第4編

第13章 予期せぬ出来事にどう対処すればいいのだろうか?

第85節 リトル・プリンセス



 俺は、10ねんばかりむかしゆめていた。


 りょうサイドがびた一見いっけんショートカットの黒髪くろかみに、のこしたながかみふたつのおげにしてうしがわらしているダブルテールの髪型かみがたをした、なかひと年下としした従妹いとこである楠木くすのきあおいが俺のそばにいた。


 静岡しずおかけん浜松はままつにあるとうさんの実家じっか一室いっしつとこ富士山ふじさん水墨画すいぼくがかった見慣みなれた日本にほん家屋かおく和室わしつにいたのは、おさない俺といとけなあおい二人ふたりだけであった。


 幼稚園ようちえんせいくらいのっちゃくていとけなあおいが、純真じゅんしん無垢むく満面まんめん笑顔えがおもっ小指こゆびし、俺にしたったらずな口調くちょうでこんなことをってくる。


「じゃあ、けぃにぃちゃん。やくそくちよ」


 小学生しょうがくせいになったばかりくらいのおさない俺も、小指こゆびしてあおいちいさな小指こゆびからめ、素直すなおこたえる。


「ああ、やくそくな」


 そんなことをって俺は、ちいさなお姫様ひめさまであるかのように無邪気むじゃきあいらしい従妹いとこあおい指切ゆびきりをわしつつ、一緒いっしょ呪文じゅもんとなえる。


「「うそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった!」」


 俺と従妹いとこあおいが、小指こゆび同士どうしからめたまま綺麗きれいなユニゾンを和室わしつひびかせる。


 だけどそれから10ねんちかくのとき経過けいかし、高校生こうこうせいになった俺はもはや、その約束やくそく内容ないようおぼえてはいなかった。



 ◇



――めた。


 自分じぶん部屋へやかべにかかっているまるいアナログ時計どけいると、どうやらあさすこまえあたりのようであった。


 俺の名前なまえたちばな啓太郎けいたろう埼玉さいたまけんさいたまない県立けんりつ高校こうこうかよう、ちょっとばかり生活せいかつ環境かんきょう特殊とくしゅな16さい一年生いちねんせい男子だんし高校生こうこうせいだ。


 東京とうきょう青山あおやまった高級こうきゅうなウォーターベッドのうえていた俺は、上体じょうたいこす。


 どう特殊とくしゅかとうと、昨年さくねん家族かぞく旅行りょこうでたまたまっていたアメリカのたからくじがたったことにより、いま現在げんざいの俺の銀行ぎんこう口座こうざには三百億さんびゃくおくえん超大金ちょうたいきんがあるという状況じょうきょうになっているのである。


 当然とうぜんことながら、どこにでもいる高校こうこう一年生いちねんせい男子だんし生徒せいととはおおきくかけはなれた生活せいかつおくっている。おなどし美少女びしょうじょうちみのメイドさんとしてやとっていたりもするし、ほんの一昨日おとといには、俺自身じしん誘拐ゆうかい事件じけん実況じっきょう見分けんぶん警察けいさつ協力きょうりょくしたりもした。


 けの俺は、なかみずまったウォーターマットのやわらかい弾力だんりょくしりかんじながら、のっそりとベッドからがる。


――ああ、そうか。


――今日きょう学校がっこうやすみだったな。


――明日あした高校こうこう入試にゅうし日程日にっていびだったか。


 そして、パジャマ姿すがたのままスリッパをいて、かぎけられる自分じぶん部屋へやとびらかう。


 とびらかってあるいている最中さいちゅうで、俺はこんなことをおもう。


――あおいゆめたな、ひさしぶりに。


――二ヶ月にかげつまえ年末ねんまつ年始ねんし結局けっきょく静岡しずおかけん浜松はままつにあるとうさんの実家じっかかえらなかったし。


――あおい、いまごろ俺のことどうおもってんだろうな。


 俺はそんなことをかんがえながら、大阪おおさか吹田すいたないんでいるという、とうさんのじついもうとむすめであるひと年下としした従妹いとこ楠木くすのきあおい姿すがたこころかべる。


 ショートカットでダブルテールの髪型かみがたをした、黒髪くろかみあたまにいつもラピスラズリというあお宝石ほうせき髪飾かみかざりをつけているその容貌ようぼうととのった従妹いとこは、めればれてしまいそうな華奢きゃしゃからだあいまって、ましていれば美少女びしょうじょアイドルとしてでも通用つうようするかのようなうるわしき外見がいけんそなえている。あくまで、ましていればだが。


