◆
リオンは身に起こった感覚をこらえるので精いっぱいだ。まぶたに思わず涙がにじむ。
夜警隊のあかりがその顔を照らし出し、一瞬、相手がリオンを凝視したのがわかった。
規則正しい足音は手前で止まり、くるりときびすをかえして声出し確認するのが聞こえる。
「北西地区、異常なし!」
夜警隊員は去っていった。
二人は身を引き離して、
「あぶなかったぜ。うまいな演技が」
チャンプは言ったが、とんでもなかった。本気だなんて絶対に言えないではないか。
あとあと、リオンは自分の感覚を疑った。さらに疑いをチャンプに向けたのだ。あくまでも信じたくない気持ちがそうさせている。
「チャンプ、まさかとは思うが、本気じゃないだろうな? さっきのは……」
リオンに演技などできないことを見こして、わざと青年は彼に快感を呼び起こしたのでは?
リオンはそう言いたいのだ。だが…… ぴたりと動きを止めてふりかえったチャンプは、恐ろしげな形相で言う。
「おまえなあ、俺が本気だったら、そんなことですむか、教えて欲しいのか?」
星明かりに映し出された目が本気で怒っていた。ふれなくていいことにふれたらしい。リオンはおののいて言う。
「いや、いいっ。教えてくれなくて!」
まさか欲望を感じてしまったなんて、口が裂けても言えることではない。今は領主の館に身を寄せるためにこの道を行くのだ。
本当ならばこんなところを見られては夜警団の隊につかまってしまう。融通の利く隊員でよかった。
しばらくリオンは口をきかなかった。なぜかチャンプもこちらをむかない。それが救いといえば救いだった。
周囲には暗がりをはらんだ木立が林立している。舗装の良い道はどうしても単調だ。
しばらく行くと、リオンは屈みこんでしまった。歩いていられなくなったのだ。もろもろの事情で、力が抜けてしまった。へたりこんだリオンをチャンプは肩越しに斜めに見やって舌打ち。
「しかたないやつだ……」
彼はいったん休むのを許したのであった。
夜中とあっては木陰の暗闇は恐ろしい事このうえない。だが、二人にとっては、今いちばん必要としている安全地帯だ。
闇の中に二人は飢えた獣のように身をひそめていた。
と、月を見ていたリオンに変化が起きた。
「俺……なにかへんだ……」
つぶやくリオンの声はうつろだった。
「リオン?」
明らかに青年は眉をひそめている。彼は意気のさがるような事はこれ以上しでかしたくない、という表情だ。木の幹にもたれて、リオンがなきごとをいう。
「こんなんじゃだめだって、わかってるんだ。わかってるけど……」
腹に気概をこめてチャンプがしかった。
「なにを言うんだ、ちゃんと俺を見て言え」
うめいて、苦し気にリオンは告白した。
「どうしてもいま……思い出すんだ」
木の幹に後頭部をあずけて、ふるえるまつ毛を伏せた。理解できないチャンプは、じれったそうに見下ろす。
「なにをだ、リオン」
リオンの目線はおぼつかず、星明りにしずむ。
「あのときの空は、こんなにうつろだったろうか、いや違う。なのに、なにか苦しくなる」
チャンプはリオンの両肩をゆさぶる。
「吐き出せ! おまえを苦しめるもんなら、俺に言ってみろ。俺がなんとかしてやる」
つらそうに視線をそらしてリオンは問う。
「さらけだすのか……? あんたに」
その目には暗く、星明りがうつっていた。
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