第7話 たまには落ち込んだりもしちゃいます。
◆お詫び
(本文)
本日は漫画はお休みです。
先日ゆーさんの過去に触れた漫画について、本人から注意されちゃいました。
あまり自分の過去や子供たちのことは触れて欲しくないって。
私もうかつだったなって反省しました。
ですので先週の投稿は削除しました。
個人情報の取り扱いには気をつけなきゃなって、気を引き締めた一件でした。
(コメント)
もう遅いですよwww
やー話聞きましたよ大変だったみたいっすね~、と全くこっちの心情に合わせる気の無さそうな明るい声で西原は言った。これくらい軽く笑い飛ばしてくれた方がすっきりする。
はい喜んでェ! の声がうるさいチェーンの居酒屋で飲むことになり、二人で向かい合う。オレ一回火崎さんとは話がしたかったんですよね~と言いながら、フライドポテトを注文していた。
お寺の防空壕の一件以来、火崎異世界トラブル請負所と霊能者団体の関係は険悪になっていた。
気を抜いた瞬間、寺の池に落とされて全身ずぶ濡れの泥まみれにされたえる子の怒りはすさまじく、数日経っても「門土みかどを寄越すならあいつらとは一切仕事をしない」と公言してはばからない。
門土みかどもみかどで「気を抜いた佐藤さんが悪いんじゃあないですかあ? 本当にプロなんですかあ?」と怒りに火を注ぐようなことを言う。
本音としては雄馬もみかどにはこりごりだったが、円滑な経営のためには1999年以前より不可思議な事象に対応してきた団体へもすじを通さねばならない事情もあり、とにもかくにも頭が痛いのだった。
家では家で、ブログに不愉快な荒しコメントがついたと雄馬からすればどうでもいいような理由で妻が凹んでいるし、久々に飲まなきゃやってられないような心境だったのだ。とはいえ車を運転しなくてはならないのでノンアルビールしか飲めないが。
そんな雄馬にお構いなしに西原は平気で生中をあおっている。
「いやあ、それにしてもコロボックルって本当にいたんですね。びっくりっすよ」
「正式には違うけどね」
お寺の防空壕跡を探すとわずかながら魔力の反応があった。気をつめて痕跡を伺うと、侵入者に危害を与えるトラップと、人口の羽を背中に着けて毒針で自分を襲おうとしていた歴戦の兵士の気配を感じたのだった。ただしかなり小さい、親指くらいの大きさだ。
このジェスチャーが通じるかどうか分からないが、雄馬は両手を挙げて地球と付き合いのある異世界諸文明最大の公用語で語り掛けた。
『武器を下ろしてほしい。危害は与えるつもりはない』
『ならば後ろの女を穴から出せ』
毒針を自分の眼球に狙いをつけている親指サイズの兵士はそう応えた。雄馬としては断る理由はない。
「門土さん、悪いけど穴の外に出てくれるかな~?」
「お断りしますって言ったらどうしますう~?」
「俺さっき言ったよね、仕事の邪魔はしないでって」
意外と聞き分けがよくみかどは穴の外に出た。
『あの女はなんだ、邪神か? この世界にいていい存在ではないぞ』
安堵したらしき小さな兵士はそうつぶやいた。雄馬も切に知りたい案件ではあった。
兵士が目くらましの魔法を解くと、地べたに人形の家を並べたような小さな人々の村が現れた。その家は急ごしらえらしくとても粗末で、小さな人々の表情も不安そうだ。
ほどなくして、村から親指サイズの女性が従者に支えられるような形で現れる。着の身着のままらしい村人たちの中では一番美しい刺繍の入ったベールをまとっていたところから判断するに、この人々の長のような存在であろう。
女王が精一杯の威厳を込めて一礼をする。雄馬も出来る限り丁寧にお辞儀をして、微笑んだ。
女王は小さな声で自分たちの境遇を話した。
異世界のとある国の片隅で平和にくらしていた自分たち一族だが、大きな人々の戦争に巻き込まれて国を追われたこと。難民となった自分たちは、現在禁忌になっているとは知りながら次元と次元を結ぶトンネルを作る魔法で故郷の世界の逃れたこと。
その魔法でこちらの世界のこの穴を見つけたこと。めったに大きい人も来ず、少し先に食べ物が落ちているエリア(おそらく墓地とお供えのもののことだろう)があることから無断ではあるとわかってはいてもここに村を築き始めたこと。
しかし最近、大きな人々が我々の姿を見かけたらしく興味本位でこの辺をウロウロするようになったことに恐怖と不安を感じていること。
我々は非力であなたたちの世界を侵略するような意志もなく、ただ平和に暮らしたいだけである。ついてはまことに図々しい希望ではあるがこの穴に暮らすことを許可してもらえないだろうか……。
まとめるとそのような内容だった。
「あーら、何かスズメバチでもいるんじゃないかと思ってたんですけどねえ。まさかコロボックルだったんですか。へえ~っ。どおりでカラスやイタチに荒らされる前に墓場がきれいになってると思ったら」
早速その旨を住職の妻に話すと、感心したように呟いていた。
「大丈夫大丈夫、絶対誰にも言いませんって。こう見えて私コロボックルや小人の本を読んで育ったんですよ」
あまり信用のおけない大きさの声と調子で住職の妻はそう請け負った。
「まあ今まで通り墓場の掃除さえしてくれたら私からは言うことはありませんよ。うちの子供にもあそこには近寄るなってよーく言い聞かせときますから。
「本当にお願いしますよ。彼らはおとなしい種族のようですが戦闘のプロもいるようですから」
雄馬は念をおすことにした。眼球に迷わず狙いをつけたあの兵士の殺気が頭にあったのだった。子供たちが面白半分に防空壕をのぞき込んだ時、スズメバチで刺される以上の悲劇が起きる予感があった。
「もし約束を破ったら彼らは全力で反撃しますので、そのことをどうか忘れずに」
念を押したがそれだけでは不安なので、市の職員である西原を交えて住職と異世界からの難民の女王と互いの平和と安全のために書面を作成することにしたのだった。
住職たちは難民たちに土地を貸与しお供え物の回収を許可する、その代わりに難民たちは寺の敷地を清掃し不審者の侵入を阻止する。
住職一家は彼らに無償で土地を貸与し、末代まで彼らの存在を保護する任をおったが市が種族共生の理念から場合によってはさまざまな援助を行う。おおむねそのような内容であり、まあまあウィンウィンといっていい内容であろう。
最初、その存在をすっかり忘れていたような防空壕あとに異世界からの小さな難民が住み着いていると知って驚いた住職も、「この人たちをそっとしておいてくださったら場合によっては市から補助とかでますんで~、ここはどうかお一つ協力してくださいませんかね」と西原が軽い調子でお願いしたら快く受け入れてくれた。「補助」がよく利いたとみた。
ということで防空壕の一件そのものは丸く収まったのだが、門土みかどのことは片付きそうにない。
「正直、なんで俺が門土さんに執着されてんのか全然分からないんだよね」
「うわっ、出ました。元勇者のモテ台詞いただきました、はい~。ウェ~い」
「……西原君、キミ酔ってない? 生中一杯しか飲んでないのに?」
ジョッキを持ち上げた西原にあわせてノンアルコールビールのグラスをかちんとかるくぶつけて鳴らしながらいなした。こういう時素面は損だ。
西原は実際相当酒に弱いらしくグダグダと管を巻き始めた。
「実際うらやましいっすよ、火崎さんあんなきれいな奥さんいるし、部下は二人とも美人だし、やたら色気あるJCにちょっかいかけられてるし。なんなんすか勇者の上にハーレム王っすか、どんな徳つめばそんな人生歩めるんすか?」
「あんまり人聞きの悪いことを言わないでほしいなあ」
「やっぱあれでしょ? 異世界行ったらモテモテでしょ? 亜人とか獣人とかにモテモテなんでしょ? うらやましいなあ畜生……オレもそんな十代過ごしたかった……」
「なあ、西原君、話聞いてる?」
14歳で世界を救うメンバーの一人になったあと、その後しばらく冒険は続いた。それなりに過酷な日々だったのでモテなど次第にどうでもよくなるし、ふとしたすれ違いでマーリエンヌと離れ離れになった時にとんでもない危機を感じたことから俺の生涯のパートナーはこいつなんじゃないかなと自覚して以降ずっと一緒にいるしで、西原が思い浮かべているような十代を過ごしたことは一度もない。
名誉にかかわることなので一応訂正したが、酒を飲んで愚痴りたいモードの西原は聞いていない様子だった。
「1999年って俺まだ物心つかないようなガキだったんすけど、ニュース映像で勇者とかヒーローとか呼ばれる人たちがどっかの都市の空で大バトルしてる映像を見てたことだけは覚えてんすよ。カッケー! やべー! って」
雄馬にとっては「1999年には物心つかないようなガキ」の方が大問題だった。こいつそういう世代か……。そういや自分も30過ぎたしなあ、朝起きたら枕が臭いし……。
「で、俺も将来勇者とかヒーローになって魔王と対決するんだってそればっかで。中学くらいになったら勇者関連の本ばっかり読んでたんすよ。火崎さんの冒険まとめたのとか一時期俺のバイブルだったんですから」
「あ、あれ嘘ばっかりだから信用するなよ」
「え、マジすか⁉ つうか今サラっと俺のバイブル発言流しませんでした? オレ今高校の時好きだった子に告白した時以上の勇気かき集めて言ったんですけど、火崎さんが一時期オレのヒーローだったって!」
「それはありがたいけど、本当にあれは嘘ばっかりだから。なんか俺が困った女の子を片っ端から助けまわってはヤリまくるキャラにされてない? あれ本当に嘘だから。あれが出版された時嫁が激怒して俺ら別れる寸前までいったんだから」
あのあとライターに内容証明を送ったり出版社に働きかけたり絶版にするまでとんでもない面倒を背負わされて苦い思い出として記憶されているのだが、西原は聞いてはいないようだった。
「マぁジっすか。うわあ~知りたくなかった~。火崎さんの本に出てくるリザイアちゃんが初恋だったんすけど~つうかこんなの言うつもりなかったんすけど~……」
「誰だよそのナントカちゃん」
「リザイアちゃんすよ。魔族と人間のハーフですんごい暗黒魔法の素質があるから邪神教団に小さいころから大魔王を下ろす触媒として育てられた、すんげえ可哀そうな女の子ですよ。可愛そうだけどツンデレで素直になれないところがやべえくらい可愛いんすよ。火崎さんのことが好きすぎてお祭りの夜に初めてドレスして現れたりするんすよ。覚えてないんすか? リザイアちゃんはいなかったんすか? 非実在すか?」
「……う~ん?」
促されて雄馬は記憶をあさってみた。正直言って道中あちこち「どんだけ⁉」という勢いで可哀そうな女の子がいたし、それと同じくらい可愛そうな少年も、可哀そうな成人も老人もいた。いちいち覚えていたら精神がもたないのが本音である。邪神教団も結構退治したので最初のいくつかしか記憶にない。
可哀そうな女の子、ツンデレ、お祭りの夜……と西原がもらすワードに注目してみたが一件ヒットする記憶があった。
「お祭りの夜に女の子に殺されかけたことはあるけど?」
「はいぃ?」
「私はお前と死ぬる運命だからいますぐこの毒を煽れって、よくわからない理由で毒を飲まされかけた」
そうそうそんなことがあった。
黒いレースで出来たようなドレスを着た女の子が、うっすら笑いながらそう言って、持っていた盃の中身を煽ったのだ。
そして口移しに酒を飲まそうとしたのだった。
「……その子の名前は覚えてないんすか?」
西原は机に突っ伏したまま呟く。
「う~ん……」
店員がやってきて居酒屋にふさわしくないガラスの盃を、とん、と置いた。ちょうどあの時あの女の子の手元にあったような盃だ。
これは。
「名前、覚えてないんですか?」
さっきまでのろれつの回ってない口とは思えないはっきりした口調で西原は呟いた。本当に西原だろうか。
盃を持ってきた店員はいつの間にか消えている。
「忘れたんですか? 私のこと」
「うん、ごめんね」
がばりと西原は伏せていた面を起こした。その目の焦点が合っておらず、口から怒涛のようにセリフが漏れ出る。
「私を忘れた嘘嘘嘘嘘つかないで私はあなたのことを覚えて暗いくらい黄泉からよみがえってやっとあなたの前にもどってきたのにそれなのにあなたはどうしてそんな嘘をつくのこれ以上私を苦しめないでやめて」
「……」
なんかめんどくさい流れになってきたなあ、なんて日だ。と、テレビで見かけた芸人のギャグを思い出しながら空になったもつ煮込みの小鉢下げて、焦点の合って無い西原に呼びかける。
「えーと、君のことなんて呼んだらいい? 西原君? もしくはナントカちゃん?」
「私のことを覚えているのにそうやってもてあそんで酷い酷い酷い酷い」
「あー、話が通じないかあ。うーん、困った。じゃあ門土さんでいい?」
ぴたり、と西原の口から洩れていた際限のない呟きは消えた。そして焦点の合ってない目でへらっと笑った。
「正解ですう。やっぱ分かりましたあ?」
「君のイタズラなんだろうなってカンは働いたけど、正直なんで君が俺に執着するのかは分からない。わりと迷惑してるから正直いい加減にしてほしい」
「火崎さんは本当に今の生活に満足してらっしゃるんですかあ?」
「うん、だから自分のペースで話すのもやめようね、人の話もちゃんと聞こう」
「こんな平和な日常にとっぷりつかってえ家族のためにキュウキュウしてえ。こんなところで安酒飲んでえ。格好悪いとおもいませえん? 元勇者様あ?」
「格好悪いと思ってるなら離れてくれて構わないよ、むしろそっちの方がありがたいし。それから本当に人の話をちゃんと聞いてね」
西原の体を乗っ取った門土みかどは、頭をがくがくゆすりながらマイペースに語る。
「私の勇者様がこんなところにいるのは見たくないんですう。だから私はあ勇者様を本来いるべき場所にお連れするために生まれ変わってきたんですう」
「残念だけど、俺君にサービスするために生きてるわけじゃないからご期待に添えられなくてごめんねとしか言えないんだけど」
「かまいませえん。私のことを思い出してくださったから今日はそれで十分」
がつん、糸が切れたように西原の体から力がぬけたせいでテーブルに額をおもいきりぶつけたあと、痛ってえ! と叫んで西原は目を覚ました。門土みかどは帰ったらしい。
「うわ、俺寝てました⁉」
「うん。ちょっと疲れてるんじゃない?」
呪術師の女の子の傀儡になっていたと説明するのもややこしいので西原の思い込みを利用することにした。
「うーん、やっぱ疲れてんすかねえ。実は俺プライベートでもいろいろあって……」
西原はうだうだと同棲中の彼女が部屋に鈍器みたいな結婚情報誌を置いていったがそれに関する意見を求めたいといった趣旨のことを話した。同棲するような彼女がいるくせにえる子にちょっかいかけようとしていたのかと呆れたついでにえる子にはもう付き合って数年になるパートナーがいると忠告しておく。
マぁジっすか、誰すかそれ。うっわもう俺もう立ち直れないんすけど、明日仕事できないんすけどとグダグタとクダをまく。
彼女さんのためにも別れた方がいいんじゃないかな君たちはと考えながら、門土みかどに体を乗っ取られた後遺症がないことにそっと安堵もした。
テーブルの上にはガラスの盃がまだ消えずに残っていた。
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