06: 6
翌日幼稚舎へ行くと、ヒースくんの姿は無かった。私を助けるために能力を過剰使用したことによる発熱のせいで、その日は休むということだった。
ヒースくんが居なくても一緒に遊ぶ友達は居たが、やはりヒースくんが居ないと何だか物足りない気持ちになった。お喋りしていても、お絵かきしていても、たまにふとヒースくんのことを思い出しては、彼は今頃何をしているのだろうと考えていた。高熱に魘されていないといいけれど、明日は幼稚舎に来るだろうか、考えるのはそんなことばかりだった。
「おいぶす!」
「……」
「おいこらぶす、てめぇおれをむしするなんざ、いーどきょうしてんな!」
肩を強く押されて振り返ると、其処には踏ん反り返るマクスウェルが居た。
「あ、マクスウェル」
「おまえ、いつもよりすげーぶすなかおしてんぞ」
「うるさい」
どうせいつものちょっかいだろうと思い、私はぞんざいにマクスウェルを遇らった。
しかし常とは違い、マクスウェルは私を遊びに誘ってきた。虫を捕まえよう、という如何にも男の子らしい遊びであり、今思えば女の子に提案するものではないと思うが、私はマクスウェルと共に幼稚舎の端の茂みや木を探し回った。勿論カブトムシやクワガタムシなんていう花形の虫は見つからなかったが、テントウムシやダンゴムシを見付けてはどちらが先だったかを言い争ったのである。
マクスウェルよりも先に凄い虫を見付けてやる、と躍起になっていた私は、更に茂みの奥深くへと潜った。其処は幼稚舎の敷地の最も端で、フェンスの向こうの景色までもが見えるところだった。
がさがさと葉を掻き分けていると、ふと視線を感じた。顔を上げると、黒スーツにサングラスをかけた男の人が、道路の端に立って私を見ているようだった。これまでも私を誘拐しようとした人たちは、皆黒スーツにサングラスという出で立ちだった。私は危険を感じ、すぐに先生のいるところへ戻ろうとした。しかし、茂みに無理矢理捻り込んだ体は、そうすぐには動かせない。焦りながらも体を動かしていると、その人は私の元へ近付いてきた。
「君は……」
フェンス越しにその人と相対した時、その人の右肩が燃え上がった。突然のことに私も驚いたが、その人はもっと驚き焦ったことだろう。急いでジャケットを脱ぎ、火を消さんとする。
「せんせー、こっちにへんなひとがいる」
マクスウェルの声が聞こえ、その人は慌ててその場を去って行った。私はそれを呆然と見送った。
「おいぶす! あーいうのにはちかづくなって、おそわらなかったんかよ!」
「マクスウェル……」
背後から近付いてきたマクスウェルは、手に持った枯れ葉を燃やしていた。
「いやでも……、なにもしてないのに、もやす?」
「あ? しらねーのかよ、あーいうの〝ふしんしゃ〟っていうんだぜ。ごみをもやして、なにがわりぃんだよ?」
私が〝不審者〟を知らないと思ったからか、それともその不審者を撃退したからか、マクスウェルは誇らしそうに胸を張っていた。助けてもらった身の私はマクスウェルにお礼を言ったが、不審者らしき人は即燃やす、不審者はゴミだから燃やしてよい、という発想は如何なものかと思ったのだった。
その日もお母さんと一緒に家へ帰りながら、私は不審者のことを報告した。それを聞いたお母さんは表情を固くし、それまでよりも言葉少なになったことを覚えている。
「引越しを考えた方が……良いのかもねぇ……」
お母さんはそう独り言ちた。
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