第3話 こんな毎日を過ごしています。

◆魔法って便利?


①「ああ、母さんがこの部屋を片付けろっていうけどどこから手をつけていいかわからないよう……」


 簡略化された中高生くらいのキャラクターが散らかった部屋の中で困っている。


②「心配ないわ、あたしが魔法でなんとかしてあげる」


 簡略化された魔女らしき女の子が先端に星のついた杖を持ってやってくると杖を一振り、部屋をきれいに片づける。


③「……」「……」


 わーありがとう、どういたしまして……とキャラクターがやり取りするテレビ番組を無言で見つめるひめことおーじ。


④「ママも魔法がつかえるのになんでうちは散らかってるの?」


 ひめこ、ソファの上から鋭い一言を放ったために、びくっと肩を震わせるマリママ。


  

(本文)

 うう……ごめんなさい、ママは魔族を浄化する聖魔法しか使えないの……。頑張ってお片付け上手なママになるね……。


 先日子供たちとあるテレビアニメを見ていた時のやり取りです。

 テレビアニメの魔法使いさんたちは便利な魔法がつかえるのでうらやましい。私にも教えてってなっちゃいます☆


 


「う~ん……」

 火崎マーリエンヌはスマホから自分のブログをみてチェックして唸る。読者の数は相変わらず横ばい、子育てブログの中でもランクは上がらない。趣味を生かして副収入……と甘い夢をみたものの、現実はなかなか思った通りにはいかないようだ。


「やっぱりSNSでも拡散するべきかしら? ねえどう思う? シルビーちゃん」

『働いて収益を得ようという心がけは立派ですけどあまりに遠回りではなくて、姉様?』


 平日の午前十一時、マーリエンヌしかいないはずの自宅にはゆったりしたドレス姿の貴婦人がいて呆れたように言い放つ。貴婦人の体は半分透けていたが、ソファの上に腰を下ろし新聞に目を通していた。


『姉様のなさろうとしてることは私の目には博打も同然に見えますけれど。収入が必要ならばもっと確実なものをお選びになれば?』

「だってぇ……一度コンビニのアルバイトもしてみたんだけど……」

 マーリエンヌは慣れない労働に挑戦した時の悪夢を思い出した。レジの中の金額が合わず、弁当は加熱時間を間違えて爆発し、誤操作でフライヤーを故障させた。

 幻想の国から来たお姫様にふさわしい美しいマーリエンヌの外見にデレデレしていた店長も、たった一日で土下座せんばかりの勢いで解雇を申し渡したのだった。


 過酷な旅も魔王退治もこなしてきたというのに、ああ、コンビニ店員すら務まらないなんて……! 私はなんて無能なのかしら。そのショックはマーリエンヌを今でも落ち込ませる。


 凹む姉に、体が半分透けている貴婦人のシルビーちゃんことシルヴィリアは新聞をめくりながら冷静に言う。

『私の言いたい労働というのはそのような誰でもできる単純な賃労働ではありません。王族としての知識と品性を活かし、芸術的で人々の手本となるべき事業をせよと先日からそう申し上げましているのです』

「うん、だからシルビーちゃんがこの前言ったことを参考にしてやってみたことがこれ。漫画」

『……』

 

 シルヴィリアは、はあっ、とため息をついた。そういうことが言いたいのではないと、こめかみをもみほぐす仕草で表現する。


「わかってるわよぅ。シルビーちゃんの言うことってよその国の帰化プリンセス様がやってらっしゃるようなことでしょう? ほら、ああいうの」

 唇を尖らせてマーリエンヌはつけっぱなしのテレビを指さした。呑気な情報番組では、現在はセレブタレントやモデルとして活躍している異世界の元お姫様・プリンセスアストレイアがアウトレットモールで格安着回しコーデを提案していた。

「すごいわよねえ、プリンセスアストレイアさん……。子供服ブランドや調理器具ブランドも立ち上げてらっしゃるしライフスタイルを紹介した本はベストセラーなのよ。同じプリンセスなのにどうしてこんなに差がついちゃったのかしら」

『……』


 シルヴィリアはこめかみに指を添えたままもみほぐした。だから私が言う事業とはそういうことでもないと、現女王であるシルヴィリアは言いたかったのだが姉には全く通じなかった。


『そもそもどうして姉様は急にお仕事を始める気になったのです? お義兄様おにいさまの事業になにか不安でも?』

「違うわよ! 失礼ねっもう!」

 ぷんぷん、と頬を膨らませて怒って見せるマーリエンヌ。

「シルビーちゃんには分からないかしら? こう……子供も大きくなって手が離れると、私も何かしてみたいなあって気になるのよ」

 

 世界が平和になって十余年、子供が学校に通い始めて自分の時間を捻出できるようになって数年。そんなエアポケットのような時間にふと「自分はこれでよいのか」という気持ちが芽生えることが、女王として多忙な妹に伝わるだろうか。マーリエンヌには少し自信がない。

 それにできれば収入が欲しいのもの確かだった。たとえ少額でも自分の稼ぎを得るというのは精神に余裕をもたらす。

 

『……まあなんにせよ、姉さまが何かしら事業に挑戦なさること事態は私は賛成です。その漫画が軌道に乗るまで城から何人かメイドを使わしましょうか? 現行ですと姉様の事業が利益を生むまで数年はかかりそうですから』


 本当⁉ そうしてくれると助かるわ……と、本当は言いたかった家事嫌いのマーリエンヌだった。しかしそれをぐっと飲みこんで首を左右にふる。


「ありがとう、シルビーちゃん。でも気持ちだけ受け取っておくわ」

『……そうね、私も出過ぎたことを言いました』

 聡明な妹は姉が自分の申し出を断った理由に察しがついたようで、深追いはせずに案を引っ込める。

 賃貸マンション暮らしの火崎家の間取りは3LDK。うち二つは二人の子供用。メイドを寝泊まりさせるスペースがない。


 はあ、世知辛い……。浮世のままならさにマーリエンヌがため息をついたタイミングでシルヴィリアはバサバサと新聞をたたみ、真剣な表情で姉に向き合った。


『ねえ、姉様。やっぱりこちらに引っ越すべきじゃないかしら?』

 妹、シルヴィリアの言う「こちら」とは二人の故郷の異世界である。空に大陸が浮かび、飛行船団が島々を行き交うような、地球とは全く様相の違う世界だ。二人はその世界の王族である。

お義兄様おにいさまには私から爵位を授けます。家だって、ここよりももっと大きい屋敷を用意しますわ。もちろん使用人つきで。お二人にはそれだけの功績があるんですからね。なんと申し上げても世界を救った方なんですから』

 

 悪くない話だ。それどころか、すばらしい話だ。

 しかし、マーリエンヌは首を左右に振る。


「ありがとう、シルビーちゃん。でも私たちは魔王を退治する宿命を負った勇者なの。いつ魔王が復活してもいいように前線で見守る必要があるのよ……」

 美しいマーリエンヌが愁いを込めた表情で顔を伏せると本当に宿命に選ばれた者特有の恍惚と不安がオーラとなって滲み出るようである。

「予言にはこうあるの、魔王はかならずこの世界に戻ってくると……そしてあまたある世界を再び漆黒の海に沈めると……。私たちはそれを防ぐ宿命なのよ」


『まあ、姉様の言葉を今回は信じますけれど、テレビもネットも漫画雑誌もコンビニもない故郷に戻るのは嫌だから戻らないのが本音であったらぶっとばしますからね』

「…………」

 

 図星であると沈黙で答える姉を無視して、半透明の妹は立ち上がった。そろそろ次元をこえた通信魔法の限界が来る時間なのだ。

『まあ、私たちの国も地球のエンターテインメント業種の人々と徐々に仕事を初めておりますので、数年すれば姉様も快適に過ごせる環境が整うはずですわ。移住はその時で遅くないので、お義兄様おにいさまのお耳にも入れておいてくださいませね。ああそれから今度来るまでに『分別と多感』という本を買っておいてくださらないかしら。お代はあとから払いますから。ではごきげんよう』


 妹の体はいよいよ薄くなってゆき、そしてふっと掻き消えた。

 平日の昼間のマンションの一室には、マーリエンヌ一人取り残される。テレビではプリンセスアストレイアの着回しコーデ企画がまだ続いていた。

 妹を見送ったあと、シルビーの欲しがっていた本を探すためにスマホのホームボタンを押した。


「えーと、分別と分別と……なんだっけ?」

 まったくシルビーちゃんたら相変わらず小難しそうな本ばかり読みたがるんだから……ぶつぶつ呟く、マーリエンヌのもたもたした指先がふと止まった。

 

 自分のブログが開き、コメント欄が目に入る。

 めったに書き込まれないその欄に、よりにもよってこのタイミングに一見の書き込みが寄せられていた。



「いくら世界を守っても片付けができないくせに母親って最悪ですね。

 こんな人に育てられてお子さんが可哀そうです」



「……」

 アンチがつけば一人前だというけれど、ファンより先にアンチがわくなんて想定外だわ。

 マーリエンヌは心の中で呟く。

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