威圧感ある感じだった。

 そのビルに、Aは心あたりがあるみたいだった。

「あーここ俺知ってるかも」

「まじ?」

「うん。高校の隣の隣くらいに鬼謡橋(きようばし)って駅あんじゃん? そこにある廃墟だわ多分これ」

 うちの高校って田舎も田舎で、何駅か行くともう誰一人使わなそうな古い駅があったりしたんだよ。でそこにはバブル期とかに建てられまくった温泉街とか別荘街のなれのはてがあって、今は廃墟だらけになっていた。

「行ったことあんの?」

「ある。おもしろそうだったから。けどなんか雰囲気が相当ヤバくてすぐ帰ってきちゃった」

 ビビリのAらしい話だと思った。

 カメラはしばらくそのビルを映して、それからおもむろに中に入っていった。

 ザーーーーーーーーー。

 さっきより音が大きくなっているように感じた。

 ビルの中はまさに廃墟って感じで、天井は崩れてるし、床のカーペットはシミだらけだし、なによりAがヤバい雰囲気って言ったのもわかるくらいに画面全体がなんともいえない嫌な感じに包まれていた。

 映像の中のB(かはわからないけど)は一旦奥へ進むと、今度は階段をどんどんあがっていった。何階分かははっきりとはわからなかったけど、結構長い時間だったから10階とか20階分ぐらいはありそうだった。で俺は変だなと思ってAに聞いてみたんだ。

「そのビルってそんなに階数あんの?」

「わからん。さすがに20階ってことはなかったと思う……」

 背景のザーっていう音がうるさかったのもあるけど、階段を上ってる間特に息切れの音とかは聞こえなかった。もう少し音量を上げれば何か聞こえたかもしれないけど、それは今思えばの話なのであのときの俺らはそこまで考えてなかった。

 Bが階段を上り終えてフロアに出た。暗すぎて映像からは様子がつかめなかったけど、かなり広いスペースみたいだった。植物があちこちに生えている。床には何かが散乱している。

 しばらく周りを見渡していたカメラが急にブレた。ブレが収まると、半開きのドアが映っていた。なんというかこう、「何かに驚いてドアの方を見た」みたいなカメラの動きだと思ったな。懐中電灯に照らされたドアは別に揺れているとかそういうわけじゃなく、「何か」があったようには見えなかった。ただ動かないままそこにあった。

 Bはドアに迫っていく。ドアノブに手をかける。ゆっくりと開ける。数センチ先も見えないような真っ暗闇を懐中電灯が照らす。

 そこは「応接室」みたいな感じの場所だった。埃だらけのテーブルと、傷だらけで綿が出ているソファと、たぶん観葉植物が生えていたんだろうなっていう植木鉢とがあった。

 そのテーブルとかいろいろは最初に一瞬映っただけで、Bのカメラはドアとソファの間あたりの何もない、石の床を映して止まっていた。微動だにしなかった。何かそこにあるのか?と思ったけど、特に何かあるようには見えなかった。

 かなり長い間そこが映ってて、手ブレ以外はほとんど変化のない画面だったんだけど、どうもよく聞くと声らしいものが入っているっぽかった。

 そこでようやく俺らは音量のことを思い出して、応接室に入るとこまで動画を戻して音量上げて聞いてみたんだ。

 そしたらやっぱり聞こえるんだよ。背景の音がうるさくて微妙だったんだけど、たぶんあれはBの声だったと思う。ところどころ聞こえなかったから想像だけど、「どういうことすか」とか、「なんでですか」とか、しきりに質問しているみたいだった。その口調もBのものだった。

 でも不思議なのは、その質問をされているはずの相手の声が全く入ってなかったんだよな。

「……と……を……してください」

「──」

「なんで……なんすか」

「──」

「……は……どういう……か」

「──」

 みたいな。誰もいないところに向かってBが話しかけているように見えて、すげえ気味が悪かったな。

 動画はそこで終わっていた。

 これを撮影した次の日に、Bは死んだってわけだ。

 そもそもBはなんで、こんなところまで足を運んだんだろうか。なにかよっぽど強い理由でもないと、わざわざこんな廃墟まで行かないんじゃないだろうか。

 いろいろ思うことはあるけど、俺はもうこうなったらやるしか無いと思っていた。

「ここ、行ってみよう」

「えええ〜、絶対やだよ」

「なんでだよ。こんだけじゃ何もわかんねえだろ」

「確かにそうだけどさ……」

 正直俺も背筋に寒いものを感じていたけど、Bの死の謎を解明するにはそれしかないと思ったんだ。


 翌日、Bの動画と同じ時間に俺らは鬼謡橋駅に降り立った。終電まであと一時間半。それまでにあのビルに何があったのか、Bはそこで何を見たのか、確かめてから戻らないといけない。

 Aはずっと来るの嫌がってたし、ここに来る途中もずっと浮かない顔してたけど、あのビルがどこにあるか知ってるのはAだけだし無理を言って来てもらった。

 鬼謡橋駅は本当に何もなくて、駅前こそいくつか人の住んでそうな家があったけど、5分も歩けばすぐにその廃墟街にたどり着くことができた。

 この日も風が強くて、なんかヒューヒューいう音と風が木や草にあたってザーーーッていう音がずっと聞こえてて、Aの声すらも聞き取りづらいほどだった。

 街灯もないから、真っ暗な道を歩いてようやくそのビルにたどり着いた。廃墟街でひときわ目立つその四角いビルは、温泉旅館って感じじゃないし、それこそオフィスビルでもあったんだろうか。確かに20階もあるようには見えない。でもあちこちボロボロだし、やっぱり廃墟であることには間違いなかった。

 あとさ、ビルには窓がたくさんあったんだけど、電気が消えてる窓ってそれだけで嫌な感じなんだよな。中からなんか覗いてそうで。 

 たくさんある窓の中に人の気配を見たような気がして帰りたくなったけど、ここまで来て引き返すわけにはいかないと思った。

「よし……入るぞ」

「おう……」

「いや待て、その前に、ここからは撮影しといてくれ。ほらこれ、容量ならまだあるから」

「……わかった」

 Aにスマホを渡してから、俺らはそのビルに入っていった。

 入ってすぐのロビー?的なところはかなり広く、開放感すらあった。昼に来ていたらきれいな景色ではあったかもしれない。でもこの時間なのでとにかく暗い。懐中電灯の光すら届かない暗闇に何かがいても気づかないだろうなと思った。

 階段を登っていく。動画でフロアがあった階は数えてあった。19階だ。このビルがそんなに高いとはいまだに信じられなかったけど、俺らは確かに19階分階段を上ってフロアに出た。

 そこは、かなり広いオフィススペースみたいだった。植物が生え放題なので逆におしゃれなオフィスに見えないこともなかったけど、風もないのに植物がザワザワ言ってるのが不思議だった。

 床に散乱していたのは、ハンコだった。たしかにここがオフィスだったことを物語っていると思った。

 植物のザワザワなのか、なんかそれ以外にもザーっていう音の出どころはあるんじゃないかとも思ったけど、Aはとにかく周りの物音にいちいちビビっていた。

 しばらくフロアを探索したあと、Aが言った。

「おい、あれ……」

「わかってる」

 そこには、動画に写っていたドアがあった。あの中でBは何を見たのか、その答えが今、目の前にあると思うとなんか足がすくんだ。

 とりあえずノックしてみる。応答はない。ドアノブに手をかけ、一気に開けた。

 バン!

 ドアが壁にぶつかる音が大きく鳴る。

「誰かいますか!」

 こういうときは勢いで押し切ってしまったほうがいい。返事はなかったので奥へと入っていった。

 応接室には、埃だらけのテーブル、ボロボロになったソファ、観葉植物の鉢と、動画で見た通りのものが置いてあった。しかしそれ以外は……変わったものは何もない。

「なんだよ、何もねえじゃん。あれ? A?」

 ずっと撮影していたAの姿が見えなくなったので振り返ると、Aはまだ部屋に入ってきていなかった。ドアのところでやたらガクガクと震えている。その表情は恐怖そのものといった感じだった。

「どうしたんだよ、そんなところで」

 Aは声すら出せないようで、震えながらソファの脇を指差した。

 そこで俺は見てしまったんだ。

 老人だった。

 じいさんだ。

 70〜80くらいのじいさんが、ソファの脇の硬くて冷たい石の床にひざまずいている。

「──」

 そこはさっき俺が通った場所だったのに、いつのまにそんな位置に?

