第9話 怒ることだってあるんですよ、ぷんぷん。

◆努力を認めて


①「……」

 ずるずるとうどんをすするゆーさん。


②「……」

 無言で丼を見つめる。


③「……」

 きょろきょろとあたりを見回すゆーさん。


④「あー、私に内緒で麺つゆを入れようとしたでしょ⁉ せっかくちゃんと昆布と鰹節からお出汁をとったのに!」

 「だから無理して本格的な出汁とらなくていいって言っただろ、最初に!」


 忍び込んだキッチンから麺つゆをもちだそうとした現場を押えられ、マーリエンヌから猛抗議を受けるゆーさん。 


(本文)

 確かに……今日作ったうどんの味はすご~く薄かったけれど、でも頑張っておだしをとったんですよ。本を見ながら。

 

 だからその苦労というか、頑張りを認めて欲しかったんですよね(汗を垂らした笑顔の絵文字)。


 ゆーさんは優しいので作る前から麺つゆ使ってもいいとか、顆粒出汁使ってもいいって言ってくれるんですけど、やっぱりママとしては愛する家族には丁寧なご飯を食べさせてあげたいなって、そんなことを考えたりしてるわけです。


 ゆーさんは本日体調を崩してお仕事を休んでいたんですが、午後にはすっかりよくなりました。

 午後は子供たちと一緒にゲームをしたりして、リフレッシュしたみたいです☆


(コメント)

 出汁一つまともに引けないなんて母親失格ですね(出汁は取るものじゃなくてひくものです。常識ですよ)。

 そんな添加物まみれのもの食べさせれれて旦那さんもお子さんも可哀そう。異世界に帰ったらどうですか。


(返信)

 いつもコメントありがとうございます(二つがさねのハートの絵文字)。

 ゆーさんや子供たちのことを心配してくださって優しいんですね。感謝してます。


 なお出汁は「取る」でも「引く」でもどちらでも大丈夫みたいですよ。ご参考までに♡


 


 ちっ、と隣にいる中学生がスマホを見ながら舌打ちをした。

 無理やり自分をこんなところに連れてきて失礼なやつだなと日向子は気を悪くする。

 ここは緑山団地の幽霊が出るという噂の空き家だ。肝試しとしてここいら一帯の暇な若者が勝手に出入りするとみて、様々なゴミで散らかっている。埃臭いし鼻もムズムズする。一刻も早く帰りたい。「君子危うきに近寄らず」なんて言った自分がこんな場所にいるなんて羞恥の極みだ。それもこれも考え無しの央太が悪いのだ。



「はあぁ? 今から緑山団地へ行くって? あんたらバカじゃないの」


 央太が友達と一緒に今から探検へ出かけるというので姉として日向子は止めたのだ。


「だって、緑山団地の空き家には野良になったレアモンスターがいるって噂になってるんだぜ」

「人食い幽霊の噂はレアモンスターが狙われないようにするカモなんとかなんだって」

「カモフラージュね。あんたたちまだペットモンスター集めなんかやってたの?」

 

 小学生の間で去年大ブームになったペットモンスターコレクションゲームを日向子は思い出した。

 環境には無害(だという触れ込みだった)な異世界由来の人工精霊技術を応用した愛らしいモンスターを街中に放ち、捕まえてコレクションするというゲームだ。つかまえると専用のタブレット型玩具に格納できてコレクションが楽しめる。しかし現在は本来繁殖もしないし環境に悪影響を与えない筈のペットモンスターが大繁殖して社会問題化し、運営中止になっている。

 しかし、禁止されたせいでかかえって子供たちを駆り立てる危険な魅力を放つ存在に進化してしまったのだ。レアモンスターは子供社会で相応のプレミアがつき、それ一体で様々な宝物と交換できるし、グループのボスになることも夢ではない。


「やめときなよ、ペットモンスター集めは学校で禁止されてるでしょ。バレたら怒られるよ?」

「へええ、お姉ちゃんは学校の決まりはきちんと守るし危ないところに近づかないいい子なんだあ。怒られるのが怖いんだあ。へええ」

 