――あいつ、女王様じょうおうさまみたいな性格せいかくだからな。すぐ俺のことるし。


――まあ、親戚しんせきなんだしそのうちまたこともあるよな。


――そのときるまで気長きながかんがえとこう。


 ぼけまなこの俺はそうおもいつつ、部屋へやとびらける。


 ガラリ


 そこには、両手りょうてこしててひじり、仁王におうちをしているあおいがいた。


「はぁーい、けぃにぃちゃん、グッドモーニング?」


「ってうぉぃぃぃぃい!!!」


 こころなしかきつったみをかおけたあおいのいきなりの顕現けんげんに、俺はおどろきのこえげる。


 俺よりあたまひとぶん身長しんちょうひく状態じょうたいになっていた従妹いとこあおいが、俺の戸惑とまどいなどにしないでせ、部屋へやってくる。


 そして、俺はそのあおいしずかなる気迫きはく圧倒あっとうされ、スリッパのそこらせてあとずさる。


けぃにぃちゃん? 一年いちねんぶりやね? ずいぶんとたかびたなぁ?」


 俺にりながらいつものように大阪弁おおさかべんでそんなことをってくるあおいは、かおわらっているがこえわらっていないがした。ラピスラズリの髪飾かみかざりをけたそのあたまには、なんとなく血管けっかんいているようにもおもえる。


 俺たち家族かぞくんでいるこの駅前えきまえタワーマンションビルの最上階さいじょうかい部屋へや一室いっしつは、いくら十畳じゅうじょう以上いじょうあるひろ洋室ようしつといえど所詮しょせんはただの小部屋こべやだ。


 俺はあとずさりつつ、あおい接近せっきんからのがれようと色々いろいろ方向ほうこうえるが、すぐにあおいには俊敏しゅんびんまわまれ、威圧感いあつかんをもって対峙たいじさせられる。


 ある程度ていどまわりの攻防こうぼうあと結局けっきょくのところあおいがウォーターベッドをにしたところでおたがいにまる。


 そして数秒すうびょう静寂せいじゃくつづいたあとあたまひとぶんひく位置いちからあごげて視線しせんげ、さながら俺を見下みおろすかのような格好かっこうとなりわらがおをつくるのをやめる。


 あおいこし両手りょうてててひじったまま、まるでまりまったわし地面じめんいつくばる下等かとう人間にんげん見下みくだすかのような冷酷れいこくをしながら、おのれ要望ようぼうをごく端的たんてきあらわす。


けぃにぃちゃん、正座せいざ


「え? えーと……」


 俺が狼狽ろうばいしていると、あおいはそのニコリともしない猛禽類もうきんるいのような冷徹れいてつ表情ひょうじょうで俺を見下みくだしつつ、面持おももちを一切いっさいえずにかえす。


こえなかったん? 正座せいざ


「あ、はい……」


 俺はいていたスリッパをいで綺麗きれいわきそろえて、そのにパジャマ姿すがたのまま正座せいざをする。


 床暖房ゆかだんぼうっているフローリングのゆかのひんやりとしたつめたさが、ひざすねつたわってくる。


 正座せいざをしてうつむいている俺のまえで、おそらくは仁王におうちをしたままのミニスカートを穿いたあおいが、こおりのようにつめたい口調くちょうで俺にはなしかける。


「いやー、けぃにぃちゃんもえらくなったもんやね。こんな駅前えきまえすぐちかくにあるタワーマンションの最上階さいじょうかいめる身分みぶんになんかなってもーて」


 圧政的あっせいてき女王様じょうおうさまつかえる下僕げぼくであるかのような態度たいどで、しろ靴下くつしたいているがうつくしい生脚なまあしさらしたあおい足元あしもと視線しせんけることしかできない俺は、屈服くっぷくした口調くちょうこたえる。


「あ、いえ……身分みぶんというか、たまたまうんかったというだけで……」


「ふーん」


 あおいがそんなこたえをしてしばらくの静寂せいじゃく。そしてつづけてげる。


「じゃあ、出迎でむかえてくれたあーんな可愛かわいいメイドさんつかまえられたのも、うんかったからなんやな。しかもみの」


 心臓しんぞうがキュッとなった。


「ああ、ええと……これには友達ともだちすくうためのふかふか事情じじょうがあって……けっしてあおい瑠璃るりねえちゃんたちに秘密ひみつにしようとしてたわけじゃ……」


 俺がかおげることもできずしどろもどろに言葉ことばつないでいると、正座せいざしている俺の太腿ふとももを、あおいがその靴下くつしたいたちいさなあしみつけた。


 ぎゅっ ぐりりりりり


 俺の太腿ふとももっかるほそあしから、背丈せたけひくめで細身ほそみあおいの、重量的じゅうりょうてきにはかるいけれどもある意味いみおも圧迫感あっぱくかんが、一丸いちがんとなってのしかかってくる。


