第28節 天使にラブ・ソングを…




 それから一週間いっしゅうかんほどをついやし、神無月かんなづきばれる十月じゅうがつわってから十一月じゅういちがつ上旬じょうじゅん祝日しゅくじつである金曜日きんようびになって、晩秋ばんしゅうった群青色ぐんじょういろそらもとにて『二高ふたこう』の文化祭ぶんかさいである『二超祭ふたごえさい』が開始かいしされた。


 この祝日しゅくじつ金曜日きんようびと、明日あした土曜日どようび利用りようしてのこの二日間ふつかかん学校中がっこうじゅうはおまつさわぎの状態じょうたいとなる。今日きょう明日あしたのこの二日間ふつかかんにわたる文化祭ぶんかさいは、全校ぜんこう生徒せいとのみんなが場合ばあいによっては終電しゅうでんならぬしゅうバスを使つかってまでんだ、根気こんきよく日々精進ひびしょうじんした成果せいか発揮はっきするための大々的だいだいてきなイベントとなっている。


 俺のクラスのもの一日目いちにちめのメイドカフェなので、今頃いまごろクラスの女子じょし男子だんし交替こうたいでメイド接客せっきゃく給湯きゅうとうなどの役目やくめしているのだろうが、俺はだいたい二十にじゅう万円まんえんぶん高級こうきゅう茶葉ちゃば総額そうがくすう十万円じゅうまんえんするブランドものの新品おニューのティーカップをった御褒美ごほうびのため、そういう当日とうじつ仕事しごと悪友あくゆう三人組さんにんぐみ一緒いっしょ免除めんじょされることになった。

 

 そんなわけで、悪友あくゆう三人さんにんと俺をふくめた四人よにんは、学校がっこう文化祭ぶんかさいあるきなどしてめぐっていた。


 外部がいぶからも大勢おおぜいひとているが、制服せいふくている二高ふたこう生徒せいとおおすぎるので、億万長者おくまんちょうじゃである俺のかお特定とくていするのはまず不可能ふかのうであろう。


 簡易かんいのテント屋台やたいならんだ正門せいもんちかくの中庭なかにわを俺が悪友あくゆう三人さんにんあるきつつ、あらかためぐったら教室きょうしつかるばつゲームありのUNOウノでもしよーかとか、そんなことをはなしていたら、数人すうにん男子だんし女子じょしのおともれたちっちゃなおがみ姿すがた女子じょし生徒せいとである毛利もうり先輩せんぱい邂逅かいこうした。


 その、小学生みたいな身長である毛利もうり先輩は、腕に『実行委員』と書かれた腕章をつけている。

 

 そんな毛利もうり先輩せんぱいが、俺にこえをかけてくれる。


「はろ~、啓太郎けいたろうく~ん」


 視線を下げた俺は会釈えしゃくして、挨拶あいさつを返す。


毛利もうり先輩。どうも、お疲れ様です」


 すると、毛利もうり先輩がふわりほんわかと笑顔で返す。


「も~、だから裕希ゆうきでいいってば~」


「ああ、そうでしたね裕希ゆうき先輩」


 俺がそう返すと、毛利もうり先輩は表情を緩めたまま、俺に告げる。


「クラスの誤解ごかい、ちゃんと解けてよかったね~」


 その気遣いに、俺は返す。


「ああはい、おかげさまで」


萌実めぐみちゃんもね~、あんなことしちゃったって本当は啓太郎けいたろうくんと、ずっと、ずぅ~っと仲直りしたかったんだよ~。だから、大丈夫だと思ってたよ~」


「そうだったんですか。お気遣いありがとうございます」


 俺と毛利もうり先輩でそんなやり取りをしていると、取り巻きの男子生徒が腰をかがめて毛利もうり先輩に告げる。


毛利もうり実行委員長、そろそろ次の区画くかくに行きませんと」


「あ~、そうだね~。じゃ~啓太郎けいたろうくん、またねぇ~」


 それだけ言って、毛利もうり先輩、いや毛利もうり文化祭実行委員長はカンフー映画えいがに出てくるマフィアのボスみたいにお供数人を引き連れて、ちっちゃな後姿を見せて去っていく。