 央太たちの後ろにいた初めて見る中学生がこちらをみてコバカにするようにくすりと笑った。


「……誰この人?」

「知らない。でもパパの知り合いだって。でもってこの人が緑山団地のレアモンスターの噂を教えてくれた」

「いい人だよ。オレらにこれ買ってくれたし」

「なあ」

 央太達の手にはたくさんの駄菓子やアイスがあった。どうやらこの得体のしれない中学生におごってもらったらしい。知らない人からお菓子やおもちゃをあげるからと言われても決してついて行ってはいけないと幼稚園の時分から散々聞かされてるはずなのにこいつらは……。日向子はくらくらする頭を抱えた。

 

「とにかくダメ! 怖い噂が生まれる場所っていうのはね、本当に心霊の類がいなくても物理的に危険な場所だったりするんだから絶対ダメ! はい解散!」

 ちぇー、なんだよ~……とぶつくさ不満を垂れ流しながらも大人しくバラバラと去っていった。日向子は彼らから一目も二目も置かれていた。


「しっかりしてるのねえ、お姉ちゃんはあ」

 後に残った中学生がわざとらしい笑顔で詰め寄ってくる。

「でも、ああいう子たちって後から好奇心にかられてこっそり迷い込んだりするんじゃないかしらあ。心配じゃないかしらあ、お姉ちゃんとしてはあ」

「あんたがたきつけたりしなけりゃそんな心配しなくてすんだんですけど」

 じろりと日向子は中学生をにらみつけるが、やっぱりバカにした風に笑って見せるだけだった。なんだこいつ。


 しかし実際、あんな話を聞いた央太達が大人しく言いつけを守るとは思えないのも事実だった。お寺のコロボックルはそのまま関心を失くしたようだが、レアモンスターとなれば少々の危険をおかしてでも手入れたいとなっても不思議ではない。


 不安だ。心配だ。

 これを見越したように中学生が甘い声で誘ったのだ。

「ねえ、お姉ちゃんが先に緑山団地の空き家を探索して、弟さんに報告してあげたらどう? そしたら弟さん、むちゃな冒険をしようって気を失くすんじゃない?」

「……あなたは弟を緑山団地の空き地に連れて行きたいのか行きたくないのか、どっちなんですか? ていうかそもそも誰? 本当にパパの知り合い? パパがなんて中学生なんかと知り合いなの?」


 ふふっと女子中学生は意味ありげに笑った。笑うだけで答えてくれない。なんだコイツ、と日向子の反感は募った。こういうのらりくらりして核心にふれないやり口で人を翻弄する手合いが日向子は一番嫌いだった(クラスにもこんな女子がいる)。


 こんな奴に舐められてたまるか、という怒りで本来の自分を見失ったのが失敗だった。だからこんな緑山団地の空き家だなんて怪しい場所に来る羽目になってしまったのだ……。善く戦う者は怒らずと、昔の人はよく言ったものだ。


 むしゃくしゃしながら空き家を歩き回る。幸い、ゴミが多いだけで何も怪しい気配はない。幽霊もレアモンスターも出そうではない。なんだ、と日向子は鼻をフンと鳴らした。


「全く何にも、大したことはありませんでしたね」

「……」

 自分をここまで連れてきた中学生は、そこだけは掃除が行き届いているリビングのソファに陣取って、スマホに何かを打ち込んでいる。LINEでもやっているのかそれともゲームか、なんにせよ失礼なやつだ。

「それじゃあ帰りますね!」

「ねえ日向子ちゃん、昔のお父さんのこと知りたくない?」

「……はい?」


 日向子はこうやって前後の脈絡なく話を切り替える話法を繰り出して人心を惑わす手合いも大嫌いだった(クラスの女子にそういうのがいる)。

 しかしパパの話となると、気になる。どうしても気になってしまう。


 日向子はパパが昔勇者と呼ばれる人だったことは知っている。勇者と呼ばれる人の華々しいヒストリーは本になったり再現ドラマになったりしている。なのにパパは一向にそれを語ろうとしない。日向子が一生懸命ねだっても「大きくなってからな」と笑顔で頭を撫でてごまかすだけだ。

