チェイン・メール
拝啓、どこかの誰かさん。
きれいな便せんをもらったので、特に誰というあてもありませんが、
手紙を書こうと思い立ちました。
この便せんの色は、さくら色というのだそうです。
遠い国に咲いているお花の名前からとったのですって。
あなたは見たことがあるかしら?
私は見たことがないから、いつか見に行きたいと思っているの。
お兄様にそう言ったら、随分気に入ったんだなと笑われました。
冗談だと思っているのだわ。冗談ではないのに。
この手紙だって、誰かに届くわけがない、なんて言うのよ。
こうやって読んでいるあなたがいるんだから、そんなことないのにね。
……
夢見がちな少女は 桜色の便箋をキラキラした瓶に入れて
海へとそれを流しました
拝啓、素敵なお嬢さん。
お手紙どうもありがとう。海からのボトルメール、確かに受け取りました。
きっと同じお嬢さんには届かないだろうけど、
せっかくなので、お返事を書こうと思います。
桜という花は知っていますが、僕も本物を見たことはありません。
確か、ここよりもっと東にある、小さな島国にしか咲いていない花だから、
実際に見に行こうとなると、かなりの覚悟が必要ですね。
この港町から出ていく船のどれかは、東の国まで行くかもしれません。
一度くらい船に乗ってみたいけど、多分、僕は乗せてもらえない。
代わりに、手紙を乗せてもらおうと思います。
さて、この手紙はどこまで届いたのかな。
……
港街の青年は 安物の白い便箋を丁寧にたたんで
船の荷物にそっと紛れ込ませました
拝啓、どこかの大馬鹿者。
手紙を出したい気持ちになったのはわかるが、
ちゃんと郵便屋に頼んで運んでもらえ!
荷物から覚えのない手紙が出てきたせいで、
すわ、あやしい組織の密書ではと、港で大騒ぎになりました。
中身を読んで、結局、ロマンチストがやらかしたって話になったけど、
こういうのはもう勘弁して欲しい。おかげで昼を食べ損ねた。
まあ、そんな酔狂な手紙を引き継いでる俺もたいがいだがな。
これを読んでるのが誰だか知らんが、お前にあてた理由は特にない。
お遊びみたいなものだ。
続きを出すかどうかは、お前に任せる。
……
船乗りの男は 仕事用の便箋をそっけない茶封筒に入れて
商館で最初に会った人に渡してくれ と郵便員に託しました
はいけい、どこかの船のりさん。
だんな様が字のれんしゅうにつかいなさいってくださった紙のうらに、
お手紙が書かれていておどろきました。
つづきはまかせる、ってあったから、どうしようかまよったんだけど、
書いてみることにします。
でもお手紙ってどう書いたらいいかよくわかりません。変だったらごめんなさい。
ぼくは商館ではたらいてます。みならいというやつです。
おきゅうりょうは安いけど、おひるごはんは用意してくれるからたすかってます。
今日はハムとレタスをはさんだサンドイッチでした。
表の通りの人気のお店ので、とても美味しいんです。
あなたの今日のおひるごはんはなんでした?もしかして今からでしょうか?
……
見習い商人の少年は 裏に手紙を書いた広告を几帳面に折って
誰かに届けと風に乗せました
ひときわ強く吹いた風は 器用に手紙を舞い上げて
空の彼方へと運んで行きました
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