 そして、近くにいたさとしが俺に尋ねる。

啓太郎けいたろう、お前やっぱり、毛利もうり先輩とコネできてたんだな?」


 俺は返す。


「どういう人なんだ? 毛利もうり先輩って?」


 すると、四次元よじげん胃袋いぶくろを持つ尊弘たかひろが、プラスチック容器に入れられたタコ焼きを爪楊枝つまようじで食べながら答える。

「うーんと、二年生の小公女しょうこうじょって呼ばれてる人だったと思う。次の生徒せいと会長かいちょう選挙せんきょ最本命さいほんめいだって聞いたけど」


 そして、すぐるも眼鏡をクイッと上げて口を開く。

「胸もペッタンコで、ちんちくりんではあるがな。その小学生のようにえる小さな体に反比例するかのように、相当な人心掌握術じんしんしょうあくじゅつの使い手であるらしい」


 そんな三人の言動に、腰抜けチキンな俺は、なんと表現していいかわからない視線を毛利もうり先輩の小さな後姿に向ける。


――あの人、そういう人だったのか。


――下手なことをしたら、いつ捕食者プレデター側に回られるか、わかったもんじゃない。


 敵に回すことは、どんなことがあっても避けるようにしておこう。


 少なくとも俺は、そう決めることにした。






 文化祭の出店や展示などをあらかた巡って、俺たち四人は自分達のクラスにておこなわれている、『超高級紅茶メイドカフェ』の様子を見に行った。


 どうやら休憩時間らしく、仕事しごとしてたのであろうクラスメイトは半数程度いるが、お客さんとしての人は今はいない。


 教室に入ったところ、固めて並べられたつくえぬのがかけられて椅子が置かれ、簡易の喫茶店のような光景となっているのがわかる。


 すると、ミニスカートのギャルメイド服を着た可憐かれんが俺に近寄ってきた。


 メイド服姿の可憐かれんが己の腰に手を当ててひじり、そのすぐるに H カップあると評された巨乳をコスプレ衣装の下から突き出し、俺に声をかける。


「ケータ、おかえり」


 そんな魅惑的みわくてきこしつきで、女性っぽさを主張しているギャルメイド姿の可憐かれんに、俺はいつものように男友達を相手しているかのごとく返す。


「どうだ? メイドカフェ好評だったか?」


 すると、可憐かれんが返す。


「もーね、行列がずーっとツヅいてた。お茶葉ちゃっぱなんて、2キロも用意してたのにそろそろなくなりそうだし」


「だって100グラム一万円のる超高級紅茶が一杯200円だろ? そりゃみんな飲みに来るよ」


「多分、売り上げとか模擬店もぎてんの中でもごぼう抜きだろーね。それよりケータ、アタシのメイド服姿どー? 似合ってるかな?」


 その言葉と共に、可憐かれんは色っぽくもう片方のひじを上げてその大きな胸を揺らし、俺にウィンクを飛ばしてきた。


 すると、同じくミニスカメイド服姿だった萌実めぐみ可憐かれんの腕に抱きつく。


可憐カレンは、メイド姿だってなんだって似合ってるから。アタシだって可憐カレンのメイド服姿に夢中だから」


「メグー、だからアタシには、レズっはないっての」


 そんなやり取りをしている可憐かれん萌実めぐみの後ろから、どちらかといえば貴族きぞくのお嬢様じょうさまっぽい雰囲気ふんいきの、ロングスカートメイド服姿である西園寺さいおんじさんが微笑ほほえみつつ近づいてきた。


「あらあら、お二人とも仲がよろしいようで」


 そんな感じでクラスの仲間たち同士でやり取りをしてたら、後ろの方から不意に声がした。


啓太郎けいたろう……さん!」


 その声に俺が振り向くと、そこには亜麻色あまいろの髪を後ろに垂らした、私服姿の三つ編みお下げ少女が立っていた。

 