 勇者だったことは本当なのだ。だってテレビ局や出版社の人が今でもパパの下を訪れてパパの話をドラマや本にしたいと話を持ち掛けてくるくらいだから。ただパパもママの絶対その話には乗らないだけだ。


 日向子は勇者と呼ばれた人たちの伝記やドラマが大好きだ。自分もいつか勇者になりたいと夢見ている。それだけにパパやママの冒険が何の本にもドラマにもなていないことや、絶対に話してくれないことが不満だった。


 けどこんな得体のしれない中学生から聞かされるいわれはないと、日向子はすんでで理性を取り戻した。


「結構です! パパの昔の話はいつか直接教えてもらいますから!」

「パパはね、酷い人なんだよお。いっぱい罪もない人を殺したのお」

「……、そりゃ、仕方ないんじゃないですか。正義をなす為には時には犠牲も必要ですから」

「へえ、日向子ちゃんはそういう割り切りが簡単にできる子なのねえ。こわあい」

 

 本当になんだこいつ、日向子のイライラは跳ね上がる。


「そういう発想ができる所、ユーマの血筋らしくなあい。あのクソブログ描いてるママの利己的遺伝子の作用なんじゃない?」

「……っ?」

「ユーマはねえ、お人よしで優しくてえ、鈍感でえ、可哀そうな女の子を見かけたら助けようとするけどお、助けられなかった女の子の名前はすぐに忘れちゃうような薄情なヤツなのお。でも名前を思い出せないくせに助けられなかったことに苦しんで苦しんでえ、そして世の中を滅ぼしたくなるくらい悩むようなやつなのお。正義をなす為には犠牲は仕方ないなんて知恵の足らない秀才みたいなセリフは絶対口にしなあい」


 なんだこいつ。日向子のイライラは少しずつ恐怖に移りだす。


「私が好きだったユーマはそういう子だったのお。だからあのお祭りの夜に一緒に死んでって頼んだのお。私はお祭りの本番で邪神のいけにえになる運命だったからあ。いけにえに何て俺がさせないって言ってくれたからすがったのおお。ユーマみたいな優しい勇者なら私の願いも聞き届けてくれるんじゃないかなと思ったのおお。でも駄目だったああ。あんたのママが邪魔したからああ!」


 うっわ本当になんだこいつ、日向子の恐怖がいよいよ増してゆく。


「あんたのママがとんできてえあの槍で私をぶちのめしたああ! 私をいけにえにする運命から救うっていった端からああああ! 今でも今でも今でも、生まれ変わって十年以上たつのに傷むんだよおおあの時の傷がああっ!」


 日向子の気持ちはもはや恐怖しかなかった。もしかして緑山団地の空き家の幽霊の正体ってこの中学生ではないのか。

 

 中学生はスマホに見入ったまま、日向子のママの悪口を漏らし続けた。こちらの方は見てなさそうなので、日向子はそおっと歩い廊下を歩いてドアに向かおうとした時。


「逃げんなよ」

 

 ざわっ、と廊下が一瞬で黒く染まった。それがざわざわと一気に日向子の足元めがけて動き出す。黒光りする甲虫の群れだった。ひっと日向子は息をのむ。


 中学生はゆらりと立ち上がり、こわばる日向子を見下ろす。


「私はあのあと結局邪神の餌にされたんだ。生きながらバリバリむしゃむしゃ食われたんだ。痛いんだよお、頭蓋骨をかみ割られるのはさあ、痛いなんてもんじゃないよお。そのあと邪神に一体化した私をのこのこやってきたあいつらがぶっ倒してくれたんだけど、遅いよねえ。なんで私が人の形を保っている時に助けてくれなかったんだ。とろいよねえ、あんたの親は」


 ゆらりゆらり、かしぎながら中学生はこちらに歩いてくる。


「本当にとろい親だねええ。今度は娘がいけにえにされそうになってるのにまだ来やしない」


 意を決して日向子は目をつぶり、しゃがんで甲虫を掬って中学生へ向けて投げつけた。ちくちくした脚の感触が気持ち悪いが我慢しきれないほどではない。


 日向子に虫を投げつけられてなぜか中学生は大げさに目を見開く。そんなに驚くようなことだろうか、女子が虫が平気なのは。日向子は中学生がひるんでいるのをいいことに虫をつかんでは投げた。そしてドアに向かい、夢中でドアを開ける。


 が、


 目の前にカラスが、何羽ものカラスが、三本脚のカラスが、黒い絨毯のようにポーチの部分にいた。電柱にもカラス、門柱にもカラス、伸び放題の植木の上にもカラスカラスカラス……! 


