◆
「早く……殺せ」
哀願を聞き入れ、けれどじらすように、やさしく青年はリオンの髪をすいた。
「必要な時に殺してやるよ」
「殺してくれるんだな……」
リオンの目から熱い涙が滂沱と流れた。
涙のしずくをその唇で吸いとって、青年は静かに言う。
「ああ。だからおまえも誓え。俺が殺すまえに自分で死ぬな」
リオンの唇から長い、苦しい息がか細く吐き出された。
「死なない……あんたが殺してくれるなら」
「死ぬときは俺を見るんだ」
リオンはうなずく。
「あんただけを見てるよ」
「それから死にたいとは言うな」
青年はたたみかける。
「ああ……」
「その時は愛すると言うんだ。でなければ、俺はおまえを殺せない」
リオンはその時、うつろな約束を憶えているだろうか。
嗚咽が声をとぎらせている、応えるのに時間がかかった。
「……わかっ、た……」
そうだ。どうあってもそうさせたいのだ、青年は。
「誓うな?」
「ちかう……」
リオンは目を閉じた。チャンプは安心したようにリオンの頭をかきいだく、そして幼子にするようにリオンの髪に口づけた。
「星たちが証人だ」
リオンは心細そうに言った。
「朝が来ないといい……」
「なぜだ」
青年は少年のまぶたを親指の腹でなぞった。
しずくがそのまつ毛を湿らせて滴っている。
「あんたが行ってしまう、から……」
青年の胸はつまった。苦し気に息を吐きだして、リオンはゆっくりとしゃくりあげるのだ。チャンプはその腕に力をこめずにはいられなかった。
「どこにもゆかない。ゆくものか」
「あんたは夢だから……俺の夢の中に降りてきた幻なんだ」
リオンは約束などあてにしていない。……初めから。青年はリオンの頬を両の手で包みこんだ。気休めだとて今は必要だ。
「それでもいいさ。夜明けが来たら、おまえは違うおまえになっているんだ」
夢みるようにほろりと、リオンの言葉はこぼれた。
「どうして? なにか変わるのか」
青年はうなずく。
「そうだ。何も知らないおまえになるんだ」
「いやなことも?」
そうだ、と青年。溜息のリオン。
「つらいこともか?」
そうだ、みんな忘れるのだ。チャンプはそのために薬を飲ませたのだから。
「つらいこともだ」
ゆっくりと青年の瞳が降りてきた。
「みんな……?」
リオンは瞬いて、視線を伏せた。
「忘れたいことも全部、忘れられる」
リオンの爪はチャンプの肩にくいこんだ。
リオンは不吉な目をして言った。正気を忘れた顔だった。
「だめだ……俺は忘れたくない。あんたのことは、あんたのことだけはっ」
その目は暗闇を見つめていた。チャンプは彼をこの世に繋ぎとめるためなら何でもするつもりだった。
そのためになら愛しているとも、殺してやるとも、なんであっても、彼はリオンの耳にささやく。
「じゃあ死ぬか」
リオンは熱に浮かされた瞳で青年を見た。
星空が白んでいた。木の幹に背中を預けたリオンにチャンプの腕がからんだまま。リオンはもう、なにも恐れなかった。
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