 いきなり現れた西洋人形のような色素しきそうすせんほそはかなげな美少女の姿に、クラスのみんなが大きくざわめく。


 彼女が教室にあらわれるとはゆめにも思わなかった俺は、思わず声を出す。


歌奏かなでさん! どうしてここに!?」


 すると、私服姿の歌奏かなでさんが一度折りたたまれて開かれたような、折り目のついたコピー用紙を手に掲げる。


「妹さんとお姉さんに……啓太郎けいたろうさんの学校への地図を描いてもらったんです……会えるかどうか心配でしたけど……会えてよかったです……」


 そんな、亜麻色あまいろの髪をした乙女おとめの言葉に、教室にいたクラスメイトたちがまた違った感じのざわめき声を出す。


 そして、すぐるが俺の肩を後ろから掴む。


啓太郎けいたろうぉ!? この美少女とどういう関係か、きっちりしっかりと説明してもらおぉうかぁ!?」


 俺は、顔をさおにしながら振り向きつつ答える。


「あーっと……うちに入ってくれている家政婦かせいふさんだよ家政婦かせいふさん。掃除とか洗濯とか、料理とかの家事を手伝ってくれているんだ」


 すると、ながすにに落ちなさそうな声でさとしが俺に尋ねる。


「ん? 啓太郎けいたろう家政婦かせいふさんって七十近くのお年寄りの人にかよってもらってたんじゃねーの?」


 すると、その声を聞いて歌奏かなでさんが無表情のままはっきりと、クラスのみんなが聞き取れるような確かな声で答える。


「ああ……啓太郎けいたろうさんの家にかよっているのは……わたしのお祖母ばあちゃんです……わたしは確かに啓太郎けいたろうさんの家で家政婦メイドをしていますが……かよいではなく……みなので……」


 その、ななうえの言葉を聞いたクラスの女子や男子が、「「ええー!」」とか、「「おおー!!」」とか様々な思惑おもわくが入り混じった、叫び声にも近いそれぞれのおどろき声を上げる。


 それらの声の余韻よいんのざわめきの中、すぐるは無言で俺の手を取り体を取り、その体全体でコブラツイストを俺にかける。


 そしてすぐる渾身こんしんの叫び声が教室に木霊こだまする。


啓太郎けいたろう! 貴様、大金持ちになったとたんに本当にこんな美少女にみでメイドなんぞしてもらいおってからに! 死刑しけい死刑しけい! このおれが貴様に直々じきじき引導いんどうを渡してやる!」


「苦しい! 苦しい! ギブギブ! 助けてSOS!」

 コブラツイストをすぐるにかけられつつ、俺はたまらずにギブアップの合図をする。


 しかし、すぐるは俺にかけた技を解いてくれない。


 萌実めぐみうでつかまれたままのギャルメイド姿の可憐かれんはむーっとした表情になって、「ちょっとケータ、節操セッソーなさすぎじゃない!?」とか言って身を乗り出してきている。


 同じくミニスカメイド服を着た萌実めぐみは「ねー、だから言ったじゃない」とか言って、可憐かれんの腕をしっかりとホールドしている。


 清楚せいそなお嬢様じょうさまメイド姿をしている学級委員長の西園寺さいおんじさんは、口元に手をあてて「あらあら、困ったものですわね」とか言ってしとやかに微笑ほほえんでいる。


 さとしはというと「しゃーねーなー」とか言って、やれやれといった感じで両手を上に向けて顔を横に振っている。


 尊弘たかひろはというと、我関われかんせずといった表情で、クラスの誰かに手渡された小皿の上にある手作りクッキーをパクついてたぬきのようなはらふくらませている。


 クラスの女子たちはそろって、「これだから男って」とでも言いたげな冷ややかな視線しせんを俺に向けてきている。


 クラスの男子たちは、リアルメイドさんがどうとか、一つ屋根の下でご奉仕ほうししてくれる美少女がどうとか、まるで男性向け美少女ゲームの世界と混同したかのような好き勝手なことを言っている。


 そして、なにより歌奏かなでさんはというと――


 何が起こっているかわからないといった無表情な感じで、何も言わずにきょとんとしている。



 すぐるにコブラツイストをかけられたままの俺は、心の中でてんへの疑問の声をつぶやく。


――嗚呼ああ、俺のこれからの未来みらいは、高校生活は、いったいどうなってしまうのだろうか?


――どうしよう、未来さきえない。






~第1編 終わり~


 第2編に続く(かもしれません)




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る