しあわせの匙
末千屋 コイメ
第1話
私は至って普通のオフィスレディだ。事務員として働いている。身長は平均より少し低め、ルックスは自分では中の上だと思っている。周りからは「綺麗だね」と言われたことがある。そっか。私って綺麗だったんだ。と思いながら「有り難うございます」と愛想笑いをするのがお約束。私には悩みがある。
「胃が、痛い」
胃腸が弱いことだ。昔からよくお腹を壊していた。こうして会議前に緊張して胃が痛くなることが多々ある。そんな私を助けてくれたのが――
「
「だ、大丈夫です」
この
「はい。これをあげよう。安達ちゃんの胃痛が治りますようにって、おまじないをかけておいたから」
「有り難うございます」
「いやいや。お礼を言われるようなことをしていないよ。会議頑張ってね。それじゃあ」
太田さんは私の手に小さな包み紙を握らせると、はにかみながら廊下を歩いていった。また貰っちゃった。いつも私が緊張していると、おまじないをかけた飴玉をくれる。メントールが効いたすっきり爽やかな味だ。おまじないはすぐに効くみたいで、すぐに胃痛も治った。
彼は誰にでも優しいし、私の他にもきっと彼のことが好きな人も多いだろう。私は彼の特別になりたいってわけじゃあないけれど、もしも、なれるなら――だなんて甘い考えを持ってしまう。
「お前。そんなところで何してんの?」
「
包み紙を持ってニヤニヤ幸福に浸っていると、同じチームの先輩――興和先輩に声をかけられた。ブロンドに近い髪に、緑色の瞳。黒いスーツがよく似合っている。黄色いネクタイが似合う人も珍しいなぁとは思う。筋肉隆々だからか少しシャツがピチッとしているのが女子に人気だったりしている。本人も知っている。
「オレは何してるか聞いてんだけど。まっ、良いや。またあのオッサンに飴貰って喜んでんのかよ」
「べ、別に良いでしょ!」
「あーはいはい。オッサン好きの枯れ専ってやつ?」
「違います!」
「あっそう。それよりさ、会議始まるから早くお茶の準備しようぜ。オレまでどやされるの嫌だ」
「そうですね」
また少し、胃が痛くなってきた。私は歯を食いしばりながらお茶の準備をする。お茶の準備をするといっても、ダンボールからお茶を出してテーブルに並べるだけだ。並べ終わると同時に、チームの主任が部屋に入って来た。
「ちーっす。興和も安達ちゃんも準備できたー?」
「ちーっす。今終わった所っすよ。
「他のチームの方は?」
「もうすぐ来るよ。席座っとこーなー」
鷲野主任はパイプイスをギシギシ鳴らしながら座る。紺色のスーツが似合う女性。サバサバした姉御肌で、後輩たちに慕われている。長い黒い髪はポニーテールに結われていて、釣り上がった大きな赤い目。この人に嫌われたりしたら、もうこの会社でやっていけないだろうなぁといつも思っている。
そうしている間に他のチームのメンバーが集まり、会議は始まった。ああ、胃が痛くなってきた……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます