第4話 日常と絶望の極彩色

 全ての授業が終了して帰宅の準備をする。

 昼休みも当然ひとりだったので、これといって語ることがない。人が大勢いる食堂で食べたってことぐらいか。

 部活に入っているわけでもないので早々に帰る。帰りの道は行きと違って少し気分が悪い。普通は学生服を着た連中は部活をやっているか、友人と帰っている。俺だけがひとりだ。


 何も起こらずに家に到着。足早に帰るせいか行きより数分早く着く。

 門をくぐって玄関から家の中に入ると早速使用人が出迎えてきた。


「お帰りなさいませ、雄二様」


 今朝遭遇した若い使用人だった。執事よりマシだが会わないのが一番だ。相変わらず深々と頭を下げてくるのでこちらも会釈をする。首がぎこちなくしか動かないから、しない方がいいんじゃないかとさえたまに思う。


 どうでもいいが、使用人は妹のことをお嬢様と呼び、俺のことは名前で呼ぶ。理由は知らない。恐らくは家の人間かそうでないかで区別するために、両親が命じたのだろう。何となくその意図は感じ取っていたし、そのせいで今まで気にしたことはない。当然の処置だとも思う。それだったらいっそのこと使用人に敬語を使わせるのをやめればいいのに、とも思ったが、それだと俺の世話をするのもやめるという話になる。洗濯はともかく、食事がなくなるのは少し辛い。


 じっとしている俺を不審に思ったのか、使用人がこちらを見ていた。何でもない、なんていう意思表示はせずに俺は黙って階段の方へと歩いていった。

 帰宅したらとにかく早く自室に戻る。二階に上がり、廊下を進み、自室に入って扉の鍵をかける。


「…………はぁ〜」


 自然と安堵の息が口から漏れ出した。やっとあるべき場所に帰ってきた、そんな気分だった。

 鞄を机の上に置いて、室内靴を履いたまま寝台に思いっきり横たわる。力を抜いて身体を沈めれば全身から疲労が抜け出ていくような感じがした。胸の奥が、少しすっとする。


 十分に休んだ後で俺は机に向かった。勉強のためではない。勉強など今更する気も起きないし、赤点を取らなければどうだっていい。

 机の上にはパソコンが置いてある。俺が自室にいるときにかなりの時間を費やす暇潰し用の道具だ。

 基本的に俺の人生はこれを使っているか、読書しているか、“それ以外”をしているかのどれかだった。


 ネット上のニュースを流し読みして、なんとなく気になった動画を見漁り、大型掲示板の無意味なやり取りを眺める。毎日やってるルーチンワークだった。

 別に楽しいわけじゃない。暇潰し以外の何物でもなかったが、これをしている間も俺は“他のこと”を気にせずに済んだ。時間を浪費している自覚はあったが気にしたことはない。


 そうしてあっという間に数時間が経過して夕食の時間になった。毎日決まった時間なので、今から向かうとちょうどいい。

 扉を出て食堂へ向かう途中で、使用人が声をかけてきた。


「雄二様、今夜のご夕食は旦那様と奥様がご一緒されるそうです。お嬢様はご友人のところで食事を取られるそうで」


 その一言が俺の心を絶望と恐怖に染め上げた。妹がいないのはいいが、両親がいるのは最悪以外の何物でもない。

 小さく頷いてから俺は再び歩き始めた。だがその足取りは最初よりもはるかに重かった。

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