 日向子の背中が総毛だった。ガタガタと全身が震える。カラスの一羽がギャオと鳴いた時、耐えきれずにドアを閉めてしまった。

 目の前には勝ち誇った表情の中学生がいる。


「は~ん、あんたが本当に嫌いなのは虫じゃなくて鳥か。フェイク入れやがったのか、マリママの癖に」


 マリママはママが最近始めたブログでのHNだ。なんでこいつがそれを知ってるんだろうと、疑問に思った時、どこかの窓ガラスがバリンと割れた。

 

 音の方向から二階だと見当がついた時、ドっと床を踏み切る音がして誰かが階段を一気に降りてきた。日向子の位置からそれを見るのは容易だった。ママだ。


 ママは聖槍を振りかざし、ためらうことなく中学生に向けてふるう。中学生はリビングまで吹っ飛ぶ。


「……ママ?」

「駄目でしょ、ひなちゃん。知らない人について行っちゃあ」


 普段のママと全く同じ、緊張感のない声でママはめっ! と日向子を叱った。


「あとお久しぶりね、リザイアさん。まさかこちらの世界に転生しているとは知らなかったわ」

 リザイアと呼ばれた中学生は顔を憎しみに染め上げて、制服の内側から大量の呪符を空中に舞い上げてから印を結ぶ。呪符は三本脚のカラスに変化し、とがったくちばしこちらに向けて滑空する。日向子は悲鳴を上げてママのスカートにしがみついたが、ママは臆せず聖槍を軸にシールドを張った。シールドにぶつかったカラスたちはバサバサと羽音を立てながら呪符に戻る。すべてのカラスを落としたあと、ママはぶんと聖槍を払った。神々しい魔力が中学生を叩きソファまで吹き飛ばす。


「その節はごめんなさいね、救出に間に合わなくて。謝ったって許してもらえるとは思わないけれど」

「よくわかってるじゃないかあ!」

 

 中学生--リザイアは吠えた。

「あんた言ったよねえ、あたしの恋を応援するってえ。笑顔でえ、それなのに……」

「ごめんなさい、でもだって雄馬を殺そうとするとは思わなかったもの。あのね、雄馬はそういう愛情表現が全然通じない人なのよ。好きなら好きって言わなきゃあ」

「好きだとかなんとか、言えるわけないじゃないか。私みたいに汚物だめで生まれ育ったような女が。そういう奇麗な言葉はあんたみたいなお姫様しか口にしちゃいけない言葉なんだよお」

「まあっ! 誰があなたにそんな誤った考えを吹き込んだの⁉」

「世の中全部がそう言ってるんだよ、お前みたいな醜い半端ものを愛してくれるような奴はいないって。愛してくれないなら、無理にでも私のものにするしかなかったんだ」

「ねえリザイアさん、世の中全部って誰の事? 本当にそんなこと言ってる? そう思い込んでるだけじゃない? もう一度よおく考えて、ね?」


 ママの呑気な声が、リザイアの声から怒りと恨みを吸い込んでゆくのを感じ取り、日向子の胸にはゆっくり安堵が満ちていく。料理もヘタだし掃除もできないママがこんなに頼りになる人だったなんて……。さすが勇者の奥さんだ。


