しあわせの匙

末千屋 コイメ

第1話

 私は至って普通のオフィスレディだ。事務員として働いている。身長は平均より少し低め、ルックスは自分では中の上だと思っている。周りからは「綺麗だね」と言われたことがある。そっか。私って綺麗だったんだ。と思いながら「有り難うございます」と愛想笑いをするのがお約束。私には悩みがある。

「胃が、痛い」

 胃腸が弱いことだ。昔からよくお腹を壊していた。こうして会議前に緊張して胃が痛くなることが多々ある。そんな私を助けてくれたのが――

安達あだちちゃん。大丈夫?」

「だ、大丈夫です」

 この太田おおたさんだ。綺麗なロマンスグレーの髪に、深い藍色をした瞳。これだけでも抜群にルックスの良いイケオジだと私は思うけど、彼の素晴らしさはここで終わらない。白を基調としたスーツに水色と白のストライプのネクタイ。ポケットチーフは赤色。こんな着こなしができる人なんてそういない。それが似合っているのが抜群に格好良い。いつでも彼はレモンライムの香りをさせている。とても爽やかだ。

「はい。これをあげよう。安達ちゃんの胃痛が治りますようにって、おまじないをかけておいたから」

「有り難うございます」

「いやいや。お礼を言われるようなことをしていないよ。会議頑張ってね。それじゃあ」

 太田さんは私の手に小さな包み紙を握らせると、はにかみながら廊下を歩いていった。また貰っちゃった。いつも私が緊張していると、おまじないをかけた飴玉をくれる。メントールが効いたすっきり爽やかな味だ。おまじないはすぐに効くみたいで、すぐに胃痛も治った。

 彼は誰にでも優しいし、私の他にもきっと彼のことが好きな人も多いだろう。私は彼の特別になりたいってわけじゃあないけれど、もしも、なれるなら――だなんて甘い考えを持ってしまう。

「お前。そんなところで何してんの?」

興和こうわ先輩」

 包み紙を持ってニヤニヤ幸福に浸っていると、同じチームの先輩――興和先輩に声をかけられた。ブロンドに近い髪に、緑色の瞳。黒いスーツがよく似合っている。黄色いネクタイが似合う人も珍しいなぁとは思う。筋肉隆々だからか少しシャツがピチッとしているのが女子に人気だったりしている。本人も知っている。

「オレは何してるか聞いてんだけど。まっ、良いや。またあのオッサンに飴貰って喜んでんのかよ」

「べ、別に良いでしょ!」

「あーはいはい。オッサン好きの枯れ専ってやつ?」

「違います!」

「あっそう。それよりさ、会議始まるから早くお茶の準備しようぜ。オレまでどやされるの嫌だ」

「そうですね」

 また少し、胃が痛くなってきた。私は歯を食いしばりながらお茶の準備をする。お茶の準備をするといっても、ダンボールからお茶を出してテーブルに並べるだけだ。並べ終わると同時に、チームの主任が部屋に入って来た。

「ちーっす。興和も安達ちゃんも準備できたー?」

「ちーっす。今終わった所っすよ。鷲野わしの主任」

「他のチームの方は?」

「もうすぐ来るよ。席座っとこーなー」

 鷲野主任はパイプイスをギシギシ鳴らしながら座る。紺色のスーツが似合う女性。サバサバした姉御肌で、後輩たちに慕われている。長い黒い髪はポニーテールに結われていて、釣り上がった大きな赤い目。この人に嫌われたりしたら、もうこの会社でやっていけないだろうなぁといつも思っている。

 そうしている間に他のチームのメンバーが集まり、会議は始まった。ああ、胃が痛くなってきた……




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