 年上としうえ従兄いとこである威厳いげんなど一毫いちごうもなく、そのしろほそあし足蹴あしげにされている俺はかぼそこえうったえる。


「あの、あおい……いたいのでやめて……」


「『やめて』? 命令形めいれいけい?」


 あおいはそうい、そのおみあしをぐりぐりとする。


「あ……やめてください、あおいさん……」


 俺がそこまでったところで、あおいあしはなしてくれた。


 従妹いとこであるあおいの、権力けんりょくをもって横暴おうぼうるう専制せんせい君主くんしゅのようなめからなんとか解放かいほうされた俺が、かおげてその姿すがたると、あおいはそのままうしろにあるウォーターベッドにすわんだ。


「これ、ウォーターベッドやん? 流石さすがおくドルもてた大金おおがねちはちがうなぁ」


 そんなことをいながらあおいは、視線しせんげておのれすわっているウォーターマットのみずをタプタプさせる。


「ええと……この前の年末ねんまつ年始ねんしとうさんとかあさんから聞いてると思うけど、税金ぜいきんとかで色々いろいろかれていま俺がっているのは300億円おくえんすこえたあたりで……」


 俺がそう言うと、あおいが俺をキッとにらみつけて即座そくざかえす。


っとるわ。ウチがいまめとんのはおなどしくらいのメイドさんやとってたのかくそうとしてたことと、せっかくの年末ねんまつ年始ねんしけぃにぃちゃんらが浜松はままつ実家じっかかえらんかったってことや」


 りょうサイドがびたショートカットにダブルテールの髪型かみがたで、あたまにラピスラズリのあお宝石ほうせき髪飾かみかざりをつけたあおいは、その猛禽類もうきんるいのようなくりっとおおきくまるで俺のことをじっとつめていた。それもひとみおくに俺にたいする憤怒ふんぬ感情かんじょうめたまま。


 そして正座せいざをしている俺はかおげたことにより、あらためてあおい真正面ましょうめんからて、まえ従妹いとこ一年前いちねんまえとはあきらかにことなる様子ようす刮目かつもくした。


――なんか、あおい


――むね随分ずいぶんとデカくなってね?


 中学ちゅうがく二年生にねんせいから中学ちゅうがく三年生さんねんせいになってそろそろ卒業そつぎょうする時期じきあおいは、上半身じょうはんしんのバスト部分ぶぶん見違みちがえるようにおおきくふくらみ、成長期せいちょうきおんならしく魅力的みりょくてき変貌へんぼうげていた。


 それもただふとったわけではなく、つよきしめればれてしまいそうなこしうであしほそさはそのままで。


 美少女びしょうじょアイドルどころか、だまっていればモデルとしても通用つうようしそうな外見がいけんになっていた従妹いとこあおいはベッドにすわったまま、あしまずに気高けだかわしのように俺をにらつづけている。


 その様子ようすに俺がしばらくのあいだ散発的さんぱつてき視線しせんげていると、あおいたずねかけてくる。


なんよ? けぃにぃちゃん、なんかいたいことでもあるん?」


 そんなことをってくるあおいに、俺はなんとかかんとかかえす。


「えーっとな……さっきからチラチラえてるんだけど」


えてるってなんよ?」


「……ちょっといにくいんだが、しろ下着したぎがな……ミニスカートですわるときはそのあしじといたほうがいいぞ」


 俺がそううと、あおいかおあかくして太腿ふとももじ、ミニスカートを両手りょうてさえる。


 そして、あおいかおみをけてこんなことをってくる。


けぃにぃちゃん、ぁちょっといしばろうか?」


「あ、ああ。こうか?」


 俺はわれたとおりに、いしばった。


 パコーン!!!


 あおいほそあしがベッドからび、そのあしななしたから綺麗きれいえがいて俺のあごにクリーンヒットした。


けぃにぃちゃんのエッチ! アホ! パンツ覗き魔ローアングラー!!」


 パジャマ姿すがたのまま、仰向あおむけにたおんだ俺はあおい怒号どごうきながら、うすれゆく意識いしきなかでこんなことをかんがえていた。


――あおいったらどうなるか、ある程度ていど覚悟かくごはしてたけど。


――やっぱり理不尽りふじんだ。


 活気かっきちた精彩せいさいはな従妹いとこであるあおい制裁せいさいらい、俺の意識いしき精細せいさいさをいていった。


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