「うるさいうるさいうるさい!」

 毒気をかなり吸われたようだが、リザイアと呼ばれた中学生は印を結んだ。するとリビングに黒々とした大穴が開く。

 その穴のふちに巨大な赤黒い手がかかり、徐々に巨大な顔がせりあがってくる。直視できないような顔面に日向子は悲鳴をあげて背中に押し付ける。


「お前のお奇麗な正論なんか聞きたくない! 今度はお前が邪神に食われてしまえ!」

 ああ、これが昔のリザイアさんを頭からむしゃむしゃたべたっている邪神……。日向子がママの背中にしがみつくと、よしよしとその頭をママは撫でた。


「怖くない、怖くない。大丈夫、ママは強いから」

 そう微笑むと、ママは邪神に向き直りえいっと投げつけた。


 ヒュッと風を切る音をたてて、槍は邪神の額の中央に突き刺さった。邪神は風船が破裂するようにあっけなく爆散した。


「……っ」

 ほいっ、とママが緊張感のない掛け声をかけて手をふると、その手に槍が自然と戻る。それを呆気に目をまるくしたようなリザイアが、邪神の肉片を浴びて血まみれになっているのも気にせず呆然と立ちすくむ。


「あのねえ、リザイアさん。あなたとの一件があったあともあたし達は数年間旅をしたの。で、うーんとレベルが上がったの。わかる?」

「……ふんっ、あたしだってこっちに転生して呪術師業界でトップにのぼりつめたんだからね。転生前の記憶や知識がある私には造作もなかったわ」

「うん、でもねえ、悪いけどこちらは科学技術先進世界だけど魔法や呪術に関してはかなり後進よね? そんなところでトップになったって威張るのってどう思う? リザイアさんのプライドがゆるすの? それならとめないけど」


 うわっ。

「ママ、それちょっと言いすぎ。可愛そうだよあの人」

「ええっ? そう? これひなちゃんがよくおうちゃんにお説教するときの言い方を真似しただけよ?」

「嘘だ、あたしそんな言い方しないよっ」

「してるわよ~」


「畜生、やっぱりお前らクソみたいな母娘だな! ムカつくくらいよく似てるよ!」

 

 プライドをズタボロにされたらしいリザイアは涙目になりながら、二人をぐいぐいと押してドアの外へ出そうとする。


「出てけ出てけ、二度とここに来るなあ!」

「ちょっ……、あんたがあたしにここに来るように仕向けた癖に⁉」

「うるさい黙れ、お前みたいにゴリゴリ理屈を通そうとする可愛くないガキは大嫌いだ!」

「はああっ、あたしだってあんたみたいに前後の流れの読めないふわふわした話し方するやつなんか大嫌いなんだからな!」

「こらこら二人ともケンカしない。ケンカしないの、ね?」


 怒りと元気を取り戻した日向子と娘をいなそうとするママは、涙目のリザイアに力づくで外に押し出された。


 日向子がこの家にやってきたときはまだ外は明るかったのに、今では日は沈んで街灯があたりを照らしている。

 

 うわあああああん、と家の中からは大きな鳴き声が聞こえた。そしてどったんばったんと暴れまわる音。


 なんだろう、このオチ。日向子はママのそばで脱力した。今日の自分はすごく怖い目に遭った筈なのに。


「じゃ、ひなちゃん帰りましょうか」

 ママはママで聖槍の柄に魔女のホウキっぽくまたがっている。日向子にまたがれと促した。もう何も考える気力のわかない日向子は促されるままにママの後ろにすわって抱き着いた。


 初めて空を飛んだという感激も、今日のあれこれですべて吹っ飛んでしまった。

「ねえ、ママ。あの人結局どういう人なの?」

「うーんと、ママの昔の恋のライバルになるのかな?」

「なんかパパと昔なにかあったっぽいことをしゃべってたけど、何言ってるのか全然わかんなかったよ」

「そうよねえ、リザイアさんは思ったことを心をこめてまっすぐ説明してくれないから、それで話がこじれちゃうのよねえ。今回の人生ではその癖なおしてくれるといいんだけど」

 そうすればお友達だって恋人だって簡単に作れるのに……とママは困ったように呟いた。


 うちのママは基本的に優しいし強いし頼りになるけど、強すぎて他人の弱い心に鈍感なところもあるんじゃないかと、日向子はちょっと気づいた。

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