17:メリエル・スチュワートの望外1
「この服着て行こうと思うんだけど、どうかな!?」
私は持っていた写真の束を、マクスウェルの席の机に広げた。それには私の持っている限りの洋服が写っており、その中でも渾身のコーディネートの写真を指差す。
「…………はぁ?」
たっぷりの間を置いて、眉間に渓谷のような皺を寄せたマクスウェルが、地を這うような低い声で柄の悪い応答を返した。
マクスウェルは殺人犯のような顔をしていたが、それよりも何よりも洋服のことが気になって仕方が無かったため興奮気味に写真を強調する。
「今日の放課後、友達と遊びに行けることになったの。一旦帰ってから、私服で行くことになって」
マクスウェルはじっとりと私を睨んだ後、漸く写真に目を向けた。打って変わって興味の無さそうな淡白な目付きになり、ふん、と鼻を鳴らす。
「センスねぇな」
「……!!」
マクスウェルの端的且つ歯に衣着せぬ物言いに、私は肩を落とす。昨夜一時間もかけて選びに選び抜いたコーディネートだというのに、心を一番抉ってくる評価が返ってくるとは思ってもみなかった。
マクスウェルは写真に目を通しながら、何枚かを弾き出していく。燻んだオレンジのケーブルニット、ベルト部分に細い黒のリボンが結ばれた茶のチェックが入っている緑の裾切り替えスカート、裾にラインの入っている明るいグレーのコート、緑がかったベージュチェックのマフラー、マスタード色のリボンを結んだ黒のボーラーハットの写真だ。
「ちったぁマシになんだろ」
マクスウェルは今度こそ興味を無くしたようで、スラックスのポケットに両親指をかけた。
私は写真を申し訳程度に体のパーツ順に並べてみる。流行色を取り入れているし、調和も取れていて可愛らしい。
「ありがとう、マクスウェル!」
マクスウェルコーディネートの写真だけを残し、残りの写真を纏めてジャケットのポケットに仕舞う。すると、背後からポンと肩を叩かれた。
「おはよー」
「はよ」
「あっ、ケイト、オルセンくん、おはよう」
キャップを後ろ向きに被ったケイトと、気怠そうに欠伸をしているオルセンくんが登校してきた。ケイトはいつものようにマクスウェルの隣に座り、オルセンくんはケイトの後ろの席に座る。
「ケイト、この服でお出かけしようと思うんだけど、どう思う?」
「んー?」
キャップを外したケイトは手櫛で髪を整えながら、机上の写真を覗き込んだ。整えた指先で写真を取り、一枚ずつ眺めては写真を並べて全体像を確認している。
「可愛いじゃん、良いんじゃない?」
ケイトは微笑んで太鼓判を捺してくれた。お洒落上級者の女の子に認められたことで、このコーディネートで外出するのが楽しみになってくる。
「俺にも見してよ」
ケイトの後ろから、オルセンくんが立ち上がって顔を覗かせてきた。ケイトが写真を渡し、オルセンくんは写真を一枚一枚捲っていき、全てに目を通した。
「へえ可愛い」
オルセンくんは感心したように呟く。
お洒落上級者の男の子にもコーディネートを保証されて、私は思わず顔が綻んだ。流石は三人も彼女が居るマクスウェルのコーディネートだ。お洒落に五月蝿い女の子のお眼鏡にも敵い、男心のツボも心得た装いになっている。オルセンくんから写真を受け取りながら締まりのない顔になっていたのか、ケイトがにやにやと揶揄ってきた。
「なーに? デートにでも行くの?」
「違うよー、友達と遊びに行くの」
「なーんだ」
勝負服かと思った、とケイトは独り言ちた。
先生が教室に入ってきたので、私は
魔法理論の授業が終われば、今日のノルマは全て達成だ。教材と筆記用具を搔き集めるようにして鞄に仕舞い込み、席を立つ。ケイトやオルセンくんたちに別れの挨拶をし、足早に校舎を後にした。校門を出た辺りから興奮が抑えられなくなって、車まで小走りに向かう。日頃の運動不足が祟って、車に乗り込む頃には息が少し上がっていた。
家に到着するなり、いの一番に玄関を開けて自室へ駆け込む。鞄を下ろし、制服を脱ぎ、マクスウェルにコーディネートしてもらった通りに洋服を纏った。姿見の前で全身を隈なくチェックする。防寒性に長けながらも、可愛さを忘れない仕上がりとなっていた。黒タイツを履き、ショルダーバッグをかけ、ボーラーハットを頭に乗せる。
「よし!」
気合いを入れて家を出ると、黒スーツのその人は既に車の側に控えていた。導かれるままに車に乗り込む。道中は到着が待ち遠しく、カーテンに仕切られた窓の外が気になって仕方がなかった。
車が停まりドアが開かれる。目の前に広がるのは、三百以上の専門店で構成された大型商業施設だ。
「私は付近で待機しております。何かございましたら、メリエル様付きの者にお申し付けください」
「はい、分かりました」
友達と遊びに行くことを許可されたとはいえ、決して自由にしていいという訳ではない。家から商業施設まではその人たちに送迎してもらい、友達との買い物中もその人に監視されることになる。
それでも私にとっては念願のお出かけだ。バッグを掛け直し、集合場所へ向かうべく小走りで案内板へと向かう。五階建ての施設は、三階から五階にかけての中央部分は吹き抜けになっており、其処の広場の大樹の前で待ち合わせることになっていた。現在地と目的地を確認し、私は三階へと向かう。
エスカレーターで二階へと上がっていく最中、ふと向かいの降りエスカレーターに目を遣った。裾に白いラインの入った黒いダブルのブレザーを羽織り、ホワイトシャツに紺色のネクタイを締め、チャコールグレーのチェック柄の細身のスラックスを履いている、銀髪碧眼の冷涼とした美男子。見知らぬ顔立ちをしつつも見覚えのある面影を残している容顔を、私は凝視した。
「っヒースくん……!」
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