第6話 こんな過去がありました。

◆ゆーさんと私 


①「今でこそ優しくてステキな旦那様のゆーさんですが……」

  

 二人のこどもをあやす良きパパとしてのゆーさんと、重い荷物をマリママに代わってもつゆーさんの絵。



②「初めてあった時のゆーさんの格好はこんなのでした」


 改造学生服(短ラン)でヤンキー座りをし、あんだこらガンくれてんじゃねえぞとメンチ切る少年時代ゆーさんの絵。



③「そんなゆーさんも冒険の最中に色々あって丸くなり……」


 ケガをしたゆーさんに回復魔法をかける少女のマリママや、焚火に身に当たりながら身を寄せる二人など、かつての旅の様々なハイライトが描かれている。



④「少年時代のことはすっかり黒歴史になっています」

 マリママと子供たちが古いアルバムをめくろうとしているのを、全力で「やめろぉぉ!」と叫んで止めているゆーさん。



(本文)

 そう……ゆーさんは実はヤンキーだったんですよ。

 初めてこの世界に来たときはそりゃあびっくりしました。だって勇者だって聞いた人のガラが最悪だったんですもん。


 最初は怖くて泣いてばっかりでしたけど、でも一緒に冒険するうちに本当はこの人すごくいい人なんだな、運命の女神様が勇者にって選ぶのも当然だなってすぐ大好きになっちゃいました(テレた顔の絵文字)


 少年時代のゆーさんがグレちゃっても仕方がない理由があって……その辺は描いてもいい許可がとれましたらお話しますね。


(コメント)

 家族のプライバシーを漫画にするなんて、マリママさんにはデリカシーがないんですか。

 旦那さんが可哀そうです。




「へー、火崎さんて昔はヤンキーだったんだあ」

「……まあ、若気の至りってやつでね」

 

 先祖代々大和民族のはずなのになぜか真っ赤な髪で生まれた。そのせいで父方の祖父母からは母親の不品行を疑われ、身に覚えのないことを原因に夫サイドの親戚からいじめられた母親は幼い雄馬を連れて様々な病院を連れまわした。地球の医学では原因が明らかにならず、母親はメンタルに不調を兆すようになって幼いころに別れた。

 本当に自分の子供かと終始疑う父とは親しめるわけがなく、マーリエンヌが地球にやってくるまではまあまあ荒んだ生活を送っていたのは事実である。が、それをつまびらかに語るのは雄馬の美意識に反していた。


 門土みかどのスマホをちらっとのぞき込んだあと、自分に関してこれ以上のことは描かないようにマーリエンヌに釘をさしておこうと決意する。


 なぜか元防空壕さという竪穴の中で門土みかどと二人っきりになってるそのタイミングで、妻の描く四コマ漫画ブログを目にするとは思わなかった。懐中電灯で竪穴の奥の方を照らしながら、過去を知られたきまり悪さと用心から雄馬は尋ねた。


「面白い? それ」

「面白いですよお。読んでいて飽きません」

 ふふっとみかどが笑う。純粋に楽しんでいる人間がこぼす笑いじゃないな、と雄馬は判断する。

「マリママ……火崎さんの奥さんって面白い方ですよねえ。こう、ナチュラルに同性から嫌われる人っぽくてえ」

「そんなことないと思うけど。うちの二人とは仲良くやってるみたいだし」

「ちょっと前のこの投稿なんて最高ですよお。元プリンセスなんだけどプリンセスらしくないんですぅ~っていう自虐自慢? あたしのクラスにもいるんですよねえ、自分から『天然ってい言われちゃうんですう』って今時言っちゃうような感覚のニブい女の子があ。まるでその子みたいであたし読んでいて笑っちゃいましたあ」

 ……なんで穴倉の中で女子中学生から自分の妻の悪口を聞かされているのかな、俺は。と、雄馬は自分の置かれている妙なシチュエーションを客観視する。

「あ、ごめんなさあい。悪口になっちゃいましたあ?」

「うん、がっつり悪口だったからそれ以上はやめてね。俺わりと愛妻家だから」


 ふふっ、とみかどは笑いそれきり黙った。一緒にいると疲れる子だな、と雄馬はみかどの印象を更新した。それよりなにより、危険な子だ。


 

 町内のお寺にある裏山にある防空壕跡。そこにどうのこの世のものとは思われない何かがいるようだから調査してくれと依頼が入って訪れると、なぜか先回りしたかのように門土みかどがいたのだった。

 今日は市を通した仕事ではない。それなのにだ。


「今日こちらでお仕事だって聞いたんで来ちゃいましたあ」

「え、いやでも多分今日キミの出番ないと思うよ?」

「分かんないですよお? お寺ですもの、幽霊が出るかもしれませんしい」

「出ないよ、ここの宗派じゃ死後の世界はないことになってるから」

 こちらの世界にすっかり詳しくなったえる子が指摘すると、門土みかどの弓のような目がすうっと開いてうるさそうにえる子を睨んだ。

 

 みかどは雄馬の作業着の袖をしっかり握りしめている。何を意図してそこまで自分にべたべたしたがるのかと困惑しながら、数日前のやりとりを思い出した。



「社長、門土さんて陰陽師の女の子に何かしました?」

 

 社員の一人、佐藤美里が単刀直入に尋ねてきたのだ。


「何かしたって……、誤解を呼ぶような言い方はやめてほしいんだけど?」

「じゃあいつも通り普通にお仕事をしたってだけでいいんですよね?」

 当たり前じゃないか、そういう意味を込めてうんと頷いた。える子も後押しするようにうんうんと頷く。それで美里も納得したらしい。

 ならよかった、とつぶやいた後に「実は……」とあっさり不穏な質問の意図を明かした。

「この前の野良モンスター処理に関する確認をしたくて、向こうさんに電話したんですよね。そしたらあちらの代表の方がこっちにものを言わせる隙を与えず一方的に『うちのひい様を頼みます』って拝みそうな勢いで頼みだすんですよ。意味わからないじゃないですか」

 そこで美里は根気よく、ひい様とはだれか、ひい様を頼むとはどういうことなのかを質問し続けたらしい。かなり高齢だと思われる霊能者団体に所属している某氏は、聞き取りにくい声と他人にものを説明するということがまるでわかってない人物特有のフリーダムな説明を小一時間聞き続けたらしい。

 

 曰く、ひい様とは門土みかどのこと。類まれなる呪術の才を持つので件の団体の長がどこからか保護してきた少女であること(ゆえに姫様ひいさま)。

 霊能者団体の長が見込むほどだから素質や才能、呪術の腕前は確かだが、波のある気性で扱いが難しいこと。わがまま勝手で団体のメンバーの手を焼かせること(ひいさまネーミングには我儘なお姫様という意味合いもあるようだ)。

 そんなひい様ことみかどが先日の野良モンスター退治の仕事以来、すっかり雄馬のことを気に入ってしまったこと。火崎異世界トラブル請負所との仕事はどんなに小さい案件でも自分が担当すると宣言したこと。

 我儘ひい様がそれ以来、すっかり大人しく、年頃の娘のように何でもないことでわらったりはしゃいだりするようになり、団体のメンバーや扱いやすくなったお姫様にようやく親しみと自然な愛情を抱けるようになったらしい。


「それもこれもあんたがたの社長のお陰です」

「これからもひい様とよう遊んでやってくだされ」

 そう一方的にお願いして電話をきったのだという。要は自分たちで面倒みきれない我儘娘をかまってやってくれと、体よくおしつけられたのだと気づいた美里はその日ずいぶん機嫌が悪かった。


「遊んでやってくだされってこっちは仕事ですし、中学生と遊んでる時間なんてないですよ。大体そんな問題児に好かれるような何をやらかしたんです? 社長ってば?」

「またそんな誤解を生むようなことを言う……。だから何にもやってないって、普通に仕事しただけだから。なあ?」

 救いを求められた先のえる子はうんうんと頷いたが、しかし険しい表情で考え込む。

「でもまあ、確かにちょっとめんどくさそうな子ではありましたね。こう、あたしと社長が並んだらじーっと睨んできて。マセたガキだなあって思いましたけど」

「ふーん。ということは社長のいつものアレですね」

 なんだよ、いつものアレって? 純粋に不思議で雄馬は尋ねた。美里はさっくりと答えた。

「自然に優しくするから寂しい女の子が勝手についてくる、勇者特有の悪癖ですよ。自覚がないからタチの悪いやつです」


 

 防空壕前に入る前、雄馬は作業着をつかむみかどの指をゆっくり外し、える子へさしだした。

「じゃあ俺が穴のの中に入ってみるから、える子は門土さんと外で待ってて。何かあったら連絡するから」

「了解~」

 じゃあ行くよ、とえる子はみかどの手を強引につかんで手を振った。みかどの表情が一瞬戸惑う。とりあえず社交的に微笑み返すと、洞窟の中に潜り込んだ。


 自分もえる子もいわゆるテレパシーに似たものが使えるので、こうやって二手に分かれて作業することはよくある。頭の中で糸と、その一端をえる子がも持っている様子をイメージする。こうしておくとお互いに何か異常があった時に瞬時に対応できる仕組みだ。


 意外と奥の深い防空壕を懐中電灯で照らしていると、中は静かなものだ。魔力などの気配も感じない……。息を詰めていると不意に頭の中でふっとえる子のイメージが消えた。


(? える子? どうした?)

 呼びかけると糸が大きく揺れた。激しく動揺しているえる子の様子が感じ取れる。

(おい、どうしたっ? 返事しろっ)


「大丈夫ですよお。佐藤さんはご無事ですう。お外で待っていらっしゃいますう」


 頭の中での通信に不意に割り込んできた声があった。そのとたん、頭の中の糸がぷつんと切断された。

 振り向くと門土みかどがぬっと立っている。逆光で表情が見えない。えることの通信をみかどが妨害しているのは明白だった。


「……あのさあ、門土さん。仕事の邪魔だけはしないでほしいんだけど」

「ですからあ、佐藤さんはご無事ですったらあ」

 一瞬だけえる子と自分を結ぶ思念の糸がつながった。える子は糸を激しく揺らせて感情を高ぶらせていた。


(くっそあのガキ舐めやがってぶっ殺)

 みかどが右手でチョキの形をつくり糸を切るようなアクションをする。頭の中で一瞬鳴り響いたえる子の声はとそれだけでしんと静まった。

「佐藤さんて結構ガラの悪い人なんですねえ、見た目はすごおくきれいなのにい。もったいな~い……」

 

 ふふっ、とみかどは笑った。そんなみかどを突き飛ばすようにして穴の外へ出ようとすると、みかどはその右手のチョキを閉じて追い抜こうとした雄馬の頸動脈あたりに添える。

 みかどの指は刃物と同じ感触がした。


「佐藤さんは大丈夫ですったらあ。だから私とお仕事しましょう、ね?」


 そして雄馬は防空壕あとを子細に調べている時に、通常の陰陽師離れした力をもつ女子中学生から妻の描く四コマ漫画を読まれるたり、妻の悪口を聞かされたり、わりと散々な羽目に陥ったのだった。


 明日みかどを保護する団体には正式に抗議しようと雄馬は決意した。

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