「──」

 この老人は、生きている人間なんだろうか。

「──」

 老人の口元に違和感を感じて、気づいた。この老人、さっきから何か言っている。

「──」

 ずっと何かを言い続けている。

「──」

「あ、の……あなたは一体」

「──さい」

「え?」

「ごめんなさい」

 謝っていた。詫びていた。この老人は、さっきからずっと、何かに詫び続けていたんだ。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 異常な光景だった。自分の祖父ほどの老人が足元にひざまずき、詫び続けている。

 詫び老人──。

 俺は最初の目的を思い出して、聞いてみた。

「あの……Bを知っていますか」

「ごめんなさい」

「Bはなぜあんなことになってしまったんですか」

「ごめんなさい」

「Bをあんなことにしたのはあなたですか」

「ごめんなさい」

「あの……そんなところにいないで、座ってください」

「こうすることになってますので」

 初めてごめんなさい意外のことを喋った。

 こうも謝られ続けていると、だんだん居心地が悪くなってきた。こちらが悪いことをしているような気になってくる。この老人の醸し出す雰囲気に飲み込まれそうだった。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 やめろ……。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 やめてくれ……。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 もうやめてく

「おりゃああああああああ!!」

 Aだった。Aは飲み込まれそうになっていた俺の腕をつかんで力任せに引っ張ると、応接室から引きずり出してくれた。

 老人の姿は、もうなかった。


「大丈夫か!? ヤバかったぞお前!」

「ハァ……ハァ……。危なかった、助かった、ありがとう」

「いいっていいって。後ろから見てて明らかにヤバそうだったからさ。お前もこんなところで死ねしねないだろ」

「そうだな、もう限界だわ、早く帰ろう」

「おう」

 終電にも間に合い、その日はなんとか帰ることができた。あの老人、「詫び老人」とでも言いたくなるようなあの存在が一体何だったのか、Bはどうして凍死したのか、そもそもBはなぜ一人でこんなところにやってきたのか。どれ一つはっきりとしなくて、せっかくはるばるここまで来たのに得られたものは何もなかった。


 その翌日だった。

 Aが死んだ。凍死だった。

 Bと全く同じ状況だったそうだ。なんの前触れもなく、凍結した。二度と発言することができなくなった。

 そのAの撮影した動画を見返してみた。予感はしてたんだけど、やっぱりあの老人は映ってなかった。声も入ってなかった。

 それでもやっぱりあの「ザーッ」という音は入ってて、最初はただの背景音だと思ってたんだけど、違ったんだ。

 風の音にしては違和感あるなと思って音量を最大まであげてみたら、わかったんだよ。

 あの音、全部「ごめんなさい」だった。

 大量の「ごめんなさい」が一体となって、背景のザーッという音になっていた。

 いつからその音が聞こえていたのかは、考えないことにした。




 ……てことで、俺の経験した話はここまで。この辺で終わりにしとくわ。もうだいぶ夜も遅いし、あくび噛み殺すころすのも限界だしね。最後まで聞いてくれてありがとう。じゃあな。












※この作品はフィクションです。実際の人物、団体、事件などとは一切関係ありません。ごめんなさい。


■参考文献

入金済みのプロモツイートが不適切だとして停止され、Twitter Japan社に直接抗議に行った如月真弘さんのレポ - Togetter https://togetter.com/li/1199037

BBCニュース - 何カ所も刺されて蚊に「死ね!」とツイート……アカウント凍結 https://www.bbc.com/japanese/41105014

Twitter Japanの新オフィスが思わずつぶやきたくなるデザイン - ねとらぼ http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1508/24/news092.html

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