Λ-inVasion -大怪獣北限決戦-
むらた林檎
第1話『出現』
第1話『出現』- 1
10月28日、深夜。
青森市・八甲田山大岳麓の酸ヶ湯温泉近辺は喧騒に包まれていた。数時間前まで夜の静けさと宿泊客の話し声に包まれていたであろう近隣の山々には、警察・救急車両の回転灯によって抽象画のような赤のグラデーションが映し出され、一瞬ごとに闇と混ざり合いながらその形を変えていった。鮮やかな赤色光に染め上げられた木々の合間、大岳へと通じる登山道からは数分おきに、救助の人員に肩を貸され、あるいは背負われながら下山してくる登山客たちが姿を現しつつあった。登山客らは皆一様に顔を恐怖の色で染め上げている。その中には衣服のあちこちに赤い色が滲んでいる者や、ジャケットの長袖が大きく破け、中に生々しい傷をのぞかせる者もいた。何らかの事故、あるいは事件が起こったのは明白だった。既に青森市街から八甲田方面へと向かう主要道は交通規制が敷かれ、この一帯に立ち入れるのは警察関係者のみとなっていた。
キャンプの駐車場の片隅、うずくまるようにしゃがみ込む人影を警官の一人が発見した。警官は人影に近付く。影の正体は幼い少年だった。短い前髪と広くやわらかな額の下には、不安で歪んだ瞳が涙で潤んでいた。
「君、お父さんかお母さんは一緒じゃないのかい」警官が呼びかける。
「さっき救急車で運ばれていっちゃった。ぼくも乗ろうとしたけど、間にあわなかった」
「…そうか。じゃあ、もう少ししたら僕がお父さんお母さんのいる病院まで連れて行こう。ここは寒いだろう。パトカーの中で待ってようか」
パトカー、という単語に心を動かされたのだろうか。恐怖で今にも泣きそうだった少年の顔が、少し和らいだように見えた。立てるかい、という呼びかけに頷いた少年は立ち上がり、警官に手を引かれて歩き出す。警官は歩きながら大岳方面を見やり、この場所に来るまでの出来事を思い返す。
通報があったのは17時20分過ぎ。八甲田山大岳にて複数のけが人が出ているというものだった。だが、その事故の現場に刑事課の自分が行くという事態を把握するのにはある程度の時間が必要だった。一般的に刑事課は殺人や放火などの凶悪事件に関わる部署である。一体何故、山岳事故現場に自分たちが――。消去法で考えれば答えは一つだったが、腑に落ちないものを感じていたのが実際のところだった。だが現着し、状況を見てはっきりと理解ができた。事案は明確な刑事事件だった。救急搬送されていく登山客らの体には、明らかに高所からの滑落や転倒によってできるものとは異なる傷がついていた。彼らの腕や足、顔にできていたのは、大きな切傷や痣だった。何者かに切り付けられたか殴打されてできたものだと考えられたが、山中に救助隊員とともに突入し警護と捜索に当たっている警官隊は、未だに犯人らしき人物の痕跡すら発見できずにいる。
「…ねえ。おまわりさん」パトカーのスカイライン、その後部座席に座ってすぐに、少年が口を開いた。
「おまわりさんは、ぼくの見たこと、信じる?」
少年は懇願のような意思を込めた視線を警官に送る。警官は笑顔で少年に向き直り、しっかりと目を見ながら答える。
「信じるよ。僕はきみの味方だ。見たことを、そのまま僕に教えてほしい」
「…お花が、おそってきたんだ」
「え?」
警官は言葉の意味するところをつかみ損ね、思考を停滞させた。
「花…かい?」
「うん。…まっくろな、お花が。パパと、ママに…びゅん、って……」
少年は言葉を詰まらせながら証言を続けたが、次第にその目からは雫がこぼれ出し、やがて涙をぽろぽろと流すのみとなった。
警官は泣き止まない少年を落ち着かせながら、彼の言葉の意味について考えを巡